2016年11月25日

まとまりの良いカルテ、悪いカルテ。それぞれの長所と短所について

心理士、作業療法士と話していて、
「先生のカルテはめちゃくちゃまとまっていて、読むとよく分かります」
と言われた。これは嬉しい反面、危機感も抱いた。

「まとまりすぎているカルテ」というのは、特に精神科においては悪い面もある。常々そういう風に考えている。

診察に限らず、人の会話というものは、決して理路整然と進むものではない。それをそのままタイピングするのは実はけっこう大変である。また、後日に他の人がそれを読むのも同じく大変である。そこで俺の場合、方言を標準語にするなど若干の手直しをしながら、ある程度まとまりのある記載にしている。これに対して、統合失調症の連合弛緩や支離滅裂、躁状態の観念奔逸を感じた場合には、まとまりの良さを捨てて、ひたすらカルテを入力する。ただし、そういう場合でも、アセスメントやプランに関しては、読んだ人に「自分の頭の中」がなるべくきちんと伝わるように書いている。

それがうまくいけば良いのだが、アセスメントやプランの中身ではなく、文章自体に説得力があり過ぎると、読んだ人は中身に関する疑義を挟みにくくなる。そうなると、全体としては患者の不利益になるかもしれない、という危惧がある。

だから、多少スキのある、脇の甘いカルテのほうが、かえってスタッフの目を光らせ、全体として良いチーム医療につながるのかもしれない。

これとは逆に、
「スタッフは自分の指示に従え」
といったワンマンスタイルでやりたい医師なら、カルテの文章には絶対的な説得力を持たせるようにしないといけない。スタッフが、
「この先生の考え方、やり方、本当に大丈夫なの?」
と疑問を抱きながら行う医療は、決して良いものになるはずがないのだから。

0 件のコメント:

コメントを投稿