2016年7月22日

金も手間もかからない所見から、何らかの異常があるかもしれないと疑える医師になりたい

バセドウ病の中年女性が精神科に紹介されてきた。主訴は「とにかく落ち着かない」。

バセドウ病とは、甲状腺機能が亢進する病気で、過剰な甲状腺ホルモンのせいでいろいろな症状が出る。甲状腺ホルモンは何をしているかというと、幼児期には成長と成熟を促進し(※)、また糖や蛋白質、脂質などの代謝を促進したり熱産生を促したりする。

この甲状腺ホルモンが出過ぎると、基礎代謝が異常に促進され、動悸がしたり汗かきになったり、体重が減少したりする。バセドウ病の眼球突出は有名だが、全例で見られるわけではない。一般に活動的で多弁になり、軽躁状態になることも多い。感情が不安定になり、興奮しやすく怒りっぽい。不安や不眠といった症状が出ることもある。時には妄想、錯乱、せん妄、昏睡といった状態になることもある。甲状腺機能の低下では、概ねこれらと逆の症状を呈し、一見するとうつ状態のようになる。だから、精神科医は初診で甲状腺機能をチェックすることが多い。

さて、紹介されてきた女性はバセドウ病と診断されたばかりで未治療であった。「落ち着かない」というのも当然で、これはバセドウ病治療が進めばすんなり改善するだろうと思われた。とはいえ、その時点での本人の苦痛が大きかったので、セルシンという安定剤を肩に注射し、20分ほどすると落ち着いた。その後も安定剤の内服をしてもらい、このエピソードは大過なく解決した。

敢えて話題として取り上げたのは、彼女のカルテを8ヶ月ほどさかのぼると見えてくるものがあったからだ。実は彼女は8ヶ月前に胃もたれで受診しており、その時には1分間に111回という頻脈であった。翌日に胃カメラを受けており、その直前には141回。その2ヶ月後、今度はピロリ菌検査のための呼気試験を受けに来ているが、その時にも95回と頻脈であった。また、BMIも16台と痩せていた。

こうした病歴と今回のバセドウ病の診断を合わせて考えると、胃もたれの受診時点ですでにバセドウ病を発症していたのかもしれない。3回の受診は、それぞれ異なる医師が対応しており、ここで彼らの見落としを指摘したいわけではない。むしろ、そこでバセドウ病を疑えたらスーパーファインプレーだと思う。なぜなら、主訴は胃もたれであり、胃カメラ直前や検査前の頻脈だからだ。胃もたれのキツさ、胃カメラや検査直前の緊張などで、それなりの説明はつく。あくまでもレトロスペクティブ(後見的)にチェックしてみると、8ヶ月前には発症していたかもしれないと推測できるだけだ。

ただし、自分のこととして、バイタルサインやBMIといった「金も手間もかからない所見」から、「もしかすると……」と甲状腺機能異常を疑うファインプレーができるような医師になりたいな、とは思う。

ちなみに、咳喘息で定期受診している母は、最近手が震えるとか、ちょっと痩せたとかいったことを何気なく主治医に話したところ、甲状腺機能をチェックすることとなりバセドウ病が発見された。そういう医師に憧れる。

以上、甲状腺機能の話も含めて、前回の新患カンファで語った内容である。当科の新患カンファには看護助手、作業療法士、心理士も参加してもらっているので、こういう生理学の基礎的なこともレクチャーすることがある。


※ 幼児期に甲状腺機能が低下していると、発育・知能の遅れが見られ「クレチン症」と診断される。早期に発見されて甲状腺ホルモンを補充されれば、こうした遅れは予防される。

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