2016年9月2日

メール診療と「主治医イメージの賞味期限」について

抗精神病薬が登場する前のアメリカの精神科医サリヴァンは、「精神療法」のみで多くの統合失調症患者を回復させた、と言われている。患者の中には現代の基準では同病の診断には当てはまらない人もいたとは思われるが、なにはともあれサリヴァンは薬なしで治したらしい。

そのサリヴァンは、
「“Verbal therapy”というものはなくて“Vocal therapy”があるのだ」
と言っていたそうだ。つまり、精神療法にとって「言葉の意味」そのものは大事ではなく、治療者の声の調子や抑揚、テンポなどが重要ということである。これは多くの人が実体験で分かると思う。同じ「大丈夫だよ」と言われるのでも、それがどういう声の調子かによって、受け取る印象は大きく違う。

さて、少し話は変わり、精神科の主治医による「メール診療」が可能かどうか。結論から言えば、主治医による「メール診療」は、患者によって有効な場合もあるし、無効どころか有害な場合もあるだろう。「メール診療」が主治医の期待通りの効果を持つかどうかは、「患者がどれだけ主治医の姿と声を脳内再生できるか」にかかっている。

これは親しい友人、あるいは家族にメールした場合と似ている。そういう人たちから「バーカ!」とメールが来ても、その状況におけるその人の姿と声がありありとイメージできるので、それが呆れているのか、それとも温かみのあるツッコミなのかはすぐに分かる。その反対に親しくない人から、そういうメールをもらうと戸惑うはずだ。

ここで、メール診療をきっかけにして通常診療を考えてみる。

通常の診療で、診察が終わった後から次回の診察まで、「患者が主治医の姿、声、雰囲気をどれだけ覚えているか」というのは大切である。主治医の温かみや包容力や頼りがいなど、患者が抱いたなんらかのプラスイメージが、どれだけの期間その患者の中に保たれるか。それはいわば「主治医イメージの賞味期限」のようなものである。その賞味期限が、主治医が次回外来日を設定するにあたって大事になる。

冷蔵庫の賞味期限切れのものを食べる時に勇気がいるように、主治医イメージの賞味期限が切れた後で、病院へ行き診察室に入る、というのは、きっと少し勇気がいる。そして、いわゆる「患者の状態が悪い時」は、主治医イメージを保持するための余力も少ないわけだから、賞味期限は短くなる。こういう人に1週後の受診を指示する理由は、単純に言えば「状態が悪いから」なのだが、実は「主治医イメージが保たれる期間がそれくらいしかない」ということである。この賞味期限を読み誤って次回予約を長めにとると、その患者にとっての次回診察は、「初めて会うのとほとんど変わらない医者のところに行く」に等しいことになる。

そこで改めて「メール診療」に戻る。「患者が主治医の姿と声をありありと脳内再生できる」ような治療関係であれば、「メール診療」もそこそこ機能するのではないかと思う。また、これをある種の「賞味期限の延長装置」として利用するという方法もあるかもしれない。

「メール診療」(メールによる相談受けつけ)というのは一部のクリニックでやっているくらいで、今後もそう増えないと思う。これは単に医師が面倒くさいからということもあるが、もっと大きい理由は、今まで書いてきたように、精神療法とは「言葉の意味そのものでやることではないから」である。そもそも「言葉の意味」だけで治るのであれば、そうした言葉をまとめ上げた「秘伝の書」があるはずだ。

そう考えてみると、精神科医とは歌手みたいなものである。ただ歌詞を読み上げても、人を感動させることはできない。上手に歌えるからといって、聴き手の胸を打てるとは限らない。3歳の子が80歳の祖父に一生懸命にハッピバースデーを歌えば、それがいかに拙くてもこころに響く。要は、どういうステージを用意して、どんな声でどう歌い上げるかと、歌い手と聴き手との関係性が大切なのだ。なるほど、サリヴァンが「ボーカル therapy」と言ったのもうなずける話である。

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