2012年9月20日

ツイートまとめ

算数や数学は、「ある問題について、事実を積み重ねて結論を導く」ということの訓練。この作業が苦手なままだと、途中経過をすっ飛ばして結論だけ叫んで反論されたらキレる、という大人になりかねない。成績はともかく、自分なりに事実を積んでいって結論まで辿りつかせる訓練は大事。
世の中には、投げ出していいことと、絶対に投げ出しちゃいけないことがある、ということをバランスよく教えることが大切。死にたいほど辛いことは投げ出して良いけれど、それらに耐え続けて命を投げ出すようじゃいけない。
言葉は力を持つ。だから「死にたい」なんて、独り言でも、日記でも、ブログでも掲示板でも言っちゃいけない。もし言うなら、信頼できる家族や友人か、不本意だろうけれど精神科診察室で。良いかい、もう一回言うよ。「死にたい」なんて、独り言でも、日記でも、ブログでも掲示板でも言っちゃいけない。
ダウン症の出生前診断の話では、必ずと言って良いくらい「昔は生まれてすぐに産婆さんが」という話を持ち出す人が出てくるが、いつの時代のどの地域の話で、どれくらいの頻度でそんなことをしていたのか、きっと誰も知らない。稀な話が、都市伝説的に広まっただけかもしれないよ。
日本はまだまだ、すべての命に敬意を払えるほど成熟していないってことだろうな。震災や事件のニュースに涙を流しながら、ダウン症胎児を中絶することには賛成な人たち。

5 件のコメント:

  1. >日本はまだまだ、すべての命に敬意を払えるほど成熟していないってことだろうな。
    これは宗教的違いが強いと思います。
    日本人は"命"より"その子の将来"を重視する傾向もあるし、あと世間の目をとても気にするのもあるからでは無いでしょうか。
    実際海外のセレブで養子を迎える人が多くいますが、誰もダウン症、自閉症等の障害児を選んでる人はいませんよね。
    結局度んなに綺麗事言っても、一生育てるとなると別の世界の様なはずです。
    こう言う問題は実際そう言うお子さんを育ててる人にしかわから無いことが多いと思います。そういう方から、多いに意見を聞きたい。彼等にしか分からないことだからです。

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    1. >匿名2012年9月21日 7:34さん
      成熟していないのは、なにも日本に限ったことではないかもしれません。ただ、養子で健常児を選ぶからといって、それが綺麗事と矛盾するかというとそうでもないと思います。すでに生まれてきている子の中から選べるものなら選びたい、と考えるのは自然だと思います。そしてそれは、まだ生まれていない子を選んで「生むか殺すか決める」というのとは大きく違うはずです。

      養子がクジ引きのようにランダムで決められるとしたら、それが最も通常の妊娠・出産に近いのかもしれませんね。

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  2. この問題は非常に難しいですね。
    ダウン症の可能性があるから産むか中絶するかという問題と養子で健康児を選ぶという事は別ですが、最後にたどり着く結論は「みんな結局は健康な子供が欲しい!」。 なぜすでに生まれてきてる子からは、ダウン症の子供を選ぶことが普通ではないんでしょうか?恵まれた命!すべての命に敬意を払う!と表面では簡単に言えますが、すでにこの世に生まれた来たダウン症の子供や大人を受け入れるとなるとそれは別の問題にされてるのも厳しい現状ではないでしょうか?

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    1. >匿名2012年9月22日 14:37さん
      こちらを、参考リンク含めてぜひ読んでいただきたく思いました。
      http://psichiatra.blogspot.jp/2011/12/blog-post_12.html

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  3. 追加です。(途中で打てなくなったので)

    私はダウン症だから中絶賛成してる訳ではないので誤解しないでくださいね。

    ダウン症の子を出産し、この子と会えて幸せと話してくれる親御さんも知ってますし、こんな形で産んでしまって本人に可哀想で辛い思いさせて申し訳無い、、と罪悪感から逃れられない親御さんも知ってます。あるお母さんが、ダウン症の子供を育てる事って実際自分がその立場になってみないと誰も分からないのと教えてくれました。

    なので今回のこのトピで、私が言いたかった事は、ダウン症のお子さんがいる方しか本当の現状を知らないので、こういう方から、意見を聞いた方が筋が通ってると思ったのです。

    脳死同様難しい問題です。


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