2015年10月23日

性描写もちょいちょいある短編集 『雨のなまえ』


窪美澄の短編集。これまで読んだ彼女の小説は「連作」短編集が多かったが、本書はまったくつながりのない、それぞれが独立した短編集。

5編から成り、いずれも素敵な読書時間を与えてくれるのだが、読後感はどうかと言われると……、あまり良くない。ハッピーエンドでない、その先にまだドロドロした何かが待っていそうな、そんな空気感を漂わせて終わってしまうのだ。かといって尻切れトンボというわけでもなく、実に窪美澄らしい幕のおろし方である。

性描写もちょいちょいあるので、年ごろの子どものいる家庭ではリビングでの置きっ放し注意。

2015年10月22日

本当は間違っている心理学の話:50の俗説の正体を暴く


心理学に関して世間に広まっている、神話とも言うべき50個のウソ情報について、科学的に検証された論文を用いて否定していく本。430ページを超える分厚い本だが、13ページが巻末索引、80ページ弱が引用文献や推薦資料と「検討すべきその他の神話」である。

心理学の近縁領域で仕事をしているので、とりたてて目新しいというものはなかったが、心理学に興味がある人なら面白く読めるだろう。一般の人が好きそうな「神話」(つまり真実ではない通俗心理学)を紹介する。

・人は脳の10%しか使っていない。
・サブリミナル効果でものを買わせることができる。
・モーツァルト効果で子どもの知能が向上する。
・夢には象徴的な意味がある。
・うそ発見器は確実に嘘を見破る。
・怒りは抱え込まず発散したほうが良い。
・ロールシャッハ・テストでパーソナリティが分かる。
・筆跡にはパーソナリティが現れる。
・満月の日には精神病院への入院と犯罪が増える。

「えっ、違うの!?」と思う方にこそ読んで欲しい一冊。通俗心理学を心理学だと勘違いして、「大学では心理学を学びたい」などと思っている高校生が、科学的態度を身につける一歩にするために読むのも良いかもしれない。

2015年10月21日

プロの気遣い 「お疲れさまです」‏

施設に入所している患者が受診する場合、その施設のスタッフが同伴する。診察を終えたら患者には「お大事に」と声をかける。それと同時に施設スタッフに対して、なるべく「お疲れさまです」と言うようにしている。

精神科医として仕事をし始めたころに感じたのが、看護師やコメディカル、それから施設スタッフが医師に対してすごく気を遣っているということだった。中には「そこまで恐縮するか!?」というほど腰の低い人もいた。何か言うにも「恐る恐る」といった態度なのだ。これでは医師に言いたいことも言えないだろう。

病棟スタッフとは、普段の仕事中にジョークを飛ばし合ったり、プライベートの飲み会で親睦を深めたりできたが、施設スタッフとはそういう機会がない。そこで考えた結果、「お疲れさまです」という声かけをするようになった。些細ではあるが、少しでも医師に親近感を持ってもらえれば、診療上こちらが得る利益も大きい。

「プロ同士なのだから、そういう気遣いは無用だ」
という医師もいるかもしれないが、むしろプロだからこそ、臨床をやっていくうえで有益そうなことは何でもやってみようという心構えが必要なのではなかろうか。

2015年10月20日

博多を舞台に、ホークスも出てくる 『消し屋A』


主人公は消し屋である。名前も戸籍もコロコロ変えて生きている(本書では名前は幸三)ため、ここではタイトルのように主人公を「A」と呼ぶ。消し屋とは簡単に言えば殺し屋なのだが、Aの場合、ただ殺すだけではない。発覚しないよう殺人の痕跡を「消す」こともあるが、他にも警察の捜査のやる気を「消す」ということもやる。ありふれた事件・事故に見せかけ、警察からありきたりな推測を引き出し、本格的に捜査しようという気概を奪うのだ。まぁ現実にはそう簡単ではなかろうが、設定としては面白い。

Aのキャラに格別魅力があるというわけでもなく、物語も全体的にちょっとえげつない感じなのだが、舞台が福岡であることと、ホークスが出ること、博多弁での会話がメインであることが良かった。そして標的となるホークスのキャッチャー・真壁の人柄と男っぷりが格好良くて惚れました。ウホッ。

2015年10月19日

精神科カルテについて

精神科では、患者の治療経過はカルテでしか分からない。その他の診療科では、問診、身体所見の他に、CTやMRI、採血データといった客観的なものが残るが、精神科では医師やスタッフが書いたカルテだけが頼りとなる。以下は、医師のカルテに関してのみの話である。

カルテ、特に初診時のまとめでは、原則として「映画で遠くから主人公に近づいていく映像」をイメージして書くようにと指導される。どういうことかというと、まず遠目で分かること、例えば猫背であるとか、服装が派手とか汚れているとか、髪の毛がぼさぼさとか、態度がソワソワしているとか、そういったことから書き始める。そして少しずつ近づいて感じる様子、異臭がする、表情が虚ろ、涙ぐんでいるなどを加えていく。最後に話した内容や、そこから受ける印象などを書く。

このように初診時まとめの「流れ」は「映像」をイメージした型があるのに対し、「内容」は「絵画」のようにかなり人それぞれである。絵画に例えて大きく分けると、ディテイルまで描き込んで写真のような絵にするか、鉛筆でササッと描き上げるラフな似顔絵か、といったところ。指導医Y先生はラフな似顔絵の名人で、カルテはサラッと書いてあるが、読めば患者や診察の雰囲気が伝わる。俺は紙カルテの時には書ける量が時間・体力で制限がありラフスケッチのようなカルテを目指したが、電子カルテになってからはなるべく詳細を書き込むようにしている。

今後、もしかすると一般病院の精神科でも、患者の許可を得て音声や画像、さらには映像を駆使するようになるかもしれない(昔の大学病院では研究用に録画されることもあったようだが今はどうか不明)。データをどう管理するかが問題になるし、初診時にいきなり録音・録画や写真撮影があると、患者や家族も戸惑うだろうから、実現しない可能性のほうが高い。ただ、初診以外、例えば病棟などで写真を残しておくことは、医療記録としても病棟全体で共有する思い出としても歴史資料としても、きっと良いものだと思う。

2015年10月16日

幸せを感じやすい人が成功する 『その科学が成功を決める』


人はあらゆる分野で豊かになるから幸せを感じるのだろうか? どうやらそうではないらしい。むしろその逆で、幸せを感じることは結果ではなく原因、つまり幸せを感じられる人が経済的にも、対人交際でも豊かさを得られるようだ。また、幸せを長く感じるためには「物より思い出」「自分より他人」に投資する方が良いそうだ。

本当かなぁ……? そう思う人はぜひ本書を読んでみて欲しい。上記は第一章のほんの一部である。『その科学が成功を決める』という邦題はなんだか胡散臭さを感じさせるが、著者のワイズマン博士はハートフォードシャー大学の心理学教授である(その前はプロのマジシャンという異色の経歴)。また本書の執筆にあたって、著者はなんと240以上の文献(心理学論文や『サイエンス』『ネイチャー』といった科学雑誌)を参考にしており、それらがすべて巻末に記載されている。

精神科医として診療のヒントになる話も満載であり、かつ将来は心理学を勉強したいと考えている高校生にも勧められる。また、自己啓発書としても優れた本であり、ただのエンタテイメントとして読むのにも適している、なんともオールマイティな一冊。

2015年10月15日

人類に共通する喜びや悲しみといった感情に触れる 『世界はフラットにもの悲しくて 特派員ノート 1992-2014』


藤原章生が携帯サイトや雑誌に載せた文章に加筆・修正して一冊にまとめたもの。46編のエッセイで構成され、すごく惹きつけられるものと、そうでもないものに分かれる。

魅力的な写真がふんだんに使われており、舞台はラテンアメリカやアフリカがメイン。自分とは今後も縁がなさそうな国や町ばかりなのだが、人として共通する喜びや悲しみといった感情に触れることができ、タイトルにあるように「フラットなもの悲しさ」がじわりと胸にくる一冊。

2015年10月13日

寝る間を惜しんで読み耽ってしまった 『新ネットワーク思考―世界のしくみを読み解く』


ネットワーク理論についての本、というとなにやら難解なイメージを抱くかもしれないが、語り口は基本的に平易だし、具体例は豊富だし、翻訳も上手いし、読むのが苦にならないどころか寝る間を惜しんで読んでしまった。

同じ著者が書いた『バースト』はちょっと歯ごたえがあって、手放しではお勧めできなかったが、本書は「ネットワーク」「ネット」という単語のついた言葉(インターネット、人材ネット、ネットワークビジネスなど)に少しでも興味のある人なら読んで損はないだろう。

<関連>
肥満は伝染する。 『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力 』

2015年10月9日

肥満は伝染する。 『つながり 社会的ネットワークの驚くべき力 』


肥満は伝染する。

こんなことを書くと反発する人がいるかもしれない。実際、2007年に本書の著者らが研究結果を発表した時には大反響が起こり、反論、批判のメールも多かったらしい。しかし、「肥満が伝染する」のは大規模なデータから様々な交絡因子を排除して得られた結論であり、またこの発表後にもいくつかの研究チームが別々の集団で肥満の伝染を確認している。

確かに日常生活において、太っている人の家族は太っていることが多い。これは食生活や遺伝のせいだろうと思っていたが、太っている人の友人も太っていることが多いのはなぜだろう。太っている者同士が集まる、いわゆる「類は友を呼ぶ」ということで一応の説明はできる。ところが、あるグループのうちの誰かが太ると、その人を除いたグループ内の平均体重が増加するという事実は「類は友を呼ぶ」では説明できない。その逆もあり、誰かが痩せるとグループ全体も細くなる。

「肥満は伝染する」というのはキャッチーではあるが、より正確には「行動(過食やダイエットなど)が伝染する」ということで、これは言われるまでもなく感覚的に理解できる。このことをもっと詳しく、もっと体系的に調べ上げてまとめたのが本書である。

他にも興味深い話題が豊富であり、この本をネットワークに関する入門書として読むのも良いし、人によっては自己啓発本としても活かせるだろう。ある人と他者とのつながりの数と質によって、その人の人的ネットワーク上の立ち位置が変わり、それは人生において大いなるプラスになるが、時にはマイナスにもなりうる。残念なことに、本書はどういうつながりが良質なのかを教えてはくれない。そういう安っぽい本ではない。読むと「つながりを意識する」ようになる。そして、これがきっと著者の狙いである。

ちなみに著者の一人・クリスタキスは内科医で、社会学者でもある。

2015年10月8日

ラミクタールの処方開始時に気をつけていること

ラミクタール(てんかん、躁うつ病の薬)の処方時には、患者や家族に対して副作用で重篤な皮疹が出るかもしれないことを説明する。それと同時に「初めて飲む前に、鏡で全身をチェックしておく」ことを勧めている。というのも、もともとあった皮膚の発赤などを皮疹と勘違いして慌てて中止する人がいるので、事前に自分の体を観察しておいてもらうのだ。それから、皮疹が起きた場合の対応方法も、
「まずすぐに中止する。水ぶくれができたり、口内炎ができたりしたら、なるべく早く救急外来を受診する」
など簡潔に指示しておく。

また、ラミクタールは精神科医にはお馴染みの薬で、重篤な皮疹が出るリスクも把握しているが、その知識がすべての身体科の先生に行きわたっているとも思えないので、処方開始時から安定するまでは、電子カルテの付箋機能(※)を使って、
「〇月△日にラミクタール開始しました。重篤な皮疹で救外を受診された時はスティーブンス・ジョンソン症候群に準じて治療をお願いします」
と記載している。

薬の副作用というのは、患者に「起こるかもしれない」と説明するだけでなく、起こった場合にはどうすれば良いのかまで指導してこそ意味がある。また重篤な副作用のリスクがある薬を処方する場合には、情報を他科とも共有できるよう心がけておくことも必要だろう。

※付箋機能を使えば、患者カルテを開いた時に必ず最初の画面に表示される。

2015年10月7日

患者にもいろいろいるように、看護師だっていろいろな人がいる 『聖路加病院訪問看護科―11人のナースたち』


聖路加病院の訪問看護に密着取材。患者にいろいろなケースがあるのは当然として、看護師にも様々なタイプや経歴があるものだと感じた。

当科でやっている訪問看護は精神科訪問看護であり、身体科とは看護の種類がちょっと異なる。例えば採血をすることはほとんどないし、浣腸くらいはすることがあっても、摘便まではしない。尿道カテーテルの交換もないし、呼吸器のチェックもない。そういう意味では気楽なのだろうか? いや、決してそんなことはない。

ある程度落ち着いた人が対象になるとはいえ、精神病症状の突然の増悪がないとは言い切れず、油断していると痛い目に遭う。だから必ず2名で訪問する(聖路加の訪問看護は1人)。スタッフの身に受けるリスクを考慮に入れているからだ。2人いると突発的な事態でも意外と落ち着いて行動できるものである。

ところで、本書の内容自体も興味深かったのだが、それ以上に著者の文章や視点が面白く、同じ著者の本を何冊か読んでみたくなった。

2015年10月6日

ジェットコースターのような小説 『裏切りのステーキハウス』


木下半太の小説は、ジェットコースターみたいに右に左に揺さぶられた挙げ句、天地が逆さまになる一回転が待ち受けている。今回は会員制のステーキハウスの中だけで話が進むのに、状況が二転三転四転していく。ちょっとバイオレンスが入るので、そういうのが大丈夫な人にはお勧め。

2015年10月5日

地球上に生命が誕生してからのすべての記憶を受け継ぐ存在エマノンを中心に描かれるシリーズもの 『まろうどエマノン』


地球上に生命が誕生してからのすべての記憶を受け継ぐ存在エマノン。人類が誕生してからは常に女性であり、一人だけ女児を生み、その子にすべての記憶を受け継ぐ。名前はなく、「No Name」を逆から読んだのがエマノンである。

エマノン・シリーズでは、そんなエマノンと出会った人たちの視点から語られることが多い。本書では中編が二つ。どちらも面白かったが、特に表題作である「まろうどエマノン」は涙ぐみそうになってしまった。

エマノン・シリーズはお勧め。

2015年10月2日

医師が使い分けるべき「天皇」「宰相」「皇帝」‏としての振る舞い

病棟で患者を受け持つ主治医は、天皇のようにただ象徴として存在しているだけで患者にもスタッフにも安心感を与えられる時と、民主主義体制の宰相のように振る舞うべき時と、専横政治の皇帝のように独善・唯我独尊的に断行すべき時とある。

このあたりのバランスに絶対的な基準というものはなく、医師の個性、各スタッフの個性、スタッフが集まった時の雰囲気(「集団としての個性」と言っても良いかもしれない)、それからそれぞれの患者の個性によって変わるだろう。

臨機応変を求められるのが医療の常ではあるが、医師は場面に応じて「天皇」「宰相」「皇帝」を使い分ける必要がある、という認識だけは持っておいたほうが良い。決断力と勇気が特に強く求められる「皇帝」は、あまりやりたくないけれど……。


※ 天皇については教科書的な「象徴として」という例えであって、俺自身の主義主張を含むものではなく、他意はない。

2015年10月1日

精神科病棟で電子カルテを使いこなす

電子カルテにスタッフが記録した中で素晴らしいものは、そのまま自分のカルテに「A看護師の記載より抜粋」と書いたうえでコピペする。こうすることで、その人の記録が今後の治療方針にとって有用であったということを公式に残す(※1)。些細なことではあるが、スタッフのモチベーション向上にはつながるはずだ(※2)。

電子カルテ化で残念な点は、ベテラン看護師になるほどパソコンが苦手という人が多く、記載量が減るところである。これはもう悔しいけれど、どうしようもない。では、そういうベテラン看護師の仕事ぶりを電子カルテ内に引っ張り出して評価するにはどうしたら良いか。答えは簡単で、
「主治医が話しても聞く耳を持ってくれなかったが、石田看護師が対応したら患者が穏やかになった」
と個人名を出した記載をするだけである。

この方法にはスタッフを評価するという以外にも目的がある。例えば、
「看護師が注意したら患者が激怒した」
だけでなく、そこで「石田看護師が」と名指しして書けば、そのカルテを読む方にも状況の判断がしやすい。「激怒させたのが石田看護師だったら、言い方に問題があったのかもなぁ」とか、逆に「あの患者から特に信頼のあつい石田看護師でさえ激怒されたのだから、状態が悪いのかもしれない」とか、そういうところまで想像が働く。単に「看護師が」だけだとその効果はない。

病棟という舞台に「看護師」というエキストラはいない。特に精神科では、同一患者でも、それぞれの看護師によって患者の反応が異なる。だから、個人をひどく貶めるような内容でない限り、スタッフを名指ししてカルテ記載していく方が良い。このあたりの機微が分からない医師(精神科医にはいないだろうし、いないで欲しい)のカルテでは、看護師が「エキストラ化」してしまうだろう。

当初、精神科において電子カルテの導入には反発する気持ちもあったが、どうせ電子カルテでやるのなら、「紙カルテよりも読みやすい」ということ以上のメリットを見出ださないといけない。今後、電子カルテの記載を単に「自分の診療録」と捉えているだけではチームリーダーとしての医師は務まらないだろう。例えば上記のように、リーダーがメンバーの仕事ぶりをきちんと見て評価していることをさりげなく示すツールとしての活用方法もあるのだ。与えられたものをただ使うだけでは情けない。今も新たな活用法を模索中である。



読んではいないが、買おうか迷っている本。


※1 作業療法士のOさんのカルテを見て、これは素晴らしいと思ったので引用し、太字にしてアンダーラインを引いたのが最初である。その時には本文に書いたような意識まではなかったが、しばらく考えるうちにこういう活用方法に気がついた。

※2 身体科に入院中の患者が精神科に紹介になる時、看護師記録には「夜間、大声で異常言動あり」としか書かれていないことが多い。それがどういう内容なのか、例えば妻の名を呼ぶのか、誰かが殺しに来ると叫ぶのか、虫がいる蛇がいると言って騒ぐのか、もっと具体的に書くようにと指示を出したことがある。その翌日にカルテを見るとしっかり具体的に記載されていたので、指示簿に記載者の名前を挙げて「Aさんのカルテは完璧です。今後の診療に大いに参考になりました」と書いた。こういう大っぴらなことは、紙カルテの頃から身体科病棟に対してはやっていたのだが、さすがに身内である精神科スタッフには照れくさくてやりにくい。というより、うちにはこのレベルの記載ができないスタッフはいない。