2014年11月17日

天国への旅立ちを知らせる猫


老人ホームに住む猫・オスカーには、
「死期の近づいた入居者が分かるらしい」
そんな奇妙な噂がある。その人が亡くなる直前に居室に現れ、ベッドの上で患者に寄り添い、息を引き取るのをそっと見守るというのだ。

その施設で働く著者・ドーサ医師は、最初は施設職員が語る噂を信じようとはしなかった。しかし、オスカーを観察していくうちに、オスカーには「なにか」があると考えるようになる。

本書はなんと、医師なら知らない者はいない権威ある医学雑誌NEJM(ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン)に連載されたエッセイで、多少の脚色は混じっているだろうが実話である。

自分自身、精神科医として認知症の患者やその家族、施設スタッフと接する機会が多いだけに、本書の内容は身近であり、かつ考えさせられた。

ドーサ医師が学生時代に受けた授業を回想する場面があり、その講師の言葉が印象的だったので少し長いが抜粋引用する。
「医療の現場では、医師はよく診断を追及するというあやまちを犯します。いいですか、わたしがここで言いたいのは、病名の診断などさほど重要な問題ではない、ということです。内科医にとっては重要に思えるでしょうし、多くの患者さんもまたそれが重要だと思うでしょう。でも、請けあいます。たいてい、それは見当違い。だって自分の病気が進行性核上性麻痺なのか、アルツハイマー型認知症なのか、ピック病なのか、それともレビー小体型認知症なのか、患者さんがほんとうに気にかけると思いますか?
医師にとっては、とても重要です。病名は、わたしたちが互いに情報を伝達する言語ですから。疾患を定義し、それについて話すうえで役立ちます。しかし、患者さんにとって同様に重要であるとは言えません。
その病気によって自分の生活が変化するかどうかを、患者さんは一番気にかけます。この病気で自分は死ぬのか? 病気になってからも歩いたり、身の回りのことをしたりできるのか? 夫や妻、子どもの世話はできるのか? 痛みはあるのか? 患者さんがいちばん気にかけるのは、そうしたことなのです」
最後に「後記」として、ドーサ医師が認知症の人の介護をしている家族へのアドバイスを5つ挙げているので、これもまた抜粋して紹介しよう。

1.自分自身を大切にしよう。
長期にわたり、一人で責任を背負いこみ、成功した人などいない。

2.現在を生きよう。

3.長い目で見ながらも、ささやかな勝利を祝おう。
「食欲が上向いた」
「あるモノの名前を覚えていた」
そんなささやかな勝利を。

4.質の良い介護を求めよう。
違いを生むのは、施設と家族の関わりである。

5.愛して、手放そう。
どんなに最愛の人であっても、最後には手放すしかない。それは施設に入所させることかもしれないし、死期が迫ったとき自然なかたちで看取ってあげることかもしれない。いずれにしろ、認知症の終末期の人を手放すのは敗北ではない。それは、愛ある行為なのだ。


今や日本は超高齢社会であり、認知症の問題を避けて通れる人はごく一握りだ。

いま介護している人と、いずれ介護される人たちへ。
それから、猫好きな人と、そうでない人たちへ。

この本をお勧めしたい。

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