2015年5月27日

初診で嘘をつく人

ある日、診察室にやってきた30代前半の青年はイスに座るなり、こちらが自己紹介をするよりも前にこう切り出した。
「まず3つのお願いがあります」
呆気にとられたが、態勢を立て直して自己紹介をし、改めてその3つのお願いというのが何か聞いてみた。彼の願いとは以下の3つ。

1. 通常の診察を希望する。ただし、ここをかかりつけにはせず、1ヶ月後には都市部に戻る。
2. 今もらっているのと同じ薬を欲しい。
3. 会社に提出する傷病手当ての診断書を病名「うつ病」で書いてもらいたい。

「通常の診察」は言われるまでもなくやるのだが、そこで分かったことは、都市部のクリニックで凄く大量の処方を受けているということだった。紹介状はなかったが、薬の説明書を持参しており、サインバルタ、リフレックス、ジプレキサを最大量、さらにはドグマチール、睡眠薬が数種類、安定剤も数種類が記載されていた。本人によると3ヶ月前から受診開始し、この1ヶ月の間にとんとん拍子に薬が増えたとのこと。

よほどのヤブ医者なのか、それとも何か事情があるのか。いずれにしろ、彼が「通常の診察」を望むのであれば……、はっきりと言うしかない。
「たった1ヶ月でここまでの量に増えるのは普通ではありません。前の先生がどうお考えになって処方されたのか分かりませんが、ここで通常の診察を希望するということであれば、この処方をこのまま出して欲しいという希望には添えません」
すると彼は、しばらく沈黙した後、こう言った。

「すいません、嘘をついていました。実は、20歳の頃からかかっていて、徐々に増えてきたんです」

あまりのことに驚いてしまった。どうして「3ヶ月前に受診開始した」などというプラスにもマイナスにもならないような嘘をついたのか? 理解に苦しむが、それを問い詰めたところであまり有益ではないと考えてスルーした。1ヶ月後にはかかりつけに戻るというので、しぶしぶではあるが現在の薬をそのまま処方した。

さて、休職している彼の現在の生活は、朝から酒を飲んでゲームをしているという。採血をしたところ、なんと中性脂肪は5000(5百の誤字ではなく、5千である!!)を超えていた。酒びたりの生活は、うつ病の療養にはまったく適さないので止めるように伝えるも、やめきれないと言う。そんな状況で「うつ病」と診断した傷病手当ての記載はできない。明らかにアルコール依存症であり、それはハッキリ伝えておかなければいけない。

「前の先生の診察ではどうだったか分かりませんが、朝から酒を飲んでゲームして過ごしているという今の状況で、うつ病の診断書は書きません。本当にうつ病だとするならば、治療のためにもまずは酒をやめること。それができれば診断書の記載も検討しますが、できなければ傷病手当ての診断名には『アルコール依存症』と記載します。そんな診断書で傷病手当てがもらえる会社かどうかは分かりませんが」

1週間後の再診時にも彼は酒をやめていなかったが、診断書の記載は求められた。当科での診断はあくまでもアルコール依存症であり、うつ病の診断書が欲しいのであれば、かかりつけである都市部のクリニックから病歴が分かるような紹介状を郵送してもらうように伝えた。彼は分かりましたと言って帰ったが、それ以後、彼は病院に姿を見せない。

ところで初診の終了後、同僚精神科医やスタッフに彼が嘘をついていたという話を聞かせたところ、
「先生、試されたんじゃないですか? あの人、学歴高いし頭良さそうだから」
という意見が出た。彼は一流国立大学を卒業し、さらに超一流国立大学院を卒業していた。本当にちゃんとした医者かどうかみてやろう、そんな考えがあったのかどうか……。

彼の希望のすべては叶えることができなかったが、彼の人生のためにも、精神科医として決して間違ったことはしなかったと確信している。

2 件のコメント:

  1. 嘘をつかれるのは悲しくなりますよね・・・
    まだ信頼関係のできていない初診の場合は仕方ないかな・・・
    医師患者関係と言っても、場合によっては、患者さんが医師をだましてうまく利用している場合もあるでしょうね・・・

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    1. >匿名2015年5月29日 7:26さん
      いきなり嘘から入る人とは信頼関係は結べませんね。
      まして、なんのメリットがあるのかもわからない、でも精神科の情報としては大切なことを嘘つかれると、以後なにを聴いても信用できません。
      ほんと、なんだったんでしょう、あの人は……。

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