2013年11月25日

母の足跡、自分のルーツ 母を連れて上高地へ(7)

平成25年10月12日から同月14日にかけて、母と二人で旅をしてきた。主な目的地は母の思いでの土地である上高地。

そしてもう一つの行き先が、母が高校を卒業してからの二年間を寮生活で過ごしたという、岐阜県にある会社へ連れて行くことだった。

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松本駅前でレンタカーを借りて、高速道路に乗って岐阜を目指した。近いように見えて案外に遠く、太陽はだんだんと沈んでいった。

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当時の寮生活でのあれこれ、例えば「高卒だからイジメられた」とか、そういう話を聞きながらドライブした。周りが大卒ばかりだからイジメられたというわけではなく、その逆である。商業高校卒の母は事務職で、周囲には中卒で肉体労働をしている女性が多かったのでイジメられたのだ。

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そんな母を可愛がり、面倒をみてくれた5歳くらい上の女性がいた。母が「サチコ姉さん」と慕っていた彼女も中卒であった。滅多に人を「美人だ」と褒めない母が、「サチコ姉さんは綺麗だった~」と言う。そして、寮の中でもわりとボス的な存在で、「今で言うスケバン」と母は述懐した(今やスケバンは死語だろうけれど)。サチコ姉さんと母が同郷出身というのもあっただろう。また母は、「イジメられてもへこたれない姿がサチコ姉さんのお眼鏡にかなったんじゃないだろうか」ということも言っていた。そのおかげで、イジメはだんだん下火になった。

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44年前、18歳の母の給料は月に1万8千円だった。母は自動車免許を取りたかった。だが、「結婚前に免許を取るなど絶対に許さん!」という祖父はお金を貸してくれなかった。当時、免許取得には5万円くらいしたそうだ。給料の3か月分である。そんな母の状況を知ったサチコ姉さんは、
「免許は、取れる時に取っときな」
そう言って、なんと自分の通帳と印鑑を母に手渡したのだ。

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「どうやって返済したの!?」
そう驚く俺に、母は、
「うーん、月々少しずつだろうね」
と当時を思い出しながら語った。

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どっぷりと日が暮れてようやく到着した。「三星染整」というその会社は今も存在していた。当時よりも大きく、きれいになっているそうだ。バブル期に変な経営をしなかったのだろう。

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サチコ姉さんは先に書いたように中卒の美人で、そして片目が義眼だった。そんなサチコ姉さんは、母が岐阜にいる間に結婚した。相手は近くの染物屋かなにかの、いわゆる「良いところの人」で、サチコ姉さんにとっては玉の輿と言えるかもしれない。でも、後輩である母を信じて、通帳と印鑑を預けるような気風の良い人だ。それを無防備と笑うこともできるだろうが、義理を重んじ人を裏切らない母の性格を見抜いていたのかもしれないし、誰にでも同様のことをしていたわけではなさそうなので、人を見る目がある女性だったのだろう。それは母の、
「中卒だったけれど、もの凄く努力家で、だからとっても頭が良かった」
という言葉からもうかがえる。

今回の旅は、母の人生を知るうえですごく良いものだった。母の歩いた道は、すなわち俺のルーツでもあるのだから。

みんな、自分の親が若い頃にどこでどうやって生活していて、どんな友だちとどんな付き合いをしていたか、どういう辛いことがあって何を楽しみにして生きていたか、知っていますか? 自分の親が旅行に行けるうちに、観光も予算も度外視で「親の思い出の土地」に連れていく。

親孝行の一つのあり方として、そういう旅をお勧めします。

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三星染整の正面玄関前は、なぜか踏切だった。


昼間の三星染整前をグーグル・マップで。

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2 件のコメント:

  1. 凄くいい記事ですね。案外親子ほど、親のこれまでどういう人と出会って、どういう過ごし方をして…という部分は知らない事の方が多いですよね。夫のご実家へ行った時などに、ご両親のお話を色々質問して聞いていると夫が知らない義理の両親の話が沢山出て来ます。
    「仕事を立ち上げた時、こんな苦労があった。」「あの時、実はこうだった。」とか。話をジックリ聞くだけでもご両親が凄く喜んでくれるので、こちらも嬉しくなります。

    旅行先だからこそ、話せる話も出て来るでしょうし、いいですね~!親子の旅!

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    1. >ゆうさん
      惜しむらくは、亡くなった祖父について、本人の口からもっともっと聞いておけば良かったと……。きっと他の人に比べたら、それでもまだたくさん聞いているほうだとは思いますが。

      母との旅行で面白かったのは、旅行って食事時以外はたいてい同じ方向を向いて行動するんですよね。長時間ドライブなんかでも、顔を見合わせないから、互いにリラックスしてあれこれ話せるという空間でした。

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返事が遅くてすいません。