2014年9月30日

コカ・コーラ伝説

1981年、コカ・コーラがソフトドリンク市場でシェア45%を達成した時、浮かれ騒ぐ経営陣に対し、当時のCEO、ロベルト・ゴイズエタはこう尋ねた。
「人間が一日で必要とする水分量は? 世界の人口は全体でどれくらい? それから、ソフトドリンク市場ではなく、飲料市場全体でみた時のコーラのシェアは?」

コーラは2%だった。

こうして、1981年に43億ドルだった同社時価総額は、ゴイズエタが亡くなる1997年に1520億ドルにまで成長した。ものの見方を少し変えるだけで、潜在市場、成長のチャンス、士気といったものを掘り起こすことができるのだ。

余談ではあるが、ベルリンの壁が崩壊した時、現地ではコカ・コーラ社が無料でコーラを配った。テレビ各局は東西ドイツの合併に歓喜する人たちの映像を何度となく発信したが、自由主義の勝利に笑顔で興奮する彼らの手には、コカ・コーラが握られていたというわけだ。こんな広告戦略、凄すぎる。

選択の科学

上記のエピソードは、この本で紹介されていた。それ以外にも残酷だけれど興味深い動物実験の話(とても残酷な動物実験の話をしよう 『選択の科学』)なども紹介されていて、面白い本だった。

<参考>
読んではいないんだけれど、本書で紹介されていた本。
コカ・コーラ帝国の興亡―100年の商魂と生き残り戦略

ハラハラさせられる次女、お食い初め!

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サクラの時より風邪とか、湿疹とか、そういうことでハラハラさせられている気がする。普通は2番目のほうが余裕があるって言うけどなぁ……。

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今日で生後100日、お食い初め!!

2014年9月29日

「たかい」と「かたい」

どうして子どもは文字の並びを入れ替えて喋るのだろう?

サクラは、いわゆる「高い高い」を「カタイ、カタイ」と言う。これだけなら「たかい」というのが発音しにくいのかもしれないし、他の子でもありがちなミスにも思える。

しかし!!

先日は何か固いものを食べながら、
「たかい……、パパ、こぇ、たかいよ!」
と言っていたのだ!!

なんだ、「たかい」って言えるんじゃん(笑)

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治療のこころ

精神医療従事者向けの本だが、『こころの治療』ではなく、『治療のこころ』というところが神田橋先生らしくて良い。

この本、Amazonでは扱っていない。というか中古しかなく、いずれも定価の2倍から3倍する。俺は7ネットで購入した。

神田橋先生が定期的にやっていらっしゃった症例検討会で、発表者が仕事の都合で遅れることが多かった。そこで、時間どおりに来て待っている人たちのために何か役立つ話を贈りたいということで、つれづれに語られたものを集めたもの。

精神科の本の多くは、正解集ではなくヒント集。そういう気持ちで読むことが大事。

2014年9月26日

あつまれー! がすごい

ある日、サクラがご飯やおかずが少しだけ残った食器を俺に差し出し、
「あつまれー」
と言うのでキョトンとしていたら、妻が、
「食べ残しを集めてってことよ」
と教えてくれた。どうやらユウの生まれる直前に少し通った保育園で学んだようだが、この「あつまれー!」に妙に感心してしまった。

食べ残されたご飯やおかずに向かって、
「あつまれー!」
と言いながら、箸を使って一ヶ所に寄せると、サクラはそれを嬉しそうに食べる。一時期だけ通った保育園では実に楽しそうに過ごしていたサクラ。なるほど、素敵な教育をしてもらったんだなぁと感謝の気持ちでいっぱいになった。

「あつまれー!」はお勧めです。

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くらやみの速さはどれくらい



加速度のない物語。

普通、小説は読み進むごとに、ストーリーと自分の頭が加速していくような感覚になるが、本書ではそれがほとんどない。

21世紀版『アルジャーノンに花束を』と言われているようで、確かにそういう雰囲気はあった。ただ、アルジャーノンが加速して減速する物語であるのに対し、これはひたすら一定の速度で進むのだ。

自閉症が治療可能になった近未来を舞台に、自閉症者最後の世代の35歳男性、ルウの一人称視点で描かれる(一部挿話が入るが)。それが「加速度のなさ」に関係しているのだと思う。だったら、つまらないのかというと、その反対で面白いのが不思議だ。Amazonレビューの高さからも、本書の良さが分かる。

ルウはそれなりの困難を抱えつつも、得意なパターン認識を活かして製薬会社に勤務し、フェンシングの趣味をもち、フェンシング仲間の女性に恋心を抱いて生きていた。そんなある日、彼は上司から、自閉症の新しい治療法の実験台になることを迫られる。

分量は多いし、加速しないからじれったいのだが、なぜか魅力的な小説。

兵庫の誘拐事件についての違和感

兵庫の誘拐事件について、平成26年9月25日朝の時点で、テレビからの情報のみをもとにして考えると、全体的にかなり強い違和感がある。

犯人は、目撃されないように誘拐し、遺体をバラバラにし、見つからないように遺棄し、しばらくは捜査をかいくぐった。
これはそれなりにレベルの高い行動だ。
それくらいのことができる犯人が、診察券をのこすどころかタバコの吸い殻まで入れるか?

生活ゴミも入っていたという情報も気になる。もし、バラバラにした遺体を入れたすべての袋に生活ゴミがあったのなら、やはり奇妙だ。生活風景を想像すれば分かるが、満杯でないのに何個にも分けて袋にゴミを入れるか? これは情報不足でまだ分からないが。

容疑者は「黙秘します」と言っているそうだが、これがまた違和感。
知的障害の程度にもよるが、警察の取調室で「黙秘します」と言えるレベルの知的障害者が、遺体を入れた袋に診察券や吸い殻を遺すだろうか? 逆に、遺体を入れた袋に診察券や吸い殻を遺すようなレベルの知的障害者が取調室で「黙秘します」なんて言えるだろうか?

だいたい、遺体をバラバラにして入れた袋に診察券とタバコの吸い殻を遺して、「見つけてください」と言わんばかりの行動をとった知的障害者が、この期に及んで「黙秘します」というなど、全体的にまとまりがないではないか。
まとまりのない行動というのは、案外やるのが難しい。パーティゲームに、相手の会話と合わせないというのがある。
「今日は雨だったね」
「これユニクロで買ったんだ」
「昼ごはん美味しかったよ」
「眠いわ」
「寝不足?」
「うん」
はいダメー、みたいな。これはどっちが敗けだか分からないが、とにかく、
「人はまとまりのないことをするのが下手」
である。会話にしろ、行動にしろ。

だから、ここまで全体的にまとまりのない犯行を見ると、どうしても「作為的なもの」を勘ぐってしまう。つまり、誰かが知的障害者をスケープゴートにしているんじゃないかってこと。
罪をかぶせやすそうな知的障害者は、探せば簡単に見つかる。
診察券もタバコも、その気になれば容易に手に入る。容疑者の自宅にもし血痕反応があったとしても、他人から「部屋を貸して」と言われて不用意に貸してしまう知的・精神障害者はいる。

「お前、ちゃんと言うこときかないと刑務所に入れられるぞ」
「オレ、刑務所だけはイヤだ!」
という会話が、実際に刑務所の中であっている。懲役になった人の中には、自分の境遇を把握していない知的障害者もいるのだ。また、
「殺したの?」
「うん」
「怖くなかった?」
「うん」
「でも近所で殺人があったから怖かったでしょ?」
「うん」
「犯人が早く捕まると良いね」
「うん」
みたいな会話も現実にある。
こうしたことを考えあわせて、なんだか変な流れだなと感じてしまう。

<関連>
福祉の網目は疎にして漏らす大雑把、こぼれた人たち 『累犯障害者』

2014年9月24日

仕事は楽しいかね?

仕事は楽しいかね?
期待していた以上に面白かった。
新しいアイデアというのは、新しい場所に置かれた古いアイデアなんだ。とにかく、あちこちを歩きまわってアイデアを拾っておくことだ。
常日頃から精神科診療に関して「ヒント探し」を心がけている。どんな本を読むときも、たとえそれが小説であれマンガであれ、あるいは雑誌であっても、そこにもしかしたら「あ、これは使える」というヒントがあるかもしれない。そういう目で見てみると、ヒントになりそうなものは結構ころがっているものである。

こんなことがあった。

休職中の若い統合失調症の患者が、仕事に早く戻りたいと焦りを顕わにしていた。家族を含めた周囲の人たちはまだ早いと言って引き止めていたし、主治医から見ても、まだまだ仕事ができるような状態ではなかった。ところがあれこれ説得しても、なかなかうまくいかない。そんな時ふと、ある本のタイトルを思い出した。そしてこう声をかけた。
「みんながやめとけと言う時は、やめといたほうが良いですよ。『みんなの意見は案外正しい』という本があるくらいですから」
患者は驚いたような顔をして、
「そうなんですか、へぇ、それじゃやめときましょうかね」
そう言ってあっさりと復職延期に同意した。

本の中身は、恐らく彼が思ったような内容ではないけれど、どこでどんなものが役に立つか分からないものだとしみじみ感じた。

2歳半児の時間感覚

ある日の夕食時に、サクラから、

「なんじ?」

と聞かれて驚いた。妻によると「けっこう聞かれるよ」とのこと。まだ数も正確に数えられず、まして時計の見かたなど分かるはずもなく、果たして「時間」というものをどこまで分かっているのかどうか。単に親の口癖の真似かもしれない、と思っていたのだが、そのすぐ後に、飲みかけの牛乳を飲み干すよう促すと、

「あしたのむ」

と答えたのでまた驚いた。これは明らかに「明日」というものの意味が分かっていて発言したようである。

子どもの成長は日進月歩ということを、最近つくづく感じる。

2014年9月22日

カラオケとプロの歌、そして精神科医の言葉

土曜日の夜、なんとなく観た番組で、沢田知可子が小柳ゆきのデビュー曲『あなたのキスを数えましょう』を唄っていた。それを聞きながら、妻が「不倫の絵が浮かぶ」と言う。ああ、これがプロなんだなと思った。プロはただ上手いだけでなく、相手の頭に世界を浮かび上がらせる。

この番組で有名になったメイ・Jがあまりパッとしない(ファンの人すいません)のは、
「凄く上手いけれど、言葉が耳で止まっちゃう」
からなのだ。つまり歌声が頭や心にまで届いてこない。

沢田の歌声を聴きながら、自分も精神科医として「プロ」でありたいと思った。
「大丈夫だよ」
「薬は飲んだほうが良いよ」
「治りますよ」
カラオケと同じで、誰でも同じ言葉を同じ調子で言うことはできる。しかし、それらが患者の耳だけでなく頭や心に届いて、信頼や勇気を持ってもらえる、それがプロの言葉。


余談であるが、小柳ゆきの歌う『あなたのキスを数えましょう』も圧巻であった。
17歳と32歳、失恋で感じる心の痛みに変わりはなくても、その恋に賭けたもの、夢見たものは違うはずだ。歌い続ける中で、その違いが歌にあらわれるのがプロであり、楽譜をなぞるようなカラオケ勝負で負けるのは、むしろプロの証と言って良い。単純に楽譜どおりに歌う勝負の場合、プロの最大のライバルは過去の自分である。

32歳になった小柳ゆきを見て、妻が「今のほうがキレイ」と言う。でもきっとそれは違う。小柳ゆきのデビュー当時(1999年)に中学生だった妻が「今の小柳ゆき」を見ると、きっとオバサンだと思ったはずだ。自分自身も15年という歳月を重ねたからこそ、今の小柳ゆきが15年前に持っていなかった「キレイさ」が分かるのだ。

小柳ゆき ベスト・アルバム ETERNITY

ある日の夕暮れに

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家の前の道路から。

2014年9月19日

とても残酷な動物実験の話をしよう 『選択の科学』

とても残酷な動物実験の話をしよう。

数十匹のラットを一匹ずつガラス瓶に入れ、それを水で満たす。瓶の内側は滑らかで登れず、ラットは泳がなければならない。ただ浮かんでいるだけのラットがいたら、上から水を噴射して水面下に沈める。こうしてエサも休息も逃げるチャンスもない中で、ラットが溺れ死ぬまでどれくらいの時間がかかるかを測った。その結果、平均60時間も泳いでから溺れるラットと、15分程度であっさり諦めるラットにハッキリと分かれた。

むごい実験はさらに続く。

次は、ラットをすぐに瓶に投げ入れることはせず、つかまえては逃がすことを繰り返した。また、瓶の中で水噴射を浴びせた後で救出するということも数回にわたって行なった。そして最後は、最初の実験と同じように瓶で水責めにされた。すると、今度はすぐにあきらめるラットは一匹もおらず、全ラットが力尽きるまでの平均が60時間を超えたのだ。

二番目の実験でのラットは、実際には人間から仕組まれていたとはいえ、「自分自身の力で苦境から脱する」ということを繰り返し体験した。この「成功体験」の積み重ねが、ラットに粘り強さを与えたのだ。

この実験は1957年、ジョンズ・ホプキンス大学医学部の精神生物学者カート・リクターによって行なわれた。今ならとうてい許可されないであろう非倫理的な実験であるが、強いインパクトで我々に何かを語りかける。

選択の科学

精神科臨床をやるうえでも、非常に示唆に富んだ、ヒント満載の一冊だった。

月と電線

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2014年9月18日

教育者の職務放棄

精神科通院歴のない高校2年生の男子。

幼少の頃から近所では有名なやんちゃ坊主。
「あそこの子とは遊ばないように」
小さな村の中で、そう言われてしまうほどであった。

地元に一つしかない普通高校に入った彼だが、金髪にする、教師の胸ぐらをつかむ、殴りかかろうとするなど素行の悪さは変わらなかった。それでも、彼は2年生に進級した。この高校では、毎年1年生の1学期に10人くらい退学者が出る。2年生まで粘るということは、
「彼なりに学校が好きなのだろう」
その高校の卒業者であり、自分の子どもも同じ高校に通わせている看護師らはそう言う。

ところが、2年生の2学期に入ったところで、とうとう高校側が彼を見棄てる決断をした。そして、そのやり方がひどい。

ある日、教頭が彼の家にやって来た。そして本人のいる前で、母親に対して、

「なるべく早く精神科に連れて行って欲しい。そして、精神科を受診しない限り、学校に登校してはいけない

そう言い放った。それを聞いた高校生は、その場で泣いたという。


母親は戸惑った。
確かに素行は悪いが、それは今に始まったことではない。それに、精神科に連れていくような異常行動があるわけではない。不登校でもない。付き合う友人の種類は限られるが、決して友だちがいないわけでもない。学校でたくさん問題を起こしているのは知っていたが、いきなり精神科受診を勧められるとは……、いや、それどころか、精神科に行かない限り登校を認めないとは……。


以上の顛末があり、電話で精神科に相談するに至った。

このエピソードだけでも呆れてしまうのだが、高校側に対して、
「そういう経緯で受診させるのなら、受診の理由、つまり学校が異常だと考える言動を把握している教師が同伴するように」
と伝えたが、学校側はそれを拒否し、あくまでも本人と母親だけで受診することを希望した。精神科受診のニーズが本人にも母親にもないのに、その二人で精神科に来てどうしろと言うのだ!? 自分たちは関わりを避けて、精神科で何か診断をつけさせて、それを理由に退学にでも持ち込もうという考えなのか?

もちろん、この高校生にも大いに非はある。教師の胸ぐらをつかんだり殴りかかったりするなど言語道断であるし、それを注意されると、
「それなら自殺してやるよ」
と脅し文句まで口にしているようだ。だがそれはそれとして、高校側のやり方はひどい。そういう問題を精神科に丸投げしてどうする? 問題行動がひどいのなら停学処分にすれば良い。精神科的な問題を抱えているようだと思うなら、両親に受診を勧めてみれば良い。両親が精神科受診を拒否し、高校側がこの子を在学させるのにふさわしくないと判断したなら、退学処分にすれば良かろう。停学にも退学にもしないのが学校の優しさ? いいや、違う。
「精神科を受診しない限り登校させない」
というのは、断じて温情措置なんかではない。

これは、教育者の職務放棄である。こんな見放され方をするのなら、教師がビンタの一つでも張って向き合ってもらったほうが、この子にとっても断然良かろう。

なんてことを書くと、また「体罰推進派の精神科医だ」とズレた勘違い非難をされそうではあるが……。

ホワイトアウト

ホワイトアウト

1996年の吉川英治文学新人賞を受賞した小説。なぜか今さら読んだ。

内容は面白かったが、ダムの構造について知識がないので、何がどうなっているのかいまいち分からない部分もけっこうあった。

2014年9月17日

リスクにあなたは騙される

2001年に起きた米国同時多発テロのあと、アメリカ国民は飛行機の利用を避け、かわりに自動車で移動するようになった。飛行機事故での年間の死亡数は全世界で1000人前後である。これに対し、推計によると、アメリカで、テロ後1年の間に飛行機ではなく自動車移動を選んだことによる交通事故死亡者数は、約1600人にのぼるらしい。

「リスキーに見える」ものを避け、「よりリスキーなもの」を選択してしまった結果、実質的な被害が増加したということである。

まったくの空想だが、今のデング熱騒動で閉鎖された公園でジョギングしていた人たちが路上を走り出した結果、交通事故で重症を負うか亡くなった人がいるかもしれない。こうなると、マスコミが大騒ぎするせいでデング熱が「リスキーに見えるもの」になり、路上を走る「よりリスキーなもの」を選んだということになる。最初に書いたように、まったくの空想ではあるが。

ちなみに、「デング熱が重症化してデング出血熱になる」とマスコミが脅すのでデング熱が怖くなるが、デング出血熱は「デング熱に感染して回復した数週間後に、別の型のデング熱にかかった場合になる可能性がある」。頻度としてはデング熱1万人のうち出血熱になるのが25人。そしてそのうち、死亡率は1%である(世界全体のデング熱患者は年間1億人、そのうちデング出血熱患者が25万人で死亡者が2500人といったところか)。

リスクにあなたは騙される

リスクに関する啓蒙書として非常にレベルの高い本。翻訳が若干こなれていないところもあるが、全体を通してそう読みにくいことはない。

とにかく内容が素晴らしい。上記のテロの話は、本書で紹介されていたエピソード。


仲良し姉妹

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ユウが生まれる時、サクラを寂しがらせないようにしようと決めた。それが効を奏したか、いわゆる「赤ちゃん返り」や「下の子イジメ」はあるにはあったが、そう目立つものではない。

今では仲良し姉妹。

先日おもしろかったのは、ご飯中にユウがわりと激しく泣いて、妻や俺が抱っこしても泣きやまなかった時に、サクラが両手をパンパンと2回叩いた後に腕を広げて、
「ユウ、おいで」
と言ったこと。さすがに重くて抱っこはできないので、俺がサクラの後ろから手をまわして、一緒に抱っこしてみた。するとなんと、ユウの泣き声がピタリと止まるではないか!!

というようなことはなく、サクラの腕の中でもユウはギャンギャン泣いて、数秒もせずにサクラはあきらめた。
「はい」
と腕の中のユウを妻に返し、照れ隠しのようにご飯を頬張っていた(笑)


生後3ヶ月を目前にして、だんだんユウの泣き声も大きくなってきた!!

2014年9月16日

『「妊婦マーク」男性6割知らず=育児支援策、認知度低く』 ちょっと待て!! そのタイトルは悪意に満ちていないか!?

「妊婦マーク」男性6割知らず=育児支援策、認知度低く
内閣府が13日に発表した「母子保健に関する世論調査」によると、妊婦が身に付けて周囲に知らせる「マタニティマーク」を男性の6割近くが知らないことが分かった。ダイヤル「#8000」でつながる小児救急電話相談の存在を知っている人も1割にとどまった。少子化解消への取り組みが急務となる中、育児支援策が十分に浸透していない実態が浮き彫りとなった。
同種の調査は今回が初めて。今年7月、全国の成年男女3000人を対象に面接方式で行われた。有効回収率は62.3%。
公共交通機関などで妊婦への配慮を促すために導入されたマタニティマークについて、言葉だけも含め「知っている」と答えたのは、女性63.8%に対し、男性は41.4%。60歳以上は男女でも半数に満たなかった。
小児救急電話相談を「知っている」と答えた人は10.2%で、子育て世代の30代でも26.1%にとどまった。男女別では男性4.6%、女性は14.9%だった。また、自治体が不妊治療費の一部を助成する制度について「知っている」と答えた人は35.0%だった。
虐待やその被害が疑われる児童を発見した場合、児童相談所など行政機関に知らせる義務があることについて、「知っている」と答えた人は61.7%だった。
(2014/09/13-17:08)
http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2014091300204
記事タイトルのように、「男性6割知らず」と書くと、いかにも男が無知みたいな印象を与えるが、ちゃんと読めば太字部で「女性も4割知らず」ということが分かる。実際には、そこまできちんと読む人はそう多くないだろう。タイトルだけ見て、
「男ってこんなことも知らないの!!」
と憤る人たちは必ずいる、というか、結構な数いるんじゃなかろうか。

この記事タイトルの悪質なところは、『「妊婦マーク」男性6割知らず』に続けて、『育児支援策、認知度低く』としたところ。タイトルだけしか読まない人は、当然この「認知度低く」というのも「男性だけ」だと思うだろう。

本文を少しは読もうとする人でも、前半で下線をつけて示すように、
「マタニティマーク」を男性の6割近くが知らないことが分かった。
こう書いてあるので、「男ってダメだなぁ……」という、この記事に関するファースト・インプレッションができあがる。全体にざっと目を通したとしても、このファースト・インプレッションの影響力は大きい(過去ログ参照:第一印象の大切さがよく分かる心理実験)。こういうのは、マスコミによる世論誘導の常套手段である。

この記事を書いたのは育児経験のある女性で、自分自身が夫に育児を手伝ってもらえなかった恨みを引きずっているんじゃないだろうか。あるいは、育児を頑張っている男性が「ドヤ顔」して書いているのか。

それから、こうした記事を読む時には、
「3000人を対象、有効回収率が約60%」
こういうところもスルーせずに意識したほうが良い。この記事で言えば、だいたい1800人くらいの回答をもとにした結果ということ。単純に男女半々で900人ずつと考えて、その900人が本当に全国の男性や女性の実態を反映しているのかどうか。記事に書いていない情報も気になる。たとえば対象者の年齢構成や地域はどうなっているのだろう。たとえ「全国の3000人」に質問をしたとしても、「有効回収60%」の中には田舎の人が多いといったバラつきがあるかもしれない。

俺もうっかり記事を(時にはタイトルだけを!)鵜呑みにすることがあるが、こういう「調査」と「結果」の発表記事を読む時には細部にも目を配るべきである。

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<数字のトリック関連>
『認知症への抗精神病薬 死亡リスク2倍』 数字のトリックに注意!!

偶然の科学

偶然の科学
うーん、まだるっこしい。訳のせい? 原文のせい? それとも俺の理解力のせい? あるいは、こういう話題はこういう記述の仕方しかできないから? いずれにしろ、まだるっこしい。

そして、原題は、

『Everything Is Obvious』 (全ては明白である)

ちょっと邦題がズレすぎてませんか?

★2つ!!

鳥居

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鉄塔の写真を撮ることがあって、鉄塔に感じるのは「機能美」。いっぽうで、こういう鳥居の形というのは「形式美」というのかな。

2014年9月12日

病院で働いている一般人の素朴な意見や疑問は大切

製薬会社のMRから依頼されて、精神科の外来で月に何回か薬の説明会を開く。製薬会社としては医師に聞いてもらえばそれで良いのだろうが、当院では看護師、作業療法士、そして看護助手にも参加してもらっている。

少し前までは、MRによる説明の後、
「なにか質問はありませんか?」
と聞いても、それで発言する人はごく一部だった。俺が医長になってから、こちらが指名して質問させるようにしたところ、これが自分にとっても思わぬ収穫になった。

看護師の意見もなかなかに的を射たものが多いが、それ以上に医療の素人である看護助手と、薬学の知識のない新人作業療法士の質問が素朴で一般人的で鋭いのだ。例えば、

「どうして劇薬指定なんですか?」(※)

この問いにMRは答えることができず、俺も慌ててウィキペディアを開いた。また時には、

「こんな派手な色の薬にした理由はなんですか?」

という質問も出る。

患者向けとして製薬会社が作成したパンフレットについて、

「一般人からしたら、文字が多くて読む気になれない」

という厳しい指摘も入る。

一般人的な意見や質問は、患者や家族からも聞ける。ただし、診察室や病棟という枠の中では、医療者に対する遠慮が混じる。そういう気兼ねが必要ない「ともに働く一般人」の意見を、医師は大切にするべきだ。

看護師や看護助手、作業療法士が同席する説明会というのは、他科や他院でもそう多くないはずだ。当院の説明会は、製薬会社やMRにとっても良いフィードバックの場になっているのではないだろうか。


※ 「激薬」とは、医薬品として承認されているものの中で、致死量(半数致死用量・LD50。その量を投与されると半数が死ぬ量のこと)が、経口投与で体重1kgあたり300mg以下、皮下注射で体重1kgあたり200mg以下のものである。「毒薬」とは、致死量が経口投与で体重1kgあたり50mg以下のものである。
少し分かりにくいので具体的な数字にすると、体重50kgの100人が15g飲むと50人死ぬのが劇薬、2.5g飲むと50人死ぬのが毒薬。

サクラとデート

ある日曜日、妻の息抜きもかねて、サクラと二人で近所のショッピングセンターでデートした。

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コインゲームでは、コインを入れては払い戻しを押して下から取り出すことを繰り返していた、なんとも安上がりなサクラ(笑) 今はゲームそのものより、「お金を入れる」という行為が楽しいみたい。

2時間弱いて、二人でお菓子やおにぎり、ソフトクリームを食べた。

帰宅して、しばらくすると、サクラが、

「なかよしだったね」

と言うので、「誰が?」と尋ねると、

「サクラとパパが」

と答えるではないか。ウォーーーーッと妙に感動したのであった(笑)

2014年9月11日

変な処方の話‏

同僚医師Y先生が受けた新患は、現在うつ状態ではあるが、過去には躁病エピソードのようなものがあったようだ。そして、ここに来る直前に都市部のメンタルクリニックを一度だけ受診していた。その処方内容が、あまりにも変だった。

エビリファイ 3mg
デパケン細粒 60mg
タスモリン 1錠

患者のお薬手帳を見たY先生、これは何かの間違いだろうと思い、薬を出した調剤薬局に電話までしたが、決して間違いではなかったようだ。
「このクリニックの先生は、こういう処方をされるんです」
という回答だったらしい。

Y先生と二人してポカーンとなってしまった。
「こういう診療をしているメンタルクリニックがあるんだから、ネットで精神医療が叩かれるのも仕方がないね……」
二人して苦笑。


似たような処方を受けている人が不安になるといけないので、上記処方が絶対的な間違いというわけではないことは念のため先に書いておく。そのうえで、以下、もうちょっと詳しく書く。

一般の人には分からないかもしれないが、この場合、処方の意図、つまり主剤がどれで、今後どうしようとしていたのか、といったことが見えてこない。

タスモリンというのはエビリファイのような抗精神病薬の副作用止めだが、近年は初回から処方することはせず、患者から副作用の訴えがあった時に処方を検討するのがスタンダードである。

また、デパケンは通常は初回400mgから600mgでスタートする。今回はその10分の1、60mgである。だから、デパケン60mgというのを精神科医が見ると「誤字?」と思う。Y先生が薬局に電話してまで確認したのは、そういうわけである。

上記処方が、ある程度の期間にわたって治療を受けている人のものであれば、理解はできるというか、むしろ主治医の減薬に対する努力や苦労が垣間見られるような処方である。症状を観察しながら、薬をじわじわと減らして、今この段階なのかなぁ、と。しかし、この処方は、あくまでも初診時のものである。

初診でこういう処方をするのは、内科や外科から精神科に転向した付け焼刃的な精神科医ではないだろう。むしろ独自の理論を武装した根っからの精神科医による処方だと思う。しばし呆然となってしまったが、もしかするとベテラン先生の中には「うん、この処方ありだな」と思う人がいらっしゃるのかもしれない。もしそのような先生がいらっしゃれば、ぜひご教示をお願いします。

大阪駅前

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大阪駅前。道路横断中、光の面白さに思わず立ち止まって撮影。

清須会議

清須会議
古畑任三郎の脚本家として有名な三谷幸喜の小説。さすが脚本家、登場人物の数が多すぎず、読みながら「これ誰だっけ?」ということもなかった。笑いながら読めて面白かった。

三谷幸喜の本の初体験は1997年出版の、
オンリー・ミー 私だけを

21歳の時に読んだが、これは爆笑必死。電車など公共の場で読んではいけない。

2014年9月10日

消えた女郎グモ

庭にある水道蛇口のところに、数ヶ月前から女郎グモが巣を張っている。家の中で大きなクモを見るとギョッとするが、こうやって外で見る女郎グモは優雅でけっこう好きである。時どきデジカメにアップで撮るのだが、そうと知らずに娘の写真を見ようとした妻が悲鳴をあげることになる。妻は大のクモ嫌いなのだ。

数ヶ月前は小さかった女郎グモが、日を追うごとにだんだんと大きくなるのを見ながら、こんなところにも獲物がいるのだなぁと妙な感心をしていた。かなり成長してプリプリした胴体には、禍々しい黄色と黒の縞模様、そしてそこから伸びるおぞましい八本の足。それらは確かに不気味ではあるが、不快にはならないから不思議だ。

ところで余談だが、女郎グモを何匹も観察すると、足が1本、多い時は2本くらい喪われているものが多いことに気づく。そんな姿を見ると、女郎グモは捕食者として巣を張り獲物を待つだけではなく、彼らもまた自然の中で被食者として生き延びているのだということをしみじみ感じる。

さて、先日の朝、いつものように水道の女郎グモを眺めに行くと、なんとまったく別の種類のクモが居座っているではないか。女郎グモの姿はどこにもなく、かわりに貧相に痩せたクモが巣の中央に鎮座しているのである。どう見ても女郎グモのほうが大きくて強そうなのに、まさかこんなのに追い出されてしまったのだろうか?

なんだか妙な寂しさを感じてしまったが、クモ嫌いの妻にはこんなエピソードは聞かせられず、こうしてブログでひっそりと語るのであった。

双極II型障害という病

双極II型障害という病 
双極Ⅱ型障害とは、いわゆる躁うつ病の亜型で、うつ状態と、躁状態にまでは至らない「軽躁状態」を繰り返す。

何かの勉強会で、双極Ⅱ型障害の病像が取り上げられ、「人格障害の人にも当てはまる部分があるだろうし、オーバートリアージが増えそうだ」といった危惧が挙がっていた。オーバートリアージとは、「重症判断の基準を甘くする」、つまり実際より重症であると予想して対応・治療することを言う。この懸念に対して、「オーバートリアージされるほうが、見逃されたり、誤って人格障害というレッテルを貼られたりするよりは良い」という意見があり、全体としてはそれに賛同する雰囲気であった。本題から少し逸れるが、このやり取りで、「人格障害」という言葉や考えの持つ負のエネルギーを感じてしまった。

双極Ⅱ型障害をより多く拾いあげるべきか、そうでないか。どちらの立場をとるにせよ、この本は非常に参考になると思う。通読できる精神科の本。

2014年9月9日

「治りますよ」と安請け合いする言葉の持つ力

精神科では、たぶん他の科に比べてプラセボ(薬の成分が入っていない)を処方することが多い。うまく使えば、ビタミン剤で不眠が治り、乳糖で不安が改善する。そして、医師の言葉にもプラセボのようなものがある。

初診時、あるいは主治医交代時の声かけは大事だ。

俺は神経症圏の患者には、たいてい、
「治ります、治ります! 同じ症状の人これまでいっぱい診たけど、みんな治りましたよ!」
と安請け合いする。本当に自信があるかといえば、どうなんだろう。少なくとも、原因不明の不定愁訴は嫌いではない。というか、不定愁訴が嫌なら精神科医はやれない。(過去ログ:不定愁訴、ドンと来い

神経症圏の人に対して、精神科医なりたての頃はかなり防衛的に「全力を尽くします」「うまくいくという保証はできませんが、やってみましょう」みたいな言い方をしていた。ある程度の場数を踏んだ後は、最初から「治るよ!」と声をかけるようになった。そして、振り返ってみると、そうやって安請け合いした人は徐々に笑顔が増えていき、防衛的な声かけをした人は改善に乏しい。患者にとって、医師との初対面で受ける安心感の影響力は大きいのだろう。

ちなみに、病院でよく使われる「ムンテラ」というのは、本当はこういうことを言うのである。ムンテラとは、ドイツ語のMund「口」とTherapie「治療」を組み合わせたものであり、「言葉による治療」ということである。これは精神科に限らず、あらゆる科で意識しておくべきことだ。

余談ではあるが、俺は患者に対して「神経症」という診断を滅多につけない。これは以前に笠原嘉先生の講演会で、
「精神科医がうつ病患者について『神経症化した』なんてことを言うでしょう。私はあれ、精神科医が患者を治療できない言い訳みたいなものだと思っているんです」
というのを聞いて以来である。

場末の精神科医としては、診断の正確さより、患者の満足感があれば良いのだ。

ユウの風呂あがり

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最近はよく笑うし、発声も増えてきた。こちらのあやしに対する反応も出てきて、家の中の楽しみが一つ増えた。サクラはユウが大好きみたいで、よく抱きしめている。また、ユウもサクラのことが好きみたいで、サクラの顔を見ると笑っている。今のところ、仲良し姉妹。

2014年9月8日

スタート・ダッシュの効用

スタンプカードにまつわる心理実験。

ある洗車場がスタンプカードを導入した。
客を2つのグループに分け、片方では「8個のスタンプがたまると洗車が1回無料」にした。もう片方のグループでは、「10個のスタンプがたまると洗車が1回無料。ただし、そのカードは最初からサービスで2回分スタンプが押されている」のだ。
どちらのグループも「8回洗車で1回無料」ということに変わりはないが、後者の方には「最初から2個のスタンプが押されている」というスタートダッシュがある。

実験の結果、顧客の行動はぜんぜん違っていた。

数ヶ月後、無料洗車までこぎつけたのは、前者が19%であったのに対し、後者のスタートダッシュ組では34%がスタンプをためきった。しかもためきるまでの時間も短かった。

自分で何かを始めようとする時、あるいは誰かに何かを始めさせようと思う時、この「スタートダッシュ」の考え方は非常に有効だ。

「自分(あるいはあなた)は、現時点がゼロではなく、小さな一歩を踏み出している」

ということを感じさせるのだ。


病院の診察室での応用を考えてみよう。
肥満、高血圧、高血糖、高脂血症といったものを改善するために生活習慣を変えさせたい場合、
「この数値は食事制限の必要がある」
と指導するより、今の食生活や運動習慣をもう少し細かく聞きだしてみて、些細な行動を大きく取り上げ評価する。
「1日5分でも散歩し始めているんですね。それはもうダイエットが始まっているのと同じだ」
「ジュースをカロリーオフにしているんですね。それはもう以下略」
「塩分控えるための調理本を買ってみたんですか? 以下略」
といった具合に、診察室で「あなたはすでに改善のための一歩を踏み出していますよ」という、「スタートダッシュ」つきの生活指導をプレゼントするのだ。

スイッチ!  「変われない」を変える方法

面白い本なので、ぜひご一読を。

ごっこ遊びの成長

特別な事情がない限り、子どもたちの毎日の風呂は俺の役目である。

最近のサクラのごっこ遊びはなかなかの成長ぶりで、先日は洗面器にオモチャを入れて湯船に浮かべ、

「パパみて! おふね!! ばいばーい、いってらっしゃーい」

さらには、アヒルのオモチャを手に持って、

「あー、のりたいなぁ」

なんて言いながら、洗面器の船を見送らせていた。

すごいなぁ。

2014年9月5日

お姉ちゃんの心遣い

朝、起きてきたサクラのために冷たいタンポポ茶を用意していたら、氷を入れるガチャガチャとした音を聞いたサクラが、

「パパ、しずかにね、ママねんねしてぅ。パパ、しずかにね、ゆうちゃん、ねんねしてぅ」

なんて言うではないか! 感心すると同時に思わず吹き出してしまった。そんな俺をサクラは不思議そうに見ていた。

お姉ちゃんになってからの成長ぶりは本当に凄い。

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後ろ姿にも、なんだか大人の雰囲気が漂い出した!?

母や親せきから、
「パーマかけてるの?」
と聞かれるが、ちょうどいい感じのゆるふわ天パーである。

Z~ゼット~

Z~ゼット~(1) 
Z~ゼット~(2)
相原コージのゾンビマンガ。これは日本中のゾンビファンにお勧め!! 続刊が楽しみ!!

どうでも良いが、第1巻のKindle版、安い!!

草っぱら

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2014年9月4日

ありがとうの話

「パパ、ふりかけ、ちょらい!」
サクラがねだるので、ご飯にふりかけをかけてあげた。何も言わずにそのまま食べようとするサクラ。

我が家では、夫婦間でもサクラに対しても、小さなことでも「ありがとう」と言うようにしている。サクラの一生懸命なお手伝いはあまり役に立たないことが多いが、それでも「ありがとう! 助かったよ!」と声をかける。サクラにも「ありがとう」の習慣を身につけて欲しいので、ちょっと注意してみた。

「パパもママも、サクラにはどんな小さいことでもありがとうって言うよね? ありがとうは大切な言葉なんだよ」

するとサクラ、離れて次女ユウに授乳していた妻に向かって、

「ママ、あぃがとう」

そして、隣に座っている俺の顔を見て、

「パパ、あぃがとう」

なんて言うではないか!!

ふりかけをかけてあげた俺に対して「ありがとう」と言うだけだろうと想定していたので、まさかこういう形で「ママ、ありがとう」「パパ、ありがとう」なんて返ってきたことに感動。



そんなサクラはアナ雪大好き。最近、買ったグッズ3つ。

パパの色鉛筆―精神科医ヤマトのつぶやき

パパの色鉛筆―精神科医ヤマトのつぶやき
児童精神科医である山登敬之先生のエッセイ。この先生の本は初めて読むけれど、なかなかに読みやすくて面白かった。Amazonレビューがないのは、あまり知られていないからなのか? どうやら、『社会的ひきこもり―終わらない思春期』(レビュー)の著者・斉藤環先生の先輩にあたるようだ。

自分に児童精神科ができるとは思えないが、へき地の精神科医はそうも言っていられない。ただ少なくとも、
「精神科にかかったことが、その子のトラウマにならないように」
ということには気をつけている。

医学部生の初めての授業

「医師になって人を助けたい」
そんな志しに燃える医学部一年生がひしめくにぎやかな教室。そこへ白衣を着た初老の男性が入ってくると、教室の中がすっと水を打ったように静まった。一年生はまだ教授陣全員の顔を覚えてはいないが、彼はきっと教授に違いない。教壇の上に立った教授が口を開いた。

「さて、いきなりですが」

全員の視線が教授に集まる。教授はビーカーを取り出して目の高さまで持ち上げた。中には薄黄色い液体が入っていた。
「これは、糖尿病の患者の尿です」
と言うが早いか、教授は指をビーカーに入れて、そして指をペロッと舐めた。教授の予想外の行動にどよめく教室。教授は澄ました顔で、
「うん、ほのかに甘い。医師は、患者のためなら尿を舐めてでも診察するくらいの気概がないといけない。少なくとも、僕らの世代ではそうだった」
そう言って、教室の中を見渡した。
「さて、この中にそこまでのことができる学生は、どれくらいいるだろうか」

ざわつく学生たち。無理だって、と男子学生がニヤつけば、女子学生が私も無理と顔をしかめる。そんな会話がひそひそとかわされる中で、それでも数人の奇特ながらも熱い学生らがポツリポツリと教壇の前に進み出ていった。
「今年の学生は、いつもより少ないなぁ」
教授の見え透いた挑発に乗って、さらに数人が志願した。教授は満足げに頷いて、改めてビーカーに自分の指を入れて舐めてみせた。それから学生らにビーカーを差し出した。おそるおそる尿に指をつけ、それから舐める勇敢な学生たち。皆、自信なさそうな顔で首を傾げている。そして、それを遠巻きに眺める臆病な学生たち。もはやニヤつく余裕もない。

「どうだ、甘いか?」
教授に尋ねられて、ある学生は頷き、また別の学生は首を傾げたままだった。
「正直に感想を言ってみなさい」
しばらく沈黙が漂ったが、ある学生が思い切って口を開いた。
「なんというか、お茶の味が……」
教授の顔がほころぶ。
「うん、そう、これはお茶なんだよ」
どっと沸く教室。教授は続ける。
「君たちは勇気があったね」

勇敢な学生たちは少し誇らしい顔でそれぞれの席に戻った。臆病な学生たちは、それを嫉妬交じりに見つめた。そんな学生たちを見渡して、教授は言った。
「さて、今回のことで分かって欲しかったことはなんだと思う?」
勇敢な学生のうちの一人が手をあげた。
「勇気がないと、真実は見えない、ということだと思います」
教授は微笑んで、そしてキッパリと言った。
「皆さんの中で真実を見ていた人は、実は一人もいません」

またしてもざわつく教室。ちょっと意外そうな顔をする勇敢な学生たち。なぜか安堵したような表情の臆病な学生たち。そんな学生たちを見ながら教授は続けた。
「わたしは、このビーカーにこうして」
彼は人差し指をビーカーに入れた。
「それから、こうやって」
そう言って、彼はゆっくりと中指を舐めた。
「皆さん、医学の徒として、先入観に惑わされない観察力を身につけてください」
笑顔の教授。教室は、割れんばかりの熱い拍手に包まれた。


後日、一年生の一人がこの感動を先輩に話したところ、
「あぁ、またか」
そう言って先輩は苦笑した。
「あの人、教授じゃないよ。それどころか、医者ですらない」
戸惑う一年生を見ながら先輩は続けた。
「あの人は、精神科に長く入院している患者さんだよ。毎年、そうやって一年生をからかいに来るんだ。気づかなかったかい?」
そんなこと気づくはずがない、と一年生は思ったが、先輩は続けた。
「ほら、リストバンドしてたでしょ。患者名と病棟とバーコードの入っているやつ」

先入観に惑わされない観察力を身につけてください。
男性の笑顔が思い出された。

2014年9月3日

崖っぷちだったのかもしれない

昨年度は精神科医は1人きりだったが、今年度から2人になった。

ふと気づいたのだが、昨年度に比べて中途覚醒が圧倒的に少なくなった。具体的に言うと、以前は90分おきに目が覚めていたのが、今はせいぜい夜中に1回起きるくらいだ。

90分おきに目が覚めるとは言っても、不眠感はまったくなく、むしろ爽快な目覚めであった。時には3時に起きて読書を始めたこともある。

今になって振り返ってみると、あれは一種の躁的な過活動状態にあったのだろう。

人が困難に直面した時の反応として、うつ状態になるのは想像しやすいが、時に心的な防衛として躁状態になる人がいる。たとえば「葬式躁病」という言葉がある。近しい人の葬儀なのに妙に明るく振舞う遺族は決して珍しくない。あれは楽しいわけでもないし、哀しくないわけでもない。苦しみに対抗するための、心の必死な働きなのだ。

俺の過活動も、プレッシャーや過負荷に打ち勝つための、ある種の心的防衛だったのだろう。

そんな話を妻にすると、

「寝言が減ったよ」

と言われた。昨年度は、病棟からかかってきた電話に出るような寝言や仕事に関する寝言が多かったらしい。

あと一年間、独りきりだったら、危なかったのかもしれない……。自分では大丈夫だと思っていただけに、ちょっとゾッとした。

<関連>
腰を抜かす子、逃げ出す子

トトロにあったな、このシーン(笑)

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2014年9月2日

スイッチ! 「変われない」を変える方法

1990年、ベトナム政府は子どもたちの栄養不足と戦うため、セーブ・ザ・チルドレンという国際組織に事務所の開設を依頼した。ベトナムにやってきたジェリー・スターニンに対し、ベトナムの外務大臣は、
「半年以内に成果を出して欲しい」
と告げた。ただし、スタッフは最低限、予算もわずかである。

スターニンは事前に栄養不足の問題について多くの文献に目を通していた。衛生状態が悪く、貧困が蔓延し、清浄水は普及しておらず、地方の人々は栄養に無知。こうしたすべての知識を、スターニンは「True, but Useless」(真実だが役に立たない)ものだと考えた。期限は半年、予算もわずかしかないのだから、貧困の撲滅や水の浄化、公衆衛生システムの構築など不可能なのは明らかだ。

スターニンにはもっと良い考えがあった

彼は地方の村々を訪れ、現地の母親のグループと会った。そして、手分けして村中の子どもたちの体重を測ってもらい、その結果をみんなで検討した。スターニンは、
「家庭が非常に貧乏なのに、普通の子どもより体格が良くて健康な子どもはいましたか?」
と尋ねた。女性たちはデータを見て、頷いた。
「います」

本書の著者はこのような「お手本となる成功例」をブライト・スポット(輝く点)と呼んでいる。

さて、スターニンと母親グループは、ブライト・スポットであるその家庭の食生活を調査した。貧乏なのに健康な子どもがいるということは、貧困での栄養不足は必然ではなく、実用的ですばやい解決方法が可能だという希望をもたらす。厄介な根本原因を解決することに集中するのではなく、ごくわずかに存在する成功例、ブライト・スポットを見つけ出すことから解決方法を探ったのだ。

結論としては、一般の家庭が子どもたちに1日2食を与えていたのに対し、健康な子どもたちは1日4食をとっていた。食事の一日総量は同じだったが、子どもたちの弱った胃では少量ずつのほうがより消化できたのだ。また、健康な子どもの母親は、田んぼで獲れる小さなエビやカニを子どもの米に混ぜていた。一般的にこれらは大人の食べ物だと考えられていた。さらに、低級な食べ物と思われていたサツマイモの葉も混ぜていた。どんなに異様で低級に見えても、こうした工夫でたんぱく質やビタミンが子どもの食事に加わっていたのだった。

スイッチ! 〔新版〕― 「変われない」を変える方法

本書では、人間の感情を「象」、理性を「象使い」として説明してある。象使いはリーダーで、象を従わせることに成功することも多いが、もし象と争う事態になれば負けるのは象使いである。だから、いかにして「象」と「象使い」のそれぞれの目的地を一致させるかということが大切になる。

ベトナムのエピソードに戻るなら、「どんなに貧乏でもできる健康食」を全国の村々に広めるために、スターニンらは知識(理性すなわち「象使い」である)を普及させるだけでなく、
「あなたの子どもをもっと健康にしませんか」
という、母親の感情(これが「象」である)に訴えかけるキャッチフレーズを用いた。

非常にためになる一冊であり、かなりお勧め。

ユウ、2ヶ月

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一般的に、長男長女の写真は多いが、それより下の子の写真は減るようだ。これを俺は「親が写真に飽きるから」だと思っていたが、あながちそうとばかりも言えないと最近つくづく実感する。

子どもが一人の時には、心も体も時間も余裕たっぷりだったのが、二人になるとそうもいかなくなる。サクラだけの時は、腰を据えて何枚でも写真を撮れたが、ユウの写真を撮るのはサクラと遊ぶ合間になってしまう。それでもたぶん、世間一般の人たちよりはたくさん写真を残しているはずだけれど、やはりサクラの時の写真の枚数とは雲泥の差である。

成長記録にしても同じだ。

ユウは順調に成長している。最近はよく笑顔を見せるようになった。まだ声を出して笑うことはないが、赤ちゃんの笑い顔は見ていて幸せな気持ちになる。最近はサクラがあやすのにも笑顔をつくる。こうやって姉妹の絆ってできていくのかなぁ。

葉加瀬太郎  Etupirka ―Best Acoustic―

葉加瀬太郎  Etupirka ―Best Acoustic―
これは買って大正解なCD。

あまりに良い感じなので、ここでお勧め。

2014年9月1日

音楽嗜好症

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々
音楽幻聴が聴こえる側頭葉てんかんの話題から始まり、絶対音感、音楽サヴァン(サヴァン症候群の中でも音楽に秀でるもの)、共感覚、記憶喪失と音楽、失語症やパーキンソン病や認知症に対する音楽療法、片腕のピアニストの幻肢、音楽家のジストニー(指が動かなくなる)、ウイリアムズ症候群など、扱われる話題は幅広く、そして奥深い。

オリヴァー・サックス先生は神経内科医だが、その中でも立ち位置的に精神科寄りのところがある。実際、先生自身が精神科病院で勤務した期間も長いようだ。だからだろうか、単に専門的に詳細なだけでなく、サックス先生が患者と関わりながら、温かな目を通して患者の症状や生活が描かれていて、その臨床的な姿勢にこちらも背筋が伸びる気持ちになる。

本書を読むには大脳生理学、神経生理学の知識が多少ないとちょっと分かりにくいところがあるかもしれない。逆にそういう知識が少しでもある人(本当に少しでいい)が読むと、これほど面白い本はないのではないかというくらいに引きこまれる。

最相葉月の『絶対音感』も面白かったが、それを圧倒的に上回る、エキサイティングでスリリングな音楽と脳にまつわる一冊。

お勧め。

足の裏コチョコチョが好きなサクラ

ちょっと前から、寝る前にサクラの背中をかいてあげると落ち着いて寝つくようになって、
「可愛いなぁ、俺も背中かいてもらうの好きだもんなぁ、子どもの時にはじぃちゃんに背中かいてもらいながら寝ていたなぁ」
なんて思っていたのだが、昨日は、
「あちも」
と言って足の裏を差し出すではないか。

コチョコチョすると、ウットリした表情をしている。こ……、これはまさに俺の子だ!!

実は俺も足の裏をコチョコチョされるのが好きなのだ。これまでの経験上、10人に1人くらいはそういう人がいるようだ。

参考リンク:足の裏をこちょこちょされると気持ちいいですが、皆さんはどうですか?
子供の頃は寝るときに母親に足の裏をこちょこちょされると気持ちよくてすぐに寝れました。

そうして右足に満足すると、
「こっちも」
と言って左足をあげる。30年以上の足裏コチョコチョ愛好家である俺は、自分の好みのくすぐり方で全力を尽くしてあげた。そうすると5分も経たずに寝ついた(笑)

妻、苦笑。

「将来、二人でコチョコチョしあいなさい(笑)」

それ以降、寝る時には足の裏コチョコチョである。横になると寝つきの早い俺(妻曰く1分くらい。酒を飲んでいなくても)が、一生懸命にコチョコチョするのだが、どうしてもウトウトして止まってしまう。するとサクラから、
「もっかい」
と起こされて……、というのを繰り返す。

そういえば、俺もじぃちゃんに背中をかいてもらいながら寝る時には、ウトウトして手の止まったじぃちゃんを起こしていたなぁ、昼間の農作業でクタクタだったろうに不機嫌な様子なんて1回もなかったなぁ、なんてことを思い出しながら、ピアニストよろしく両手の指を巧みに駆使して娘の足の裏を刺激する俺であった。

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