2012年12月31日

妻の祖父が亡くなった

妻の祖父が亡くなった。

少し前から容態が良くはないということは聞いていたが、いきなり体調を崩すことはなさそうだった。

そんな状況下、昨日、妻から、
「早めに帰省したほうが良いかどうか」
という相談を受けた。妻は去年から今年にかけての年末年始に里帰り出産していて、今年の年末年始は家族で過ごしたいという思いが強かった。1月2日に帰省の予定で、それをたった数日早めるだけで、家族で過ごす年末年始を逃すことになる。そして、義祖父が急変することは考えにくかった。それで凄く迷っていた。俺の答えはもちろん、
「サクラをつれて、帰れ」
年末年始のあれこれは、今年を逃してもまた来年、俺と妻とサクラには巡ってくる。でも、義祖父に会える機会を逃したら、次はない。いざ何かあった時に、後悔するのが目に見えていた。

ここで少し、義祖父のことを書きたい。
俺も妻も両親が離婚していて、さらにどちらも父親が結構ロクでもないということもあって、サクラには最初から「おじいちゃん」がいなかった。一年前、そういう話を義祖父にしたら、まだ元気だった義祖父は、
「それじゃ、自分がおじいちゃんがわりになろう」
と言って笑ってくれた。

公立学校の校長先生を務めた義祖父は、身体も強健だった。釣りを趣味にしていたある冬の日、小舟から落ちた。普通の人なら溺れるか凍死するかしそうなものだが、自力で這い上がって生還した。そういう話を淡々とするような人だった。

去年の今ごろ、酒に酔った俺は義祖父に何度となく頼み込んだ。
「生まれてくる子にはおじいちゃんがいないんですよ。だから、どうか、ずっと元気で、おじいちゃんがわりになってくださいね」
義祖父は嬉しそうに笑って頷いていた。

そんな義祖父が、ついさっき、亡くなった。

俺の祖父は、今年の1月、俺が手をつないで看取った。飛行機が一日に2-4本しかないようなこの島に赴任が決まった時、万が一の親族の臨終には間に合わないと覚悟した。祖父の看取りに間に合ったのは奇跡だと思う。そして、そんな奇跡が何回も続くとは思えなかった。だからこそ、妻には早めに帰って、義祖父に娘の元気な姿を見せておいて、いざという時に駆けつけられるように備えておいて欲しかった。

たった今、1時過ぎ、妻からの電話で義祖父の他界を知った。直前の夕方、義祖父は、彼からしたら最愛の孫娘である妻と会い、さらにその孫娘が生んだひ孫サクラに触れた。ほとんど動かない体になっていた義祖父は、それでも妻と娘の到着が嬉しかったのだろう、指が動いていたそうだ。そしてサクラは、義祖父のまつ毛を触っていたそうだ。

俺も、妻も、いろいろな意味で、間に合った。去年のうちに結婚式を見せることができた。俺の祖父はサクラが生まれる前に亡くなったけれど、義祖父には何度となく抱っこしてもらった。名前を憶えてもらうのには苦労したけれど。

そして昨日、今わの際に、ちゃんと会えた。

こういうことって、あるんだなぁと、しみじみと思う。

今ごろ、義祖父と俺の祖父は、酒でも酌み交わしながら語り合っているのかもしれない。

「どうですか、うちの孫息子は。自慢の孫ですよ」
「いい婿をもらいました。でも、うちの孫娘だって負けておりませんよ」
「そうですな。でも、それよりなにより」
「うんうん、それよりなにより」
「サクラ、可愛いですな~」
「ほんと、そうですな~」

そんな風にして目を細めている二人が浮かぶ。


俺にとっても、親しみやすくて大切な人だった。
今はただ、早めに二人を帰して良かったと、そんな安堵で精一杯だ。

2012年12月30日

ツイートまとめ

ちゃんと読まない(読めない)人の周りには、ちゃんと読まない(読めない)人が集まる。これ、ブログとツイッタを連動させて気づいたこと。
長めの文章を読んだときに、大筋で伝えたいことを捉えるというのが読解力。枝葉に捕われて斜め方向の非難や議論を展開するのが誤読力。ツイッターにはこの誤読力の高い人が時どきいて、そういう人の非難に反論しても、結局その反論が誤読されるので何をやっても無駄。
ツイッターで議論めいたものをしようとしても、すぐに人格攻撃に走っちゃう人がいて、そういう相手とはてんで話にならない。「お前みたいな奴が精神科医をしているなんて」という言葉を出した時点で、それは純粋な議論ではなく、相手と自分の肩書きに思考を捕われた罵りでしかない。
ツイッタである事象について語り合う時には、相手の肩書きも経歴も関係ない。あくまでも文字対話であり、それ以上でも以下でもない。このことを忘れないようにしないと、その文章がその人の人格のすべてであるかのような錯覚に捕われる。そういう錯覚に捕われやすい人は現実でもそうなんだろうけれど。
誤読力にもセンスが必要。どうやったらそう読めるんだよ、という人が時どきいる。誤読の天才とも言うべき人たちで、そういう偉人たちには訂正も通用しない。

指先から愛を

IMG_0606

図書館へ行こう

IMG_0613
幼児スペースがあるので、決して静かとは言えない図書館。

IMG_0615
絵本の読み聞かせ、ではなく、見せているだけ。


2012年12月29日

今年一年を、チラッとだけ振り返る

今年は、人生で最も悲しく辛いことと、最も嬉しいことがあった。

1月に最愛の祖父が亡くなり、2月に愛娘サクラが生まれたのだ。5月から妻と娘と一緒に住み始め、寝返りもできなかったサクラがある日を境にクルクルと転がれるようになり、いつの間にか当たり前のようにつかまり立ちをしている。

妻とサクラと一緒に過ごす家族の思い出が日々増えていく一方で、祖父との思い出がこれ以上増えることはない。楽しくて嬉しいことも多い毎日の中で、それでも時どきふっと寂しくなることがある。サクラに一目会って欲しかった、というのは勿論ある。でも、本当はそれだけじゃない。いや、むしろ、もっとしっかり祖父に見て欲しいものがある。それは、つまり、こういうことだ。

「おじいちゃん、俺はこんな感じの父親になれたよ」

努力と正直をモットーにしていた、そんな祖父の笑った顔と声が思い浮かぶ。

もうすぐ、祖父の一周忌。
img002


<関連>
農夫
足跡
じいちゃん76歳のころの写真
韓国から怒って帰ってきたじいちゃん
じいちゃんの背中
夫婦でトラック
妹の結婚式にて
不動の構えのじいちゃん
トラックの助手席から
最高の一枚

手づかみごはん

IMG_0550

IMG_0551

IMG_0555

IMG_0552
自慢かい?(笑)

IMG_0565
ごはんの後は手洗い。

IMG_0570
口まわりも洗います。

いつか本について語り合いたい

IMG_0514
読書家になるかなぁ……、ていうか、逆さまです(笑)

IMG_0515

IMG_0516

IMG_0517

2012年12月28日

患者には「出会う」もの

「一生懸命に仕事をしていれば、不思議と良い患者に『出会う』んだよ」

尊敬する先輩精神科医の言葉だ。

これは別に「いい話」ではなく、もっと淡白なものだ。どういうことかというと、自分が精神科医として成長するキッカケになる症状を持った人が、なぜか今の自分の力量に合わせたかのようにタイミングよく現れる、という話だ。

※こういうことを書くと、「患者は医者の成長のためにいるんじゃない」などとあげ足を取る人が出てくる(信じられないかもしれないが、実際にそういう人はいるのだ)が、どうか素直に読んで欲しい。

先輩の話は実体験でも納得できることだが、さらに突き詰めて考えると、要するに、

「人は一生懸命にやれば、自分の力量を少し超えたところに手が届く」

ということだと思う。そしてコツさえつかめば、そこは力量の範囲内になる。それが自分の成長として感じられる。あとから振り返ってみると、「不思議とタイミングよく」力量を少し超えたくらいの患者の治療に携わっているように見える。

実際には、自分の診療能力を大幅に超えた患者もたくさんいるわけだが、その場合には先輩や指導医の助けが大きすぎて、あまり自分のキャパシティを広げることにはつながらない。また、漫然と仕事をしているだけでは、そういう出会いの確率は少ない。

この「出会う」という感覚は、医療のみならず他の多くの仕事で同じことが言えるんじゃないだろうか。

教育テレビって凄いなぁ

IMG_0407
1歳にも満たない子どもの心も惹きつけちゃいます。これが『朝ズバ』だと見向きもしない。おかげで、最近は俺も朝の教育テレビを観ないと落ち着きません。

IMG_0424

IMG_0432

6重ガーゼスリーパー
動き回る子どもの邪魔にならず、温かく、そして大きくなってからも使えるという優れもの。着ている姿も可愛いので、お勧めの一品。

チャイルドシートにて

IMG_0465

IMG_0466

IMG_0469
寝ちゃった。車の揺れって気持ち良いみたい。

デッドマン

デッドマン
トリックは素晴らしいと思うけれど、途中でちょっと先が読めたかな。それよりなにより、なんだか話運びがまだるっこしく感じてしまって……。登場人物にあまり魅力がないというか、キャラ立ちしていないというか。
ちなみに、Amazonのレビューはまずまず。

2012年12月27日

安易に「神経症」と言ってしまう精神科医はあまり信用しないほうが良い

高齢者に多い不定愁訴。
頭が痛い、胸が痛い、腹が痛い、喉が痛い、息がハァハァする、体がヤキヤキする、ヒヤヒヤする、フラフラする、ムカムカする、などなど。内科でいくら検査をしても、まったくもって異常なし。こういう患者は、主治医から「精神科にかかってみたらどうですか」と勧められ、診断は「不安神経症」ということで紹介されることが多い。

そういう患者を精神科で診たときにどう考えるか。俺は基本的には「神経症」とは診断しない。この理由は後述する。たいていの場合、身体症状が前面に出ている「うつ病」として治療を始める。いわゆる「仮面うつ病」だが、「仮面」なんてつけると患者は混乱する。だから患者にはストレートに「うつ病である」と告げるが、患者からは、
「いや、心も頭もどうもない。神経がやられているんじゃないでしょうか」
と否定されることが多い。そこで、
「うつ病には、心が落ち込むタイプと、心はなんともないのに、体のあちこちに症状が出てくるタイプの二種類があるんですよ」
そう説明して、患者本人と家族の様子をみると、たいていは、へぇ、そんなもんかねぇ、と半信半疑といったような反応をしている。
「体に症状が出るタイプの人は、本人は体があちこちキツイのに、いくら細かい検査をしてもまったく異常が出ないんですよねぇ。もしかしたら、○○さんもそうだったんじゃないですか?」
いかにも「こちらの想像としてはこうだったんじゃないですか」というふうに尋ねるのだが、実際には、診察前に過去の身体科カルテには目を通しているので、たんにカルテから知りえた情報を占い師みたいに言っているだけだ。ただ、そんなふうに当ててみせることで、それまで精神科なんて怪しいと思っていた患者や家族が、
「そうそう、そうなんです。あぁ、先生、どうにかしてくれませんか。治りますか?」
という具合に雰囲気が変わってくる。ここまで持ち込めば、
「大丈夫大丈夫、薬で元気になりますから」
と、薬の前に安心感を処方。さらに状態に応じて、抗うつ薬や安定剤を処方する。主治医を信頼して飲むのと、疑いながら飲むのでは、効果がまったく違ってくる。

誤解のないように書いておくと、毎回、上記のようにやっているわけではないし、うまくいかないこともあるが、診察室で行なう小精神療法の一つである。

かつて、笠原嘉先生の講演会を聞きに行った際、
「昔から、精神科医はうつ病が長引くと、『神経症化してきた』と簡単に言いすぎるところがある」
ということを仰っていた。「神経症化してきた」とは、ちょっとウンザリしたような感じで精神科医が半ばサジを投げたようなニュアンスがある、というのだ。それを聞いて以来、神経症という言葉とは距離をおいている。

実際の現場では、上記の小精神療法と抗うつ薬で、かなりたくさんの高齢不定愁訴患者が元気になった。
「ちょっと○○の症状が残っているけれど、前からしたらだいぶ良い」
そう言って患者や家族から感謝されることが多い。動悸や息切れで月に二度も三度も救急車を呼んいたような高齢者が、嘘のように救急車を呼ばなくなり、笑顔で精神科を去っていく。「もう元気になったから、あとは内科で薬をもらいます」という嬉しい言葉を残して。また口コミで、
「自分の症状を知人に相談したら、その人も同じような感じで、ここで治してもらったと聞いた」
という患者がやってくるが、こういう場合にはおだてには乗らず、まずは身体チェックをしっかりやるのが重要。

<関連>
義祖母の仮面うつ病

窓の向こうに ~12月26日で10ヶ月!!~

IMG_0458
その後ろ姿が愛しくてたまらない。

昨日で無事に生後10ヶ月が過ぎた。ちょっとした風邪以外、病気やケガに見舞われることもなく成長してくれて感謝。最近はつかまり立ちも板についてきて、さらに転んで頭打っても泣かなくなった。年始に帰省して皆に立ち姿を披露するのが楽しみだ。

食事中のおマヌケな瞬間

IMG_0377
毎日、笑いに癒される。

IMG_0379
大きくなって、このブログを発見しても怒らないでね(笑)

IMG_0381

IMG_0388

IMG_0389

IMG_0392
爆笑している(笑)

IMG_0397

クリスマスの夜に

IMG_0953

IMG_0958
昨年に引き続き、今年もチャレンジしてみたお菓子の家。今年は家をログハウスみたいにして、さらに雪を降らせてみた。

2012年12月26日

ツイートまとめ

受け持ち患者にODやリスカを繰り返す人が何人かいるけれど、俺の根っこのスタンスは「あなたの味方」。これは絶対にブレさせない。それから、「あなたの行動はあなたの責任」「俺は味方だけど、あくまでも他人」を繰り返す。そして、当たり前のことを、ただひたすら淡々と伝え続ける。
そんな中で、本人にも家族にも絶対に伝えるのが、「人は成長する」ということ。10年後には10年分、視野が広がって強くなっている。「10年後、20年後にはリストカットしなくなってますよ」「長いですね……」「長いですよ。でも、絶対しなくなります」 患者も家族も戸惑いながら安堵する。
ナントカ療法・学派ってのがあるけれど、俺の場合、「成長しますよ療法・学派」。すべての患者が絶対に成長する。その確信を持てない精神科医は焦ることが多いと思う。10年後に問題行動が治まっていれば、それで良い。そして、そのことを保証してあげるだけで、彼らの悩みの半分くらいは減る。
リストカットやODを繰り返す人は、いわば荒れ狂う海の漂流者。彼らにとって家族や友人は陸地に輝く灯台。彼らの過激な行動に動揺して灯台が動くと、彼らは自分の位置を見失ってしまう。灯台はブレてはいけない。そしてもっと大切なことは、照らし続けるということだ。
名選手を見て真似るべきは華やかなプレーではなく、それらを裏打ちする練習や競技に対する姿勢である。これは、あらゆる職業に当てはまる。精神科医療においても、名医の言葉を真似るだけでは上手くいかないが、その根底にある考え方を自分のものとすれば、自ずと治療効果は高まっていく。

ユダの謎キリストの謎-こんなにも怖い、真実の「聖書」入門

ユダの謎キリストの謎-こんなにも怖い、真実の「聖書」入門

以前に読んだ名作『地に火を放つ者』の作者による聖書に関する本。内容は凄く面白いというほどでもない。小説のほうがかなり良かった。

<関連>
文句なしの名作なのに絶版!! 『地に火を放つ者』
キリスト教関連の小説が好きな人なら、ぜひ一度は読んで欲しい一冊。

お客さん! も少し下がってください!!(笑)

PC062836
ギターは20歳の時に買ったGuild D4です。

くせっ毛ちゃん

IMG_0367

IMG_0370

IMG_0372

IMG_0371

IMG_0373

2012年12月25日

スローカーブを、もう一球

スポーツ観戦にはあまり興味がないが、その裏にある人間ドラマは昔から好きだ。例えば、思い出すのはスキー・ジャンプの原田雅彦。1994年のリレハンメル・オリンピックで大失敗ジャンプをして団体メダルを逃した原田は、涙を見せるどころか、ヘラヘラと笑うばかりだった。テレビ画面を通して、俺はその原田の姿に興ざめしてしまった。彼の態度を冷ややかに非難する人たちもたくさんいた。それから4年後、98年の長野オリンピック。原田は137メートルという大ジャンプを成功させ、そして泣いた。大失敗をしてからの4年間、ヘラヘラと笑い続けた男が、大成功で涙を見せた。その涙に、原田の4年間が詰まっているような気がして、テレビの前で俺は鳥肌を立たせながら涙ぐんだ。

スローカーブを、もう一球 (角川文庫)
本書は、野球を中心にボクシングや棒高跳びといったスポーツも追っているノンフィクション短編集。文句なしの名作だと思う。俺のようにスポーツ観戦に興味がなくても面白いと思えるのだから、野球ファンならもっと楽しんで読めるかもしれない。

お風呂上りのドタバタ

IMG_0317
ジッとはしていないので、遊ばせながら着せます。

IMG_0318
チャンスをうかがいます。

IMG_0319

IMG_0322
チャンス到来、着せます!!

IMG_0323
逃げます。

IMG_0324
オモチャで釣ります。

IMG_0325
その間に着替えを。

IMG_0327
最後はスリーパーを。


ガーゼスリーパー