2015年5月19日

「こわいもの知らず」とプロは違う。ベテランの精神科医だって、怖いものは怖い 『病んだ家族、散乱した室内』

まだ精神科医として2年目だった時の話である。

30代の男性が突然の幻覚妄想状態になったということで、妻に連れられて受診した。患者をみて、妻から詳しく話を聞いて、実は数年前から発症していた統合失調症であると診断した。その時にはセレネースという注射を打つことで落ち着いた。以後、定期的な外来治療の開始となったのだが……。

この男性、肉体労働をしているのでかなり体格が良いうえに、人相も良くない。中学・高校生の不良がそのまま30代になったような顔つきである。そんな彼は、幻覚妄想は速やかに改善したものの、焦燥感というかイライラというか、そうした症状がなかなかとれなかった。それで妻に対して攻撃的な言葉を投げつけたり、ささいなことをきっかけに「もう離婚じゃ!」と言って役所に走って行ったりということが続いた。困った妻が本人抜きで診察室に相談に来たのだが、その途中で廊下の方から、

「おいこらー! 俺の嫁を出せ!! ここにいることは分かってるんだ!!」

と怒鳴り声が聞こえてきた。結局は診察室に招き入れて、長々と話をすることになった。上述したように、凶悪な顔と凶器的な体つきであるから、正直ちょっとビビっていた。しかし自分は精神科医であり、患者に対して怖いなんて感情を抱くことは恥ずべきことである。そんな風に考えていた。診察が終わって部屋を出ると、すぐ外で指導医のY先生と男性看護師2名が身構えて待機してくれていた。

後日、Y先生との酒席で、この男性の話題になった時に、Y先生があっさりと、

「あの人、怖いよねぇ」

と苦笑されたのを見て、一気に肩の力が抜けた。そうか、怖いって感じても良いんだ。

ちなみに、この男性の治療は上手く行き、ずいぶん親しくなってから、
「顔が怖いって言われませんか?」
と尋ねたら、
「昔からよく言われます」
と笑っていた。逆に彼からは、
「先生は頑固者ですね」
と言われた。まだ攻撃的だった時期の彼から、どんなに薬(安定剤)を増やしてくれと凄まれても、
「飲まないほうが良いと思う薬は出さない」
と言って拒否し続けたからだろう。幻覚妄想が重度だったわりに、入院も要さず、薬もよく効いて、しかも治療関係が今も円滑にいっている貴重なケースである。

援助の対象者である患者を怖いと感じることについて、本書にも記載があった。
「こわいもの知らず」とプロは違う。
合点のいかないシチュエーションにおいてこわいと思うことは、ある意味で世間一般の感覚そのものであり、それを失ってしまっては相手に適切なアドバイスもできまい。(中略)率直な気持ちを押し殺してしまっては、納得のいく援助活動など不可能となってしまうだろう。

2 件のコメント:

  1. ししとう432015年5月19日 23:25

    図書館にありました。
    私には必読書です。
    私の部屋も片付いてませんが、かつて居場所がなくって転がり込んだ女性の家が、絵に描いたような汚部屋でした。
    天井に、物が迫らんばかりの。

    返信削除
    返信
    1. >ししとう43さん
      こういう本が図書館にあるというのが羨ましいです!
      環境の差は大きいですね。

      ちなみに我が家も、ていうか俺も、片付けが苦手です^_^;

      削除