2015年5月15日

文章を書くということ

文章を書くということは、ロック・クライミングのようなものである。

一語を手がかりに、次の一語を手探りしてつかむ。
一文を足がかりに、次の一文へ足を踏み出していく。

そうやって登りきったところから素晴らしい景色が見えるかどうかは分からないが、山を登るプロセスそのものを楽しめる人がいるように、書くことそのものに喜びを感じる人たちがいる。

「“文章を書くのが好き”なんて変なの」
と思う人もいるかもしれないが、例えば絵や音楽などの趣味ならどうだろう。イラストを描いてはアップする「絵師」と呼ばれる人がいたり、YouTubeで「歌ってみた」「弾いてみた」と題して歌ったり演奏したりする人たちがいる。また「お菓子作りが好き」という女性もいるし、料理が好きという男性も多い。他にも写真撮影に力を注いだり、陶芸を生きがいにしたり、園芸が趣味だったり。そういう趣味人たちとほぼ同じ感覚で、「文章を書くのが好き」という人がいるわけだ。

どんな駄文もネットにアップすれば、数人から数十人、場合によっては数百人が目にし、その中の一部の人がちゃんと読んでくれる。そしてさらにその一部の人の心の琴線に触れることがある、かもしれない。

プロではない人たちが生み出した絵や歌や音楽、写真や陶芸や園芸、お菓子や料理といったものを、見たり聴いたり食べたりして感心・感動する人がいるのと同じように、プロ作家ではなく市井に生きる無名の誰かが書いた文章を読んで感銘を受ける人たちがきっといる。もしかすると、自分の書いたものが誰かの心を打つかもしれない。そんな誰かの存在を信じることは、ブロガーの心の支えでもある。

そして、たとえ自分の書く文章を好きな人たちがいなかったとしても、それはそれで良いのだ。最初に述べたように、書くことが好きな人にとって、書くことそのものが刺激的でワクワクする体験である。それに加えて、そんな人たちにとっては、自分で書いた文章を自分で読むという楽しみもあるのだから。それはまるで、自分で描いた絵を自分で眺めて、あるいは自分で作った料理を自分で食べて楽しむようなものだ。その感覚が高じて俺は、患者の入院時記録を看護師が読んで面白いように、内科や外科からの紹介状の返事は紹介元の先生が興味深く読めるように、自分なりの工夫と努力をするようになった。

そういうわけで、今日も俺は書いている。

2 件のコメント:

  1. いちは様

    いつも楽しく、興味深くブログを拝見させていただいております。


    わたしも若い頃から「書く」ことが大好きです。

    言葉にして文字にして、伝えられる伝わるという行為は
    多くの人と人とが共存していく社会の中で、どんなに世の中が変わろうとも
    とてもかけがえのない大切なことだと思います。


    飾らないざっくばらんな見解や語り口は、いちは様のブログの大きな魅力だと思います。

    本音で語ることの難しさや、伝えられることの
    限界、また時には想定外の予期せぬ出来事に悩まされたりすることもおありなのでしょうと御察し致しますが

    どうぞこれからも可能な限り、医師として、またひとりの人として発信を続けて頂けたらと思います。

    返信削除
    返信
    1. >果穂さま
      ありがとうございます。
      書くこと、ということに関しては、そう言えば作文も好きだったし、家族や恋人に手紙を書くのも楽しかったなぁと思い出しました。感謝や恋心って、心の中で抱えきれないほどに持っているような時でも、いざ文章にしてみると、「あれ?」というくらい何も出て来なかったり、逆に社交辞令的なもののはずなのに、どんどん言葉が溢れてきたりして、そういうことも面白いなぁと思います。
      今後も当ブログをよろしくお願いします!

      削除