2015年8月4日

「経過観察」「様子を見る」を何もしないことの言い訳に使ってはいけない

強制入院後に隔離(個室に鍵をかける)した統合失調症患者が薬を拒否し、どんどん状態が悪くなっていった。不安になったスタッフが主治医にこのままで良いのか、何か積極的な治療(手足を縛る抑制など)はしないのかと問うと、主治医は、
「これから悪くなるのは想定内。予定通りです」
と答えていた。これを横で聞いていて違和感があった。しばらくその理由が分からずにモヤモヤしていたが、自分なりに答えらしきものが見えてきた。

恐らく主治医としては、このままかなり悪くなれば抑制も検討する方針なのだろう。しかし、「悪くなるのを待つ」のは「治療」と言えるのだろうか。もしかして、誰からも批難されないような「抑制する言い訳」ができるのを待っているということはないだろうか。だとするならば、その方針は誰のためなのだろうか? 患者自身のためというより主治医のため、つまり、抑制が絶対的に正当化される状況になるのを待つことで主治医が悪者にならないためではないか……、そんな風にも感じられたのだ。ただ、これはあくまでも俺の主観であるし、精神科医の「治療観」の差異もある。

こういう患者に対して、俺ならもっと早い段階で「このまま薬を飲まないなら抑制して点滴で薬を入れる」という提案(脅迫?)をする。結果としての抑制は勇気の要る選択だが、その方が患者は早くに軽快し、保護室からも出られるだろうし、退院も早まる。強制入院や隔離が長引くことは、医師にとってはありふれた日々の診療の一コマに過ぎないが、患者にとっては貴重な人生の浪費である。医療として打つ手がない状況での隔離の長期化は仕方がない面もあるが、打つ手が残っているのに何もしないというのは「患者の人生の浪費」であるし、医師の怠慢あるいは臆病さだと俺は考える。

もちろん、精神科医は結果を出すことにせっかちではいけない。ただそれと同時に、「経過観察」という言葉を何もしないことの言い訳に使ってはいけない。これは俺も都合良く使いがちなので、自戒を込めてそう思う。ましてや「悪くなるのが想定内」で、抑制する言い訳ができるのを待つようではいけない。患者の貴重な人生を守るために。

そこまで言うなら、お前が主治医にかわって抑制して治療を開始すれば良いではないか、という指摘はもっともであるが、やはり治療観の違いはあるし、主治医の経験にもつながらない。患者の利益と、経験不足な医師の成長に必要なこと(失敗体験ともいう)は相反することが多いもので、患者には申し訳ないが今回はギリギリまで見守らせてもらうつもりだ。

と、ここまでを書いた数日後、患者が薬を飲むと言い出した。主治医の方針通り抑制しないほうがより正しかったのか、積極的に治療(抑制)して隔離期間を短くするほうが良かったのか。正解がないだけに、医師それぞれの治療観や人生観、病棟論が大切である。

この話、あと数回にわたって続く。

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