2013年10月10日

母を上高地に連れていく

10月12日からの連休を利用して、母を上高地に連れていくことにした。母は高校卒業後に岐阜で仕事をしていた時期がある。『なにも願わない手を合わせる』という本を読んで、いつか母を懐かしき岐阜の地に連れて行きたいと思うようになった。母にそのことを伝えると、
「これまで行った土地で、もう一回行きたいなんて思ったところはないけれど、上高地だけは一生のうちにもう一回は行きたい」
ということであった。岐阜に行くとばかり思っていたため肩すかしかと思ったが、地図で見ると上高地と岐阜は結構近い(地理はてんでダメで、中学時代の社会の通知表はずっと2だった……)。母にしてみれば、岐阜時代に上高地に遊びに行った時の絶景が忘れられないらしい。

こうして計画は徐々に進んでいったのだが、大問題が一つ浮上した。俺がいない間、精神科医不在といわけにはいかないので、島外から診療応援を呼ばないといけないのだが、その連休の日に精神神経学会が開催されるのだ。多くの先生が学会に出席するため診療応援不可能とのことだった。困り果てて、日ごろから懇意にして頂いているT先生(学会には所属されていない)にご相談したところ、
「それなら俺がやろうじゃないか」
ということで引き受けてくださった。T先生もその日に何かご予定があったようだが、それをずらしてのご厚意だ。

その日、T先生と酒を飲んでいて、
「いちは先生、今度の連休はどんな用事があるの?」
と聞かれた。ちょっと躊躇したが正直に、
「実は、母を上高地に連れて行きたいのです」
と答えた。T先生はにっこりと、
「そうか、それなら良かった。これで学会に出席しますなんて理由ならぶっ飛ばすところだった。家族は大事にしないとね。しっかり親孝行しておいで」
そう言って、焼酎をグイッと呷られた。
「ありがとうございます!」
俺もグイグイっと呷ったのであった。

俺の周りには、永遠の指導医Y先生や、このT先生のように「漢気」を感じさせる先輩が多い。後轍をたどって、俺もそういう人になりたい。

2 件のコメント:

  1. 上高地へは、数年前、父を連れて行ったことがあります。
    山が好きだった父。
    倒れて、病院で数週間過ごし、しゃべれない父がメモしたのは「川を見たい」でした。
    「上高地の川?」と聞くとうなずきます。
    もう連れて行けないと分かっていたけれど、「元気になったらまた行こうね」と手をにぎりました。
    その父が死んだのは、3・11の大津波があった次の日でした。
    今でも時々、上高地の川べりに立つ父を思い出します。

    お母様と素敵な時を過ごされてください。

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    1. >なおこさん
      本日、戻ってきました。
      上高地、本当に良いところでした。母がもう一度行きたいというのも納得でした。なおこさんのお父様が仰ったのも、やはり分かる気がします。
      写真を整理したらアップします(1ヶ月後くらい?)。

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