2015年1月28日

過去を聞くことの効用

認知症の高齢者を診察室に連れてきた家族が、
「何回も同じことを言うんです」
とウンザリしたように訴えることは多い。だが、その繰り返される内容がどんなものなのかを尋ねても、
「いやー、そう聞かれても、パッとは思いつかないけど……」
そう言って苦笑されることが少なくない。家族にしてみれば患者から何度も同じ話を「聞かされている」のかもしれないが、何回聞いても覚えないような聞き方をされて、はたして患者としては「聞いてもらった」という感覚はあるのだろうか。

うつ病、認知症、それからターミナル・ケアにも通じることだが、「話を聞いてもらうこと」は、それだけで大きな慰めになる。そして特に認知症や終末期の患者にとって、「過去を語る」ことには強い癒しの効果がある。

高齢者を病院に連れてきた家族が、患者本人の生活歴を詳しく知らないということは珍しくない。どこの小中学校を卒業したか、高校や大学はどこだったかということにとどまらず、職歴、結婚・離婚・死別時の年齢なども明確でないことが多い。

認知症の人がいる家族としては、何度も同じことを言われて嫌気がさすならば、違うことを話したくなる話題をふってみるのも一つの手である。「老いた人の過去」をこちらから積極的に聞き出すのだ。
「小学校の時にはどんなことをして遊んだの?」
「あそこの高校に行った理由は?」
「なんでお父さん(お母さん)と結婚しようと思ったの?」
「仕事で大変な時にはどうやって乗り切ったの?」
その人の伝記を書くくらいのつもりで聞いてみれば、質問が尽きることはない。また、気に入ったエピソードは何度も繰り返し尋ねて良い。もしかしたら聞くたびに細部が変化するかもしれないが、そこにツッコミを入れるのは野暮である。

「過去を尋ねられ」「過去を語る」ということは、患者にとって癒しになるだけではない。歳老いた父母や祖父母の知られざる過去、悲喜こもごもの思い出を聞くことは、家族にも何かしら良い影響があるはずだ。

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