2013年5月20日

満蒙開拓移民として中国へ行った祖父に想いを馳せる 『異国の父母―中国残留孤児を育てた養父母の群像』

祖父は満蒙開拓移民として中国に行っていたそうだ。1940年くらいだと思うので、恐らく祖父は15歳過ぎたころだろう。どのタイミングでどのようにして帰国したのか分からない。もう亡くなったので、その辺りの詳しい話は聞けなくなってしまったのが残念だ。ただ、そこで知り合った同郷の日本人と仲良くなり、
「妹を嫁にもらってくれ」
と言われて約束をし、それが俺の祖母であることは生前の祖父から聞いたことがある。

異国の父母―中国残留孤児を育てた養父母の群像

以前、『逃亡』という小説を読んで、日本の敗戦前後に中国から帰国することがいかに大変で過酷だったかを感じたのだが、そのことを本書で改めて思い知らされた。調べてみると、開拓移民のうち3人に1人くらいしか帰国できなかったようで、中にはシベリアに連れて行かれた人たちもいたとのこと。祖父はよく無事に帰ってこられたもので、その幸運に心から感謝したい。

1980年代に中国残留孤児(当時はそう呼ばれていたが、現在は中国残留日本人と言うようだ)の日本帰国が話題となった。当時、まだ小学校高学年だった俺は、テレビ画面に映る大人の男女が抱き合って泣いている姿を凄く奇妙に感じたものだった。「チュウゴクザンリュウコジ」という言葉も漢字が思いつかず、意味もよく分かっていなかった。

あれから20年以上経って、ようやく色々なことを知ることができた。そして思った。
「日本政府、何やってんだ!?」
あまりに冷酷で怠慢な対応しかしていないじゃないか……。

本書で語られる養父母らの話は、特に孤児を引きとるに至った経緯、一生懸命に育てた歴史に胸を打たれる。彼らは日本に占領されていた当時、かなり日本の軍隊からひどい目に遭わされていた。それでも、
「子どもに罪はない」
「日本人だからって関係ない」
「中国人の農民と日本人の農民は同じ」
といった気持ちで子どもらを育て、時には周囲からかばい、中には実子よりも大切に育てた人たちもいる。子どもを置き去りにせざるをえなかった日本人親の気持ちも、自分が親となった今は痛いほどに分かる。それと同時に、養父母らの心のあり方に頭が下がる。

未だ完全には解決していないという中国残留日本人問題。戦争に翻弄された人たちが、今なお苦しんでいるという現実は多くの人に知ってもらいたい。

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