2016年7月8日

「津波てんでんこ」と同じように、アルコール依存症には「アルコールてんでんこ」

アルコール依存の治療は、厳格な断酒からソフトな節酒に移行しているという話があるが、果たしてそれは患者にとって「優しい」治療だろうか。

アルコール依存症の人は「もともと酒が上手でない人」。そんなことを中井久夫先生が書いていた。そういう人に「適切に飲む」ことを期待するのは酷であり、断酒以上に本人と治療者への負担が大きいのではなかろうか。

東北には「津波てんでんこ」という標語がある。これは「津波が来たら、取るものも取りあえず、肉親にもかまわずに、各自てんでんばらばらに一人で高台へと逃げろ」「自分の命は自分で守れ」という意味らしい。また「自分は助かり、他人を助けられなかったとしても、決してそれを非難しない」という不文律でもあるそうだ。

そこで、アルコール依存症の当事者、家族、治療者には「アルコールてんでんこ」という標語を推したい。当事者は、とにかくアルコールから逃げる。同時に家族も、「当事者による生活破壊・破綻」から逃げる。当事者にいわゆる「底つき体験」を味わわせたとしても、家族が罪悪感を抱く必要はないし、治療者は家族に罪の意識を抱かせないよう配慮する。

酒というモンスターから逃げる時には、「一目散に脇目も振らず」に限る。ソフトな節酒というのは、時どき振り返りながら逃げるようなもので、その姿には「追いつかれてヤられるフラグ」がビンビンと立っている。

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