2012年12月3日

未来トンネル

トンネルを抜けた私が最初に見たのは……、って、あれ? 私、大人の言葉で考えてる……!!

四つん這いになっていた私は、思わず自分の両手を見た。私が知っている私の指は、短くて丸っこくて、それから思い通りに動かなくって……、だけど今の私の指は長くて細くて……、握ったり開いたりを繰り返してみて、私の指が凄く器用に動くことが分かった。なんだか知らないけれど、私、大人になっちゃったみたい。
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「サクラ、なにしてるの」
名前を呼ばれて目を上げると、和服姿の中年女性が立っていた。見たことがない顔だけど、よく知っている顔。お母さんだ。私の知っているお母さんより少しぽっちゃりしていて、でも優しい目もとと柔らかそうな頬っぺたは若い頃のままだ。
「あ、ちょっとね、へへへ」
戸惑いと照れ隠しの笑いを浮かべながら立ち上がって私は気づいた。私、ドレスを着てる。
「ほら、ドレスがしわになっちゃうでしょ」
「あー、うん、えっと、コンタクトが落ちちゃったの」
「サクラのドジっこはあいかわらずだ。お母さんゆずりね」
「えー、お父さんだってドジじゃん」
あれ、私、普通に会話してる。まだ一歳にもなってない私にはあるはずのない記憶、例えばお母さんはドジだけど、それをからかうお父さんは時どきもっとドジなこととか、そういう思い出が、なぜかいまの私にはあって、だからお母さんと違和感なく会話できている。今日が何の日で、今がどういう時なのか、それもなぜだかはっきり分かる。
「ていうか、お父さん、どこ?」
「それがねぇ」
お母さんは大げさにため息をついた。

「お父さん!」
控え室の畳に座りこんでいるお父さんの背中から声をかけると、お父さんの肩がびくりと動いた。毛の抜けきった頭がヌラヌラと……、いや、キラキラと輝いている。
「お父さん、もしかして!?」
そう言いながらお父さんの正面に立つと、やっぱり。
「飲んでるんだね」
「あー、まぁ、ほら、なんていうか、ね」
お父さんは、コップに入ったお酒をグイッと飲みほした。ふぅ、と言いつつお父さんが口元で笑顔を作るが、私と合わせようとしない目はまったく笑ってない。かなりのお酒臭さとは裏腹に、お父さんのこの顔はまったく酔っていない時の顔だ。いつもはすぐ酔いつぶれるくせに、たまにこんな顔をして全然酔わない時がある。私が高校時代に失恋したショックで家族と口をきかなかった夜とか、私が大学に合格して上京する前日とか、それから、彼を初めてうちに連れて行った日とか。

「お父さん」
呼びかけて、お父さんに両手を差し出した。
「ん?」
お父さんが私の手を見た。
「ほら」
「え? なんだよ」
「ほらっ!」
おずおずと両手を伸ばすお父さん。私がそれをつかむ。そして、引っ張る。
「いくよ! よいしょっ!」
「おっとっと、うんしょ」
億劫そうに立ち上がったお父さんの目が赤かった。
「お父さん、私、こんな風にお父さんにやってもらった立っちの練習おぼえてるよ」
「そんなわけないだろ、いつの話だと思ってるんだ」
苦笑するお父さん。
「本当に覚えてるんだよ。それこそ、ついさっきみたいにね」
「なんだよそれ」
ようやく、お父さんの目が笑った。

チャペルに続く薄暗い廊下。私はお父さんの左腕にそっと右腕をまわした。廊下の向こうが明るく輝いている。その中に、緊張した顔をして、私を待っている彼がいる。一歳にも満たない私にとって未体験の思い出たちが、次から次へと胸からあふれて、ぽろぽろ瞳からこぼれ落ちる。
「お父さん、ありがとう」
「ん」
グスリ、とお父さんが鼻をすすりながら頷いた。長い廊下はまるでトンネルのようで、まぶしい光の向こうには……、

まだ若くて細いお母さんが手を叩いてこっちを見て笑っていた。その隣で、髪の毛のあるお父さんが手を振って私を応援している。一歩ずつ進むと、だんだんと足に力が入らなくなってくる。お父さん、お母さん。二人から大切に育てられて、幸せになれるんだね私。膝と両手を床につく。前に進むごとに、ちょっとずつ大人の考えができなくなる。少しずつ、すこしずつ、わたしは子どもになっていく。あたたかさだけがこころにみちる。わたし、もうしばらく、ぱぱとままのこどもでいたい。ほら、いまからとんねるをぬけるよ。まっててね。だいすきだよ、

「マンマァ、パーッパァ」

2 件のコメント:

  1. さっきのお写真のあとで、これですかぁ~ ううう。
    パパさん、何も今から練習しなくっても;;;

    女孫が生まれると、母方のじぃじは腹の中で、パパなる男に
    「…ふんザマミロ…お前も嫁に出すとき泣くがよい」などと
    思わないんでしょうか。

    ちらっと。 あくまでも、 ちらっ…  と。

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    1. >雪花菜さん
      いやー、もう今から練習しとかないと危ないですからね(笑)

      女孫の祖父の気持ち……、うーん、どうなんでしょうね。うちのじいさんは嬉しそうに見えました(笑) でも、ちらっとは……、あ、いや、そんなことはないか。うちは娘を奪った男である「孫の父」は結婚式に参加していませんから(笑)

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