2012年2月16日

ツバメの巣の思い出

子どもは残酷な生き物だ、と笑って言えることばかりではない。他人が見聞きするとゾッとするような、そんなことをしていた思い出もたくさんある。そのうちの一つが、ツバメの巣の思い出だ。

小学校一年生のころ、じいちゃんの家の小屋の梁にツバメが巣を作った。大人のだれが言ったのか覚えていないが、巣の中には卵があるらしい。どうしようもなく、その卵を見たくなった。

友だちのシンジ君を誘って、その卵を見ることにした。しかし、脚立を使ってもまったく届かなかった。二人で相談して、巣を物干しで壊して卵をキャッチすることにした。どちらが受け手だったかは忘れてしまったが、落ちてきた卵は一つ残らず割れてしまった。泥のかたまりみたいな崩れた巣の中に、透明な白身に混じって小さな黄身が広がっていた。俺とシンジ君の頭の上で、戻ってきたツバメが寂しそうに飛び回っていた。

ちょうどそのとき、じいちゃんが野良仕事から帰ってきた。そして、俺たちのしたことを見て、もの凄く悲しそうな顔をした。じいちゃんは怒らなかった。言葉数も少なく、
「そげんことは、するもんじゃなか」
そんなことを言った。あとの始末をどうしたのかまでは記憶にない。

後にも先にも、じいちゃんのあんな顔は見たことがない。怒らない教育というものは、ただ怒らなければ良いというわけではなく、そこに何か芯のようなものがあって、それを伝えたいと思う時に効果があるのだと思う。じいちゃんの教育が、まさに怒らない教育だった。

ツバメの巣を見るたびに、あの日のことを思い出す。

2 件のコメント:

  1. せつない記憶ですね。
    私も野山を駆け回ってた頃は、色々残酷なことしてました。今思えば、ですが。

    おじいちゃん、本当に素晴らしい人ですね。
    そんな教育を受け継ぐ人達が増えてくれるといいなと思います。
    受け手の感性も必要かな?
    でも、子供だったら誰でも大丈夫かもしれませんね。
    何しろ子供の感性はすごいから。

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    1. >こばねさん
      子どものころって、俺もここには書けないような残酷なことをしていました。まぁツバメの巣もかなり残酷な思い出ですが。
      子どもには理詰めで言ってしまうより、感情でなにかを感じてもらうほうが良いかもしれませんね。

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