2016年1月25日

クリスマスも誕生日も私にはなかった。なのに、娘がプレゼントに文句言ったりするのが、とにかく許せない。 『誕生日を知らない女の子  虐待―その後の子どもたち』


彼女はなぜ、娘の臓器写真を平然と直視できたのだろう。
この衝撃的かつ印象的な一文で始まる、被虐待児と彼らを養育する里親に焦点を絞って取材したルポ。

被虐待児は施設から里親へ行くと、少しは幸せになれるのかというと、そう簡単な話ではない。2010年には東京で、3歳7ヶ月の女児が里親による虐待で死亡した。この事件を考えるための緊急集会に集まった里親たちのうち、50代の男性がこんなことを話したそうだ。
「私は里子を預かるまで、子どもは愛情さえあればスクスク育つものだと思っていました。実子はそうやって育ちましたから。三歳の男の子が里子に来てから、妻は一年間の記憶がないと言います。私もまだつらくて話せない。ひょっとしたら殺してしまうかもと思ったこともあります。正直、子どもへの怒りが湧くこともありました」
この集会に参加した著者が、
里親たちが、これほど傷つき苦しんでいるとは思いもしないことだった。里親たちを苦しめるもの、それこそが「虐待の後遺症」なのだ。
こう言うように、虐待を受けた子を里親として養育することには、我々の想像を絶するような苦労がある。いや、それは単に「苦労」という言葉だけでは言い表せないような、それこそ「ひょっとしたら殺してしまうかも」と思ってしまうほどのものなのだ。

ある里子の女児と、里親である女性との会話。
「ねぇ、ママとパパもケンカするの?」
「そりゃあ、するよ」
「えー、じゃあ、包丁とかハサミとか、持ってくるのー!」
「みゆちゃん、それは、ない、ない」
「よかった!」
この後、親子二人で笑い合ったようだが、この女児の実父母はそういうケンカをしていたのだろう。自分たちだけならともかく、子どもの前でそんな修羅場を演じている親がいるということは、決して笑いごとでは済まされない。ケンカは見えないところでやりましょう。

性的・身体的な虐待を受けて育ち、自らも母親になった女性へのインタビューで、彼女はこんなことを言う。
「上の子は女の子だからなのか、育児のたびに否が応でも自分とかぶるんです。育児をするうえで、フラッシュバックを体験するというか……。『あの子歩いたな、よかったな。うれしい』って思った瞬間、『誰が私が歩いたのを喜んだ? 誰が私が歩いたのを見ただろう』って、だんだん上の子に当たっていくんです。こういうのを成長の節目、節目に思うんです。クリスマスも誕生日も私にはなかった。なのに、娘がプレゼントに文句言ったりするのが、とにかく許せない」
彼女は実際に我が子に虐待をしてしまう。そして自ら児童相談所に連絡をして子どもを預かってもらった。彼女はその後、精神科へ入院するが、そこでカウンセラーから、
「子どもを自ら児相に預けたことは、あなたが子どもを守った、立派な行動だった」
という言葉をかけてもらい、自信につながった。

子どもを2ヶ月預かってもらい、自らも精神科に入院して、心機一転で虐待を断つことができた、となれば良いのだが、そう簡単な話でもない。実はその女児には発達障害があり、その育てにくさに対するイライラから、どうしても蹴ったり叩いたり、「ベランダから飛び降りろ」「生まないほうが良かった」といった言葉の暴力が続いてしまう。根の深さ、解決の難しさに暗澹とした気持ちになるが、少なくとも彼女自身が受けた虐待や養育環境からすれば「いくらかマシ」であり、そこに希望の光が見える、というより見出すしかない。

著者のこんな言葉が印象的である。
一般に「親の、子への愛は無償だ」と言われるが、虐待を見ていく限り、それは逆だとしか思えない。子の、親への愛こそが無償なのだ。
切なさに涙がこみあげてきたり、憤りを感じたり、時にふっと笑顔になれたりしながら読んだ。そして、精神科医として、虐待ケースの発見とサポートにますます気をつけて取り組もうと思わされた。


<関連>
今までに読んだ虐待関連書籍で、最もキツかったのがこれ。
殺さないで―児童虐待という犯罪



発達障害ということで関連して、最近読んだこれも参考になった。

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