2016年12月9日

病棟での「対応の統一」は、徹底すべき目標か

精神科の病棟スタッフのミーティングでは、「対応を統一しよう」という話がよく出る。俺はこれには全面賛成ではない。というのも、病棟から外に出た「社会」は、決して「統一された対応」をしてくれる所ではないからだ。いずれ退院する患者は、そういう社会の中で生きていかなければいけないわけで、「対応の統一された病棟」は、一見すると厳しいようであり、実はちょっとぬるま湯的でもある。

それから、長期入院患者にとってみれば、周りにいる人たちが没個性的で画一的な世界というのは、色あせていて面白味がないだろう。

優しい人もいれば厳しい人もいて、融通の利かない人もいれば多少のことは大目にみてくれる人がいる。こころの治療を掲げる精神科病棟には、そんな「社会のミニチュア」のような部分があっても良いと思う。もちろん、それが仕事のルーズさにつながってはいけないので、各人のバランス感覚が非常に大切になる。また、患者によっては「画一的な対応」が必要な人、あるいは時期がある。「いついかなる時にも統一した対応をする」と決めてしまうのは、そういう要素について考えることを放棄するということでもある。

統合失調症を患うお笑い芸人のハウス加賀谷。彼が入院した時の体験談で、感銘を受けたものがある。彼が保護室(外から鍵のかかる個室)に入院中、薬の副作用で腹が減って仕方がない時があった。彼の苦しむ姿を見て、ある看護師がミカンだったかオニギリだったかを、「みんなには内緒だよ」と言って差し入れてくれたらしい。そして、それが彼にとって病院・医療を信じるキッカケになったそうだ。

病む人も援助する人も機械ではなく人間なのだから、許容される範囲内でのハプニングや逸脱・脱線のあるほうが、彩り豊かな関係・環境になるのではなかろうか。

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