2015年5月8日

前医で「うつ病」と診断されていても、それを鵜呑みにしてはいけない

うつ病ということで精神科を紹介された高齢男性が、中年の娘さんと一緒に受診した。男性は腰椎の黄色靱帯骨化症のため他の病院で手術を受け、そこで入院中に「うつ病」になったということで薬を処方されていた。確かに彼の表情は非常に暗い。ついでに言えば、娘さんの顔も深刻である。

処方内容と紹介状を見ると、現在はパキシル20mg、ドグマチール150mg、アモキサン(量は忘れた)を内服中であり、また少し前にトレドミンも試みたが、効果がないということでアモキサンに変更したとのこと。この処方内容を見た瞬間に頭の中に「!?」が浮かんだ(多剤かつ中途半端な量なので)が、それを正直に患者や家族に告げると話がこじれる。前医をあからさまに批難しないのはマナーであると同時に、そのほうが今後の治療もスムーズにいくことが多い。

さて、男性が今一番困っているのは、日中にボーっとすることと、体がだるいことである。もともとは凄く元気な男性で、体を動かすのが大好きな彼は、若いころにはテニスも野球もやり、手術前にはゲートボールもグランドゴルフも積極的にやっていた。ところが手術を終えると、非常に頑強なコルセットをつけて、寝返りをうつのも一苦労、呼ばれて振り返るのさえ体ごとという不自由な生活が続いている。

この話を聞いて真っ先に口をついて出た言葉は、
「うわぁ……、そりゃ大変ですね……、それだと気分が落ちこむのも無理ない話ですよ」
というものであった。そしてこれを聞いて、それまで暗い表情をしていた男性がどんな顔をしたかというと、にっこり微笑んだのである。さらに続けて、
「こころの病気というより、これはむしろ正常な反応だと思いますよ」
と言うと、男性はなお安心した表情になった。それを見た付き添いの娘さんは、
「あぁ、良かった……、やっとこういう笑顔が見れた。最近ずっとふさぎこんでいたから……」
と少し声をつまらせながら喜んでいた。

患者の「いまの状態」だけでなく「いままでの流れ」もみる。その流れの中にあれば、誰だって気持ちが沈むだろうと感じた。その自分個人の感想を、精神科医という肩書きのもつ効果とともに患者に伝えた。そうすることが治療的だとは思っていたが、まさか男性の笑顔を取り戻すことになるとまでは想像していなかった。

こうして「いままでの流れ」と「いまの状態」をみたら、次は「いまからの流れ」をみるのが定石である。男性と娘さんによると、このコルセットは一生つけるものではなく、あと数週間後には手術を受けた病院に行き、検査の結果次第では外されるとのことであった。コルセットが外れた段階で患者のうつ状態は改善する可能性が高いのではなかろうか。その結論も含めて、男性と娘さんに「いままでの流れ」「いまの状態」「これからの流れ」(これらをまとめて「みたて」という)についての見解を伝えた。

なお一番困っているという「日中にボーっとする、体がだるい」に関しては、
「気分が落ちこんでいるせいかもしれないし、もしかすると薬のせいかもしれない。どっちかは分からないけれど、どちらにしても薬は減らしていけそうです。ただ、いきなり全部やめるのは良くないので、しばらく通ってもらって、少しずつ減らしていきましょう」
という方針で締めくくった。

診察室に暗い表情で入ってきた患者から笑顔を引き出す、あるいは明るい顔で入ってきた患者から本音の涙を誘い出す。初診時点でこのどちらかに成功すれば、半ば勝負はついたようなものだ。


※もちろん、人生における一大イベントと同時期に、それとはまったく無関係にうつ病が発症したという可能性は常に念頭に置いておくべきである。

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