2016年2月10日

中井久夫になることを目指すのではなく、自分なりの良い医療を模索するためのガイドの一つ 『「伝える」ことと「伝わる」こと』

治療者は、自分にできもしないことを患者に求めないほうが良い。それと同時に、自分にできるからといって患者にも同じことを求めるのは良くない。

本書で特に印象に残った教えである。

医師の中には、勉強も運動もやすやすとトップを獲り、すんなりと医師人生に踏み込んだ人もいるし、何度も挫折を乗り越えて艱難辛苦の末に医師免許を取得した人もいる。実際にはその中間くらいの人が多数で、いずれにしろ、患者に対して「自分のできないこと」を強く指導したり、「自分がやれたこと」を気安く勧めたり、そういう罠に陥らないよう気をつけないといけない。

人には、その人にしか分からない苦しみがある。頭では分かっているつもりでも、ふと我が身の過去、あるいは自分の親族・知人で苦労している人と引き比べてしまいそうになる。そういうことは絶対にしてはいけない、ということではない。ただ、思わずそういう比較をしてしまうことがある、と意識しておくことは大切だ。意識するだけで、立ち居振る舞いというのはだいぶ変わるものである。

3 件のコメント:

  1. いちは先生、こんばんは。
    先生がどんなブログを書いているのか気になって最近のブログを読ませてもらいました。

    私は医療従事者でありませんが、自分がやれたことを押し付けたことがあります。

    自転車の事故事が、てんかん患者の運転と同時期に問題となったこと覚えていますか?
    私は田舎育ちで中学校は自転車通学をしていました。
    学校の先生が交差点に待ち伏せをして、二段階右折、車道左通行等、車両としての自転車のルールを教えてもらい、父親からも「自転車は車だぞ!」と教えてもらいました。
    京都の事故の後、自分が自転車のルールを他の人よりも知っている事を思い出し、右側通行と信号無視をしてきた自転車の愚痴を主治医に話して「うるさい!」と言わせてしまいました。
    「健常者のくせに自転車のルール知らないんだ」と完全に見下していました。
    今になって振り返ると、普通の人と同等と思っていたはずが、続いた事故の影響でてんかん患者と健常者とに自分の中で分けて差別していたんですね。

    ある日、車道で信号待ちをしていると、後ろから来た自転車が止まっていた私の自転車にぶつかってそのまま歩道を走って行ったので、追いかけてコンビニの前で捕まえ、免許を持っている事を聞き出し、自転車は車なんだから擦った部分を修理しろ!相手の自転車の一部が腕に当たって痛いから通院費出せ…100%相手が悪いと、説教をしたことがあります。
    しかも、警察を呼んで車両同士の事故で、ひき逃げとも伝えました。
    まだ平成24年だったので、交通ルールの知らない警察官と相手は戸惑っていました。

    自分ができることを相手に押し付ける人は、何か弱い部分を持っていると思います。
    自分ができることを鎧と盾にして自分の弱い部分を隠しているんだと。

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    1. >ねじ回しさん
      自分も過去にはかなりの自転車乗りでして、車道をガンガン走っていたものです。今では恐くて自転車は乗れませんが。

      「うるさい!」
      と言った主治医の先生もなかなかですね^_^;

      俺もアルコール依存症の患者さんに対して机を叩いて怒ったことはありますが、それは半分以上は演技が入っていたからなぁ(笑)

      中井先生の言葉は、簡単なのに深くて、そこからまた自分なりにあれこれ考えるきっかけになるから素晴らしいと常々思います。

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  2. 今になって思い出すと、京都があり、患者の運転が問題に上がっていたので、「うるさい!」と自然に出てきた言葉だと思っています。

    私は、自転車運転の延長が車の運転だと染み込んでいるので、複数の車線でも自転車で走っています。
    自転車問題で逆に自信が持てるようになりました。

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