2015年3月31日

それは本当に物盗られ妄想ですか……?

ある日、一人暮らしの高齢女性が、離れた所に住む息子さんに連れられてやって来た。問診票には「妄想を言う」と書いてある。

息子さんによると、最近になって電話で「小屋の中のものを盗まれる」などと言うようになったそうだ。泥棒する奴なんかいないと何度言い聞かせても、本人は頑なに「盗まれた」と繰り返した。それでついに、これは精神科に連れて行った方が良いということになった。

診察室で実際に女性の話を聞いてみると、なんだか妄想っぽさがない。この感覚の説明は難しいが、敢えて言えば「都合の良い決めつけ」がない。例えば、「いつ盗られたことに気づいたのか」という質問にはきちんと答えられるのに、「犯人の目星はあるか」という問いには「さっぱり分からない」と言う。物盗られ妄想の人だと、これが逆になる印象がある。「現場を見たわけじゃないが、盗んだのはアイツだ」と、嫌いな人を犯人扱いするなど自分の感情にとって都合の良い決めつけ方をする。彼女の場合、それが全くなかった。

認知症検査では、軽度の認知機能障害はあるものの、年齢のわりにはしっかりしたほうだった。それでとりあえず診断は保留にし、幻覚妄想を改善するような薬は処方しなかった。ただし最近は夜の睡眠が浅いというのでロゼレムという睡眠薬だけを処方して2週間後に予約をとった。

そうしたら、なんと次の診察の時に息子さんが、
「先生、どうやら本当に盗まれているみたいです」
と言うではないか。近隣の人たちも似たような被害に遭っており、そう高価でもないが、かといってガラクタでもないというようなもの(田舎の物置きにはそういうものがたくさんある)が盗まれていたらしい。

息子さんに信じてもらえたことが良かったのか、薬を飲まなくてもぐっすり眠れるようになったそうでめでたく終診となった。もし初診の時点で物盗られ妄想だと判断して薬を処方していたら、彼女の残りの人生は大きく損なわれていたのではなかろうか。

<関連>
高齢者の物盗られ妄想の診察で気をつけていること

2 件のコメント:

  1. 先生に診察(初診)を受けたこの女性は大変幸運ですね。 このお母さんと息子さんも大変良い信頼関係があるのでしょうね。

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    1. >匿名2015年4月1日 19:59さん
      今回は非常に運が良かったようにも思います。もし地域で同じ被害がなかったら、あるいは息子さんがまったく調べる気がなかったら、やっぱり抗精神病薬を使うことになったのかもしれません。そう考えると、なんだか怖いですね……。

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