2016年4月3日

老いと薬と認知症

パートナーの認知症が進行していることを認めるのは辛いものだ。

ある女性が、夫の認知症は数ヶ月前に認知症の薬であるレミニールを始めてから悪くなったように見えると言うので、同じく認知症の薬であるメマリーに変えたが、やはり「落ち着きがない、薬のせいではないか」と心配された。こういう時は、不安にひたすら耳を傾けるのが一番の近道だ。

妻からすると急に進んでいるように見えるかもしれないが、毎月診察して、この1年間を通じて徐々に進行しているのは主治医として実感していた。そしてついに、物忘れや会話のチグハグさだけでなく、例えばズボンを頭から着ようとしたり、玄関に排尿したりといった生活障害が見られ始めた。これが妻には「急に」感じられたのだろう。

こういう場合、認知症の進行が最も疑われるとしても、その他の可能性の除外は必要である。特に、物忘れが急に進行したという場合、歩行障害や尿失禁もあれば正常圧水頭症があるかもしれない。あるいは脳炎、脳腫瘍、脳血管障害なども可能性としてはある。問診した限り、それらを疑うような徴候はなかった。体は総じて健康だったが、念のため採血を行ない、妻の希望で頭部CTも施行した。いずれも問題なし。

さて、薬をどうするか。
やめるか、続けるか。

「1ヶ月やめてみましょう。それで良くなるようなら、薬が悪影響を与えていたということです。変わりがないなら、薬は関係がなかったということ。悪くなるなら薬が役に立っていたということ。ここまでは分かりますね?」
「はい」

ところが、薬をやめても大丈夫なのか、今度はそれが不安になるらしい。

「認知症の薬は治療するものでも進行を止めるものでもなく、あくまでも進行を遅くするものです。そして、1ヶ月やめたくらいで認知症が急激に進行するということはありえません」
「やめて大丈夫でしょうか……?」
「もちろん、飲み続けるという選択肢もあります。でも、薬のせいで悪くなっているんじゃないかという不安を抱きながら、薬を飲ませるのは嫌ではないですか?」
「そうですね……」
「さっき説明したように、1ヶ月やめたせいで急激に進行することはありません。その結果を見て、薬のせいで悪くなったわけじゃないのだと納得できれば、今後は安心して薬を飲んでもらえると思います。そっちのほうが良いんじゃないでしょうか」

あれこれ言葉を尽くして説明し、一旦中止することになった。

同じ病院で7年目ともなると、7年前に軽度の認知症と診断した患者さんたちが徐々に進行して、当初は診察室で楽しく会話できていた人たちが、だんだんチグハグになり、喋らなくなり……、という経過をたくさんみてきた。そうなる前に、脳卒中や心筋梗塞や肺炎で亡くなる人もたくさんいた。

残念だが、人が老いるというのは、そういうことだ。

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