2012年10月29日

誕生死

誕生死
あまりの切なさに、読んでいて何度となく涙ぐんだ。妻や我が娘サクラの顔が思い浮かんだ。

サクラが生まれたのは、祖父の納骨の日だった。納骨が済んで、祖父の家で親族集まって酒を飲んで、母の家に戻ったら妻から電話があった。破水した、と言われた。陣痛開始から3時間後、出産の報告は義母から受けた。電話の向こうで、まだ名づけ前のサクラの泣き声が響き渡っていた。

翌朝、俺は車で妻とサクラのもとへ行った。途中、コンビニによって時間を少し長めにとった。早く会いたい気持ちと、なんともいえない不安があった。可愛いのだろうか、愛せるのだろうか。それでも、病院に着いて病室へ向かう時は早足になっていた。

あれから8ヶ月。

先日、母が島に来て、サクラを見て何度となく繰り返した言葉。
「あんたに似ている。あんたにとてもよくなついている」
そういえば、妻もよく同じようなことを言う。
「パパが帰ってくるとテンションがすごく上がる」

みんな、ありがとう。

俺は、みんなから多くの幸せをもらっている。そして、その幸せの中心に、サクラがいる。サクラに引き寄せられるように、たくさんの笑顔がやってくる。
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サクラが元気に生まれてきてくれたことの幸せを、当たり前のものだと思ってしまっている自分にふと気づく。もっともっと日々を大切に、感謝しながら、親子の時間を積み上げていきたい。そう思った。

『天使の梯子』 ~ 流産・死産・新生児死などでお子さんを亡くされた家族の方へ ~

2 件のコメント:

  1. 私も5月末に娘が産まれ、あとこれ位でサクラちゃんみたいになるんかなぁと楽しみにしつつ、いつも癒されてます。
    妊娠8か月め、主人に初めて健診についてきてもらった時に、娘の首に腫瘤がある事がわかりました。
    脳室も大きい、18トリソミーの可能性はどうこうみたいな話をされ、それから産まれるまで、そして産まれてから手術まで、手術してから退院まで、本当苦しい思いをしました。
    特に分娩までの2か月は長く、死にたいとさえ思いましたが、
    自分が死ぬと娘も死に、残される主人を思うと何も出来る事はなく、出来る限り目を閉じて妊娠中すごしました。
    最初は、生きてる娘に会いたい、だった思いが、無事産まれると、1日でも生きてほしい、に変わり、手術が終わると、また声がでるようになってほしい、と人間どんどん贅沢になるもので、何の後遺症もなく元気に育ってる今は、夜もっと寝てほしい、に変わっています(笑)。
    医師としてできる限り患者さんの立場に立つよう心掛けていましたが、子供の生死にかかわる事の辛さは微塵も分かってなかったと主人と2人気付かされました。
    入院中のお母さん達、子供達、縁がないと思ってた小児外科の先生、そういった出会いを含め、今となれば、娘は大変だったけど医師として良い経験をさせてもらったと思います。
    閲覧した形跡のある天使の梯子に久々にアクセスし、そんな色々な思いを思い出しました。
    産まれてくれて、育ってくれるってすごい事ですよね。

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    1. >遥さん
      昨日はうちも夜泣き(早朝泣き?)にヤラれちゃいました。うちの娘は切迫早産を乗り越えた経緯があって、あのときは「無事に満期産で生まれてきて欲しい、元気に生まれてくれたなら顔も知性も問わないから!」と思ったものでした。今となっては親バカぶりを垂れ流す体たらくですが……。
      幸いにも、時間的にわりと余裕のある科のため、子どもと接する時間も長いし、自分の心身の余裕も持てるしで、今のところ夜泣きや変なグズりに対してイライラしたり悩んだりするようなことはありませんが、はてさて今後どうなることやら……。
      精神科医としていろいろな親子関係を見てきて、それなりに思うところがたくさんありますが、でも自分の娘が病気になった時、今の自分と同じような感覚で子どもに接することができるだろうか、結局は他人事だから分析的に見られるんじゃないだろうか、と思います。
      コメントを読みながら、そんなことを考えました。

      お互い、子どもから「パパとママで良かった」なんて言われる父母を目指しましょう!

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