2015年12月31日

あらすじとテーマは身につまされるが全体的に深みがない 『虚無』


3歳の娘を殺した男は統合失調症だった……。その男は無差別に12人を殺傷もしたのに、精神鑑定を受けて心神喪失で不起訴になった……。

同じく3歳の娘を持つ父としてはのっけからどえらい描写で読むのが苦しかった。そして統合失調症を治療する精神科医としても複雑な気持ちになった。

統合失調症と心神喪失、刑法39条を主題にしているのだが、多くの統合失調症の患者と実際に接したことがなければリアルに描くのは難しいのだろうと感じた。非専門家が読めばそれなりに真に迫っているように感じるものなのかもしれないが、専門家からすればちょっと違うよなぁという感覚がずっと続いた。

薬丸岳の小説には社会的テーマが含まれるのが良いところなのだが、本書は先にテーマを決めて、そこに付け焼刃でストーリーをくっつけたという感じで深みがないし、ミステリとしても先が読めてしまうしで、星は2つ半といったところ。

2015年12月30日

ジェフリー・ディヴァーの短編集 『クリスマス・プレゼント』


それぞれの短編において、最後の数行でこれまでの展開をガラッと引っくり返される、手品のような楽しさがある。分厚い本だが、短編が16作品も収められているので、時間が空いた時に一つずつ読んでいけばあっという間に終わる。Amazonレビューでいけば星4つかな。

2015年12月29日

篠田節子の短編集 『家鳴り』


篠田節子の7作品が入った短編集。

彼女の長編小説が好きで、特に初めて読んだ『仮想儀礼』には脳天が痺れるほどの興奮を味わった。短編集はどうかというと、決してつまらなくはないのだが、やはり長編小説で見せてくれる大胆な大風呂敷がなく、素っ気なさを感じてしまった。

2015年12月24日

B級映画を観終わった後のような感覚 『ナチの亡霊‏』


戦闘訓練を受けたアメリカの科学者チーム『シグマ・フォース』の活躍を描いたシリーズ第2作。1作目は『インディ・ジョーンズ』と『ダ・ヴィンチ・コード』と『ミッション・インポッシブル』を足して3で割って、少し割引きしたくらいの内容で、映画にするならB級というクオリティだった。

本作もやはり内容的には似たようなものだが、クオリティ的には前作よりは少し上がっていた。ただし、科学史的(「科学的に」ではなく)に明らかな間違いがあり、それがまた物語の核心に近い部分だったので、「あれ?」という違和感があった。

アクションと科学・歴史っぽいものの融合した小説を読んでみたい人には良いかもしれない。

2015年12月22日

とにかく冬に読め! 名作『北壁の死闘』


邦訳の初版が1987年と古いが、舞台が第二次大戦中のドイツやスイスであるため、古くささはない。というより、むしろ名作。

本書は山岳冒険小説というジャンルに入ると思う。そして、山岳小説を読む時の鉄則。

とにかく冬に読め。

それもちょっと肌寒いくらいの場所で読めるなら、そのほうが良い。そうすると、高所で寒さと戦っている登場人物と一体化しやすく、自分まで山の中にいるような気持ちになれる。

戦争に翻弄されながらも山と戦った男たちと一人の女性の物語。読めばきっと胸が熱くなるはずだ。

2015年12月21日

サラッと読んで、どこかで活きる 『野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉』


野村克也は監督時代、試合をやっている間に終了後のインタビューでどんなことを話すかコピーライターのように考えていたというから感心する。彼の発言がマスコミに取り上げられるためには、どういう風に言えば良いかと作戦を練るのだ。そこにはもちろん選手の名前が出てくる。田中将大を評した「マー君、神の子、不思議な子」はまさにキャッチーで、あまりプロ野球に興味のない俺でも覚えているくらいである。そうやってテレビや新聞で自分の名前が出た選手はモチベーションが上がる。野村克也にとっては、試合後のインタビューすら、チーム指揮の一環なのだ。

普段はプロ野球も高校野球も見ないが、ピッチャーとバッターの駆け引き、サヨナラのかかった打席での選手心理、プロ選手の心構えや監督のチーム運営といったものには興味があって、時々データに見入ったり、野球がらみの本を読んだりする。それらは実は精神科での臨床や治療の考え方にもけっこう役立つ。

プロ野球の歴代監督の中でも野村克也には以前から関心があった。試合後のインタビューでの言葉選びが面白かったし、あちこちで見聞する監督の名言も良かったからだ。ただし、本書の著者は野村克也となってはいるが、実際には彼の言葉を集めたものである。

たまにはこういう本をサラッと読むのも良いものだ。

2015年12月17日

この面白さは読んでみないと分からない。Amazonの紹介文や文庫本の裏の筋書きを読んでも、これがもの凄く面白い本だということには気づけないはずだ。井上ひさしのユーモラスな昔話 『新釈 遠野物語』


この本を買ったのは、井上ひさしの『腹鼓記』(Kindle版)が非常に面白かったからだ。『腹鼓記』はタヌキとキツネの化かし合いをユーモラスに描いたもので、映画『平成狸合戦ぽんぽこ』に通じるところがあって、この映画が好きな人なら『腹鼓記』も気に入ると思う。

話がそれたが、本書はタイトルからも分かるように柳田国男『遠野物語』のパロディであるが、本家を読んだことがなくてもまったく問題にならないくらいできが良い。実際に俺も本家は読んだことがないが、始まりからグイグイと引き込まれて、あっという間に読み終えてしまった。

主人公は大学生で、学費が払えないのと勉強がつまらないのとで休学して実家に戻る。たまたまアルバイト先の近くの山に住む老人と知り合い、その老人がこれまでに体験してきた不思議な出来事の数々を聞いていく。こういう大枠は平凡なのだが、老人の語る奇想天外な話がそれぞれすごく面白い。

この面白さは読んでみないと分からない。Amazonの紹介文や文庫本の裏の筋書きを読んでも、これがもの凄く面白い本だということには気づけないはずだ。

この本で井上ひさしの評価が確定して、他にも数冊買うことにした。

2015年12月15日

バカバカしいものから、しんみりとするものまである梶尾真治の短編集 『恐竜ラウレンティスの幻視』

恐竜ラウレンティスの幻視 

8つの短編が収めてある。バカバカしいものから、しんみりとするものまである。梶尾真治といえばSFだが、本書にはまったくSFと関係のない話もいくつかある。

エマノン・シリーズをはじめとして、梶尾真治の本を数冊読んで思うのが、この作家は「人と人との出会いと別れ」を描くのが上手いということ。ありきたりな表現であるが、「切ない別れ」の演出が巧みなのだ。

本書で言えば、最後の短編『時尼(ジニイ)に関する覚え書』はSFと恋愛、ミステリのような謎が絶妙にブレンドされていて、非常に好きな作品だった。

2015年12月14日

赤ん坊はなぜかわいい?―ベイビー・ウォッチング12か月

赤ん坊はなぜかわいい?―ベイビー・ウォッチング12か月

人が生まれる少し前から一人で立つ頃までの12か月を大雑把に「赤ん坊」と定義して、赤ん坊にまつわる素朴な「なぜ?」を58コ集めて回答した本。著者が独自の意見を述べているわけではなく、各分野の研究結果を一般向けに分かりやすく解説している、のだと思う。というのも、巻末に参考資料が明記されていないので、実際にどういう資料を見ての解説なのかよく分からないのだ。

 一次資料や参考文献が明記してあるからといって、それだけでその本が科学的で信用できるものであるという根拠にはならないが、少なくともこういう類いの本では資料を載せるべきだと思う。翻訳書の場合、原著には資料が明記してあっても、翻訳家や出版社の判断で省略されていることがあるが、非常にマズイ判断である。本書がどうなのかは分からないが……。

明らかに著者自身の意見で、かつ凄く同意できる部分があった。それは母性、父性に欠ける人がいるということ。著者は、そういう人は何らかのトラウマを負っていて、本来持っているはずの感情がなにかの形で損なわれているのだろうと解説する。そしてこう結ぶ。
酷なことを言うようだが、赤ん坊をかわいいとはまったく思えないなら、子供はつくらぬほうがいい。
ちなみに原題は『Babywatching』である。「赤ちゃん観察」といったところか。子育てしながら読むと、面白いですよ。

2015年12月11日

ペットボトルの水に「ありがとう」とか「ばかやろう」とか、声をかけたり張り紙をしたりすることで味が変わるのは科学的か? 『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』

ペットボトルの水に「ありがとう」とか「ばかやろう」とか、声をかけたり張り紙をしたりすることで味が変わる。

そんな話を聞いたことがないだろうか。これの延長線上の話として、二つの瓶にご飯を入れて、それぞれに「ありがとう」「バカ」と張り紙をしておくと、「バカ」の張り紙をされた瓶のご飯のほうが早くカビる、というものがある。

ある小学校で、教師がこの話をしたところ、男子児童が「バカの瓶にはツバがかかったんじゃないの?」と発言した。この子どもなりの着眼点と指摘は教師から黙殺されたうえ、その授業を見学していた別の教師から「関係ない話をするんじゃない!」と叱られたそうだ。

水にしろ、ご飯にしろ、荒唐無稽でバカげた話ではあるが、これを大まじめに信じ切っている人たちがいる。

 
さて、科学的であるとはどういうことか。メディアに踊らされることなく、科学とエセ科学をきちんと見分けて吟味するための知識はどうすれば得られるのか。本書は日本人にとって身近な健康や食品を中心に論を進めてあり、メディア・リテラシーを身につけるための、とっかかりやすい最初の一歩としてお勧めである。身近で言えば、妻や同僚の奥さんたちに読んでみて欲しい一冊。

2015年12月9日

未来のためにやるべきこと、やめるべきこと、できること、できないこと 『百年の愚行』


この100年で人類が犯した愚行の数々を、これでもかとばかりに見せつけられる。つい先日読み終えた『ピュリツァー賞 受賞写真 全記録』では、時代背景や撮影エピソードがそこそこの分量で付記されていたが、本書では短いキャプションのみ。だからこそ、写真そのもののインパクトが高まる。

「愚行」と銘打ってあるだけにショッキングな写真が多い。特に幼い子を持つ父親として、胸が痛くなる写真も何枚かあった。この愚行を止めるために、繰り返さないために、何をすべきで、何ができて、何ができないだろうか。そういうことをしみじみと考えさせられる一冊。

2015年12月8日

長女サクラの成長!?

昨日の朝、長女サクラがパンを食べながら、
「あのね、ママがパパのこと大好きなんだって」
と言うので、おかしくて、
「へぇ、そうなんだ」
と笑顔で答えると、
「ママね、パパに玄関でいってらっしゃいしたいって、言ってたよ」
なんてことまで言う。

ちなみにその時間、妻は前日の日曜日にあった幼稚園のお楽しみ会と、その後のあれこれの疲れ(よその子を4時間くらい預かったり)から、まだお布団の中だったんだけどね(笑)

あと2ヶ月ちょっとで4歳になるサクラ。ある本には、4歳くらいから「他人の気持ちが分かるようになる」というようなことが書いてあった。相手の気持ちをただ感じるのではなく、具体的に分かる、ということだろう。そして「ママがパパのこと大好きなんだって」と教えてくれたのは、その第一歩みたいなものなのかもしれない。

2015年12月7日

時間にまつわる文化の違いへの入門書 『あなたはどれだけ待てますか - せっかち文化とのんびり文化の徹底比較』

世界には、今でも「時計時間」ではなく、「出来事時間」で生活がまわっている地域・文化がある。例えば、牛を畑に連れて行って働かせる。その牛が疲れて水を飲みたがる時間はだいたい同じなので、待ち合わせの時間を「牛が水を飲みに行くころ」といった風に設定するのだ。それより細かい設定は、「飲みに行く前」「飲んでいる間」「飲み終わり頃」となるが、いずれにしろかなりアバウトで、1時間や2時間のずれは当たり前。こういう生活もたまには良いかもしれないが、多くの日本人にとって長期間はもたないだろう。

こういった時間の流れ、時間のとらえ方、時間にまつわる作法やマナーなどは、国によっては日本と大きく違う。例えば、約束をして時間通りに来ることがマナー違反になる国もあり、ならば遅刻せずに早めに来るのが良いかというとそういうわけでもなく、少し遅れるくらいがちょうど良いそうだ。

この「時間」、単位できちんと測定できるようになったのが300年ほど前のことである。最初期の機械時計は14世紀頃にヨーロッパで作られたが、それには針も時刻表示もなかった。現在の時間を知るためではなく、定められた「祈りの時刻」に鐘を鳴らすためだけに生み出されたのだ。16世紀末になってガリレオが振り子の働きを発見し、17世紀半ばに振り子時計が開発された。


そうした「時間」に関する本書の著者はアメリカの大学教授で、一年間の休暇をブラジルで過ごすうちに「時間」と「文化」というものに惹きつけられ、それを研究の専門分野にすることになった。本書は「時間」にまつわる地域・文化の違いを研究したものを、一般向けに分かりやすく解説してある。学術的な言葉はほとんどないが、学問の世界への入門書(それも所々のジョークが面白い入門書)といった趣きがある。

残念なのは『あなたはどれだけ待てますか せっかち文化とのんびり文化の徹底比較』という邦題。いまひとつ興味を抱かせないヤボなタイトルである。絶版になってしまった原因はこのあたりにもありそうな気がする……。原題は『A GEOGRAPHY OF TIME』といたってシンプル。Geographyとは「地理学」のことで、そのまま訳せば「時間の地理学」といったところだろうか。

2015年12月3日

魅力的なキャラたちが大暴れ! 『荒野に獣慟哭す』


もともと新書5冊分であったものを1冊の新書にまとめた、1000ページ近くあるかなり分厚い本。腕の疲れとしては、辞書を読むような感覚である。

夢枕獏は独特な息遣いのある文章を書く人だが、本作では中盤から後半にかけては、わりと普通の小説の文体に近くなっている。著者がのっているからなのか、その逆なのか……?

伝奇アクション・バイオレンスであり、グロテスクな描写も多々あるので苦手な人は避けるが吉。
御門周平は大脳病理学研究所所長の川畑総一郎の助手だったが、自ら志願してニューギニアの奇病ウィルス独覚菌を、脳に植えつけられた。ために超人的な肉体と格闘能力の保持者となる。その代わり記憶を失い、何者かに襲われる。川畑と手を組んだ土方重工業は、兵器産業にも手を染め、戸籍上死んでいる自衛隊の幽霊部隊ゾンビストを組織し、彼らに独覚菌を接種して獣化兵と呼ばれる獣人たちを造りだした。獣化兵は牛、虎、鳥などの姿を体現している。御門を襲ったのは、彼らだったのだ……。

2015年12月1日

トリックの連続に警察も読者も翻弄される 『魔術師』


脊髄損傷によって、首から上と左手の薬指しか動かせなくなってしまった天才犯罪学者リンカーン・ライムを主人公にしたシリーズ。小説の中では美形の白人男性という設定だが、映画の影響で俺の脳内変換ではずっとデンゼル・ワシントンになっている。

著者のジェフリー・ディーバーは弁護士で、これまでのライム・シリーズの多くが社会問題を扱っていた。しかし、本作はひたすら手品やイリュージョンに関する雑学と、それらを駆使したトリックに終始している。普通のミステリ小説としてストーリーを追いかける分には、最高級と言って良い面白さだが、社会問題への切り込みがなかったぶん物足りなかったことは否定できない。

シリーズ初期と比べて翻訳もだんだん巧みになっている。そりゃそうだ、プロだって成長し続けるのだから。もちろん、精神科医も成長する、しなければいけない。そんな変なところでプロ意識を刺激された一冊。