2015年3月26日

精神科患者の家族による秘密投与の切なさと後ろめたさ

ちょっと前、長女サクラが食欲低下するほど便秘した。そこで寝る前にマグミットという薬を1錠飲ませてみたのだが、「おすくり」大好きなサクラがペッと吐き出した。これは困ったということで、いつも飲んでいるタンポポ茶に溶かして飲ませようとした。しかし3歳ながらに怪しいと思うのか、
「パパものんで」
と普段は言わないようなことを口にする。仕方がないので、そのお茶はそのまま枕もとに置いて寝た。

翌朝、目が覚めたサクラは、枕もとのお茶を美味しそうにゴクリゴクリと飲み、半分ほど飲んだところで俺に向かってニッコリと笑った。よほど喉が渇いていたのか、ふたたびコップに口をつけ一気に飲みほした。そんなサクラの姿を見ながら、俺はひどく切なくて後ろめたい気持ちになった。いくらサクラのためだとはいえ、俺を心から信じきっている我が子に、だますようにして薬を飲ませてしまった。そう考えると涙が出そうになった。

そしてふと、何人か患者の家族の顔が思い浮かんだ。彼らは統合失調症を患った人のご飯やお茶にこっそりと薬を混ぜて飲ませている。これを「秘密投与」(呼び方は地域によって違うかもしれない)という。そうでもしないと患者が薬を飲まないからで、薬を飲まないと幻覚や妄想が出たり、時には家族に攻撃的になって暴れたりする。家族は自分たちの身を守るという目的もあるだろうが、それ以上に、患者のために飲んで欲しいという気持ちが強いだろうと思う。そんな彼らも、俺が感じたのと同じような切なさや後ろめたさを抱えているのだろうか。それともそういう感覚は、とうの昔に擦り切れてしまっているのだろうか。

俺は秘密投与を勧めないし、できればやめたほうが良いと思っている。患者にばれた時に「やはり毒を飲まされていた」「もうこの家のご飯は食べない」と思わせてしまうことがあるからだ。そうはいっても、それぞれの家族にはそれぞれの、やむにやまれぬ事情というものがある。家族というのは、時に切なく哀しいものだ。

サクラの笑顔を見つめながら、秘密投与を続ける家族の辛さに少しだけ触れた気がした。

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