2012年7月4日

ツイートまとめ

「辛い」という文字に一本足せば「幸せ」だよ。なんて、そういうことは軽々しく言わないほうが良いと思う。その一本がなくて苦しんでいる人がどれだけいることか。辛いという字はね、よく見てごらん、十字架の上に立っているんだよ。
精神科医は、例えるなら迷子案内人であって、道路管理人ではない。だから、道のデコボコとかアップダウンとかに怒っている人には何もできない。行き先は分かっているけれど道そのものに憤っている人にはあまり価値がないのだ。
「リストカットして良いよ」「過量服薬して良いよ」と俺は言う。「人に迷惑かけないようにやるなら、たまに深酒しちゃう人みたいなもんだしね」と付け加えると、戸惑いながらもホッとした顔をする人がいる。そして不思議と、あまりしなくなる。
実はリストカットと同じ方向の心のベクトルでタトゥーを入れている人がいるんじゃないかと思っている。辛いことを痛みで忘れようとして、辛さに打ち勝った自分の証が手首の傷でありタトゥーである、みたいな。
「手首を切る人は死にたいんだ」「過量服薬する人は死を望んでいるんだ」と決めつけるのは大間違い。そんな言葉にできるくらいなら行動化には至らない。言い表せないドロドロしたものが結晶化して自傷する。周りは分かりようがないし、分かる必要もないのだから、背負い込まないようにしましょう。
画びょうを踏んで痛がっている人に「痛いかもしれないけど、画びょうは有益な文房具なんだよ。そもそも画びょうどころか釘を体に打ち込まれている人もいるんだ、頑張ろうぜ」なんて言って、いったい何の慰めになるんだ? 「おい、痛そうだな、大丈夫か」この一言の持つ力をもっと知ろう。
精神科医は患者の姿を正しく写すモニターを目指すべきだ。それは実物より大きくも小さくも写さず、美しくも醜くも映さない。これがあなたですよ、そう言って相手を映してあげる。患者がモニターにアドバイスを求めるのは馬鹿げていて、患者自身がそこに映る自分を見て微調整していくのが大切なのだ。

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