2015年12月25日

当院に、マタニティ・グリーフケアのチームを築きたい

統合失調症を患いながらも2児をもち、さらにもう一人欲しいと(特に姑が)希望して、減薬にトライして妊娠した女性が流産した。この時に発覚したのが、当院のマタニティ・グリーフケアの乏しさである(※1)。

彼女はいつも精神科の前に産科を受診していた。他科を受診している患者の場合、事前に他科カルテのほとんどに目を通すのだが、今回そこに「胎児心拍確認できず」「稽留流産」という文字があった。彼女を診察室に呼び入れる前に、どう声をかけたら良いものかしばらく思い悩んだ。結局、「寄り添うことしかできない」と半ばあきらめ、半ば覚悟して診察を始めた。

部屋に入ってきた彼女は、うつむいてはいたものの挨拶はしっかりできていた。席についたのを確認して、「産科のカルテは見ました」と声をかけた。彼女は下を向いたまま頷いた。俺自身、その後はしばらく言葉が出なかったが、ようやく「精神的につらいですよね」と言葉をかけた瞬間に、彼女は声を殺して、しかし激しく崩れるように泣きだした。何も声をかけることはせず、しばらくはそのまま泣いてもらった。

結局、“赤ちゃんのため”にという想いをこめて、
「いっぱい泣いてあげましょう」
と言うのが精一杯で、それ以上に何か言うのは自分も泣きそうだった。これはかなり感情的、感傷的な自分である。それと同時に、「グリーフケアとしてはこれで良い」という、そんな冷静な判断をしている自分もいた(※2)。

自分自身、いろいろな想いがよぎった。気持ちが安定しないためわりと薬が多めになっていた彼女が、姑の期待に応えるために減薬にトライし、そのせいで時どきイライラ感が出ながらも頑張って……、という姿を見てきたから。どう声をかけて良いか分からないまま、彼女は診察室で泣き続けた。

しばらくして、ようやく自分なりにかける言葉が見つかった。
「いまの状態で、家に帰って家族に報告するのはきついですね」
と尋ねると、ポロポロと涙をこぼしながら頷く。こういうケースでのケアは、産科の、特に助産師で得意な人がいると考えた。そこで流産と診断した産科医に電話して聞いてみたが、その日は「スタッフが少なく、外来が多い」ということであった。

自分の中では、流産・死産した女性へのケアも含めての産科だと思っていたので、この回答には正直ちょっと不満をおぼえた。
「なんだよ、赤ちゃんが死んじゃったら、もう産科には関係ないってことかよ。生きている赤ちゃんがお腹にいる妊婦を待たせないことが優先かよ」
みたいな。そうは言っても、産科の忙しさを考えると、現実的に死産・流産のグリーフケアにまでは対応不可能というのも理解できるし、責められない。

もちろん産科医に対しても他意はない(大学時代からの後輩でもあるし)。それどころか彼の彼女への対応は素晴らしくて、
「統合失調症の薬とは関係なく、全妊婦の15から20%は染色体異常などで自然流産してしまう」
と説明してくれていた。彼女のこころを正確には知りようがないが、自分が統合失調症であり薬を飲んでいることは、亡くなった胎児に対する罪悪感となっていたのではないだろうか。だから、産科医のかけてくれたこの言葉は、彼女のこころをいくばくか慰めたはずである。もしも、「統合失調症の薬が悪さをした可能性は低いけれどもゼロではない」ということをにおわす説明があれば、きっと彼女は自分自身を許せなくなる。

結局、精神科のK看護師にお願いすることにした。ゆっくりできる部屋が見つからず、病棟の面談室を貸し切りにした。俺と看護師とで彼女を部屋に案内して席に座らせると、K看護師は自然と彼女の隣に座った。こういうケアは女性同士のほうが良いと考えて部屋を出た。彼女は堪えに堪えていたのだろう。扉を閉めるとすぐに、悲痛な嗚咽が外にまで漏れ聞こえてきていたたまれなくなった。

彼女が帰宅した後、K看護師には、
「きつい仕事をお願いしてすいません」
と謝った。その看護師は、
「いいえ、大丈夫ですよ。実は私も死産したことがあって、その時には女性の産婦人科医が『いいのよ、ここで泣いても』と言ってくれて、エコー室をしばらく貸し切りにしてくれたんです」
とのことであった。

「私にも経験があるんだけれど」「流産はあなたのせいじゃない」「家族も分かってくれる」
そんな声かけをしたそうだが、それはその看護師の実体験に裏打ちされたからこそ通じた言葉であって、男の俺が言っても空々しいどころか有害ですらあるだろう。では、男性の精神科医として、どういう声かけが正解だったのかというとそれは分からない。ただ、少なくとも「流産はあなたのせいじゃない」「家族も分かってくれる」というのは不正解だろう。お前に何が分かる、と怒られて当然である。分からないものを分かったふりして慰められるほど腹立たしいことはない。

自分に何ができるか。敢えて表現するなら、お地蔵さんみたいな存在になるしかない。無力なお地蔵さんには、目の前で泣いている人を見つめるしかできないし、手を差し伸べるどころか表情すら変えられない。それでもきっと、お地蔵さんに涙を打ち明けることで救われる人がいる。だから、こういうケースの時には、次からもお地蔵さんになろうと思う。

ただ、もっとグリーフケアを充実させられないかと考えて、その翌日に産科の医師と立ち話だけれども話し合いをした。問題点はたった二つ。
1.人の確保
2.部屋の確保
言葉にすればこれだけなのに、壁は高く厚い。

部屋の理想は、ベッドがあること。ベッドがムリなら、かなりくつろげるソファがあること。ケア担当者の理想は言い出せばキリがないが、やはり女性が良いだろう。今回はたまたまK看護師が死産経験者だったが、担当者自身の流産・死産を条件にすることはおかしいし、現実的でもない。とはいえ、そういう経験のある人のほうがグリーフケアに強く興味を持つだろう。それから精神科医としては、「隣でそっともらい泣きしてしまう人」をメンバーにしたい。「隣で」「そっと」「もらい泣き」という3つの条件が大事である(※3)。

チームの全面指揮は、自分の能力的に足りず、キャラ的にも合わないので、まずはチームを立ち上げるところを目標にしたい。具体的には、産科と精神科から看護師を2名ずつと、精神科から心理士を1名。それから、他職種でも有志を募る。精神科医と産科医はリーダーというより、上層部との交渉やチームのバックアップをするための顧問として活動する(産科医はリーダーをやれそうだが)。

また、自分がずっとこの病院に留まるわけではないので、無理なく続けられることが最低条件である。現時点での自分たちの人数や能力、モチベーション、勤務体系をもとに「最大限の理想形」を目指して、場合によっては完成させて、「あとはヨロシク」と立ち去るのでは無責任すぎる。

田舎の総合病院なので、マタニティ・グリーフケアのチームができたとしても、メンバーがケア専従になることはあり得ない。通常業務にプラスして、臨時・緊急の仕事と役割が求められる。恐らく、相応の手当てがつく可能性も低い。だから、モチベーション維持とインセンティブも課題だ。

「命をあずかる医療従事者なのだから、文句言わずにやれ」
という人は最近は減ったと思いたいが、これは例えるなら、
「マラソン選手なのだから、42キロ走った後も、文句言わずにあと20キロ走れ」
と言うようなものである。無理は崩壊につながる。まずはゼロを1にする。そこから1を10や20に上げることは考えず、1を維持する。

モチベーション維持やインセンティブに関しては、上層部との交渉で研修費を出してもらうことができないかと考えている。凄い赤字らしいので快くオーケーはされないと思うが、ここでグリーフケアをやっていることの評判が、都会に流れがちな患者を地域につなぎとめて、結果として利益になるのではないかと期待したいし、そういうふうに説明・説得するだろう。

現在、少しずつ進めているところで、今年度末あたりにここで良い報告ができるよう尽力したい。


※1 マタニティ・グリーフケアとは、残念ながらも流産・死産・人工死産・新生児死という結果になった際にお母さんの精神的なケアをするものである。

※2 これは今ふり返ると、自分自身の気持ちを崩れ落ちさせないようにするための「こころの防衛」といった面があるかもしれない。

※3 時どき本人や家族より先に泣き出したり、時には取り乱したりする医療者がいるらしい。さすがに取り乱す人は見たことがないが、研修医時代には女医が家族より先に泣きだしてしまった場面に出くわしたことがある。

2 件のコメント:

  1. 少し長くなりますが聞いてください。
    私は子どものころから「将来は女の子を産みたい。」と思っていました。
    やがて結婚、夫の不妊で体外受精での妊娠となりました。この時思ったことは
    「おそらく最初で最後の妊娠、だからどうしても希望の性別がほしい。」
    「体外受精までして頑張ったのだから神様は絶対女の子を授けてくれるはず。」
    ところが…生まれてきたのは男児でした。
    もう決めていた女児の名を呼び分娩室で泣き叫びました。
    「さっきまで元気にお腹を蹴っていたのに…
    会えると信じていたのに、死んじゃった!あの子が死んじゃった!」
    妊娠中、性別は怖くて聞けませんでした。
    どうしても男児は受け入れられず授乳もおむつ替えも拒否した私。
    私は女児の死を認めたくなかったんです。
    男児を育てるということは女児が生まれてこなかった=死を認めることになってしまう
    必死で抵抗していました。
    家族も医療関係者も私の気持ちをわかってくれる人はいませんでした。
    「不妊治療の末、やっとの思いで出産、喜びいっぱいなママ」としか思っていない。
    生まれてくるはずの我が子が死んだ気持ちになっているとはだれも気が付いてくれない。
    かわいい女の子が夢の中に何度も出てきました。
    その子は「ママ~」と大きな声で私を探していました。
    私は「日本中の1億人の人が『あなたのお腹にいたのは男の子、
    女の子を妊娠なんてしてはいなかったんだよ。』と言っても
    絶対認めないから!
    母親が我が子を殺せないから!」と言い続けました。
    でも目の前の現実…絶望の中退院し
    毎日泣き続けて最低限の育児をしていました。
    そんな日が続いて息子が1歳半になった頃でしょうか、
    ある電話相談の保健師さんに言われました。
    「お母さんが1年半泣き続けているということは、
    それだけ生まれてくるはずの子を愛していたということなんですよ。
    いいお母さんですね。」
    一瞬、目の前が明るくなりました。
    それから「生んであげられなかったけれど、
    これだけ泣いてあげたのだからもう許してくれるよね。」
    と娘に詫びました。
    それからやっと息子を受け入れられるようになり、普通の親子になりました。
    息子は18歳になり今統合失調症と闘っています。
    2歳まで愛してあげなかったから発症したのか、と悩みました。
    主治医に「それだったら乳児院で育った子は全員統失発症しているはずだよ」
    と否定され安心しましたがやはり罪悪感は消えません。
    今はその分この子のためにできる限りの医療を受けさせ、
    母として二人三脚で病気と闘っています。
    希望しない性別の子が生まれたことで死産と同じ精神状態になる、
    という私の18年前の経験は極めて特殊な例だとは思いますが
    いちは先生に聞いてもらいたくて
    投稿させていただきました。
    ありがとうございました。


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    1. >天使ママさん
      「希望しない性別の子が生まれたことで死産と同じ精神状態になる」というのは、決して多くはないにしろ、稀有なケースでもないのだと思います。実際に似たような話を見聞きすることはあります。
      でもこうして実体験を教えていただくと、こちらも考えを深める契機になります。ありがとうございます。

      統合失調症の発症には何が関与しているのか、あれこれ研究はされていますが、まだこれといった決め手に欠けているみたいです。また原因の発見が、今現在、病気をもった方やそのご家族にどれくらい救いになるのか、あるいは痛みになるのか、それも分かりません。

      俺のような臨床家は、研究結果などをチラチラと横目で眺めながら、目の前の患者さんとご家族をちゃんとみていくしかできませんし、それで少しでも皆さんがホッとできるようなら少しは役に立てたのかなと感じる程度です。

      いろいろと考えるきっかけと勉強になりました。ありがとうございます。

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