2016年8月31日

まったく知らない人の伝記を、こんなに胸熱く読めるとは思わなかった! 『甲子園への遺言 伝説の打撃コーチ 高畠導宏の生涯』


イチローや落合といった、野球ファンでなくても知っている有名打者をはじめ、多くのバッターをコーチングした天才軍師・高畠導宏の伝記。

プロ野球界に数多くの弟子を持つ彼は、50代の半ばから高校教師になること、そして教師として生徒を甲子園で優勝させることを目指す。プロ野球のコーチをやめて教師になることは実現させたものの、プロ野球界から離脱したペナルティ規則で2年間はアマ指導ができない。そして、あと1年足らずで指導者になれるという時に膵臓癌が見つかり、余命6ヶ月と宣告されてしまう。

高畠導宏という名前は野村克也の本で初めて知った。まったく知らない人の伝記を読んで面白いかどうか不安だったが、これがとんでもなく胸熱くなる本だった。

本書から2つの言葉を引用。
才能とは、逃げ出さないこと。
平凡のくり返しが非凡になる。
野球ファンならずとも、誰かを指導する立場にある人には読んでみてもらいたい一冊である。

2016年8月30日

殺りたい仕事がきっと見つかる! 『殺し屋.com』


『殺し屋.com』という会員サイトに登録している殺し屋をテーマにした短編が4つ入っている。このサイトでは、依頼された殺しの仕事を、殺し屋たちがヤフーオークションと同じようにして入札する。

殺し屋.comのキャッチコピー「殺りたい仕事がきっと見つかる」や、サイトが運営する殺しの道具などを扱うネットショップ「昇天市場」など、著者・曽根圭介のジョークセンスに笑ってしまった。

ユーモアあり、ミステリ要素あり、若干のハードボイルドもありで、いずれも飽きずに読めたし、点と点のつながりを追うのも楽しかった。

息抜き読書には良い感じの一冊。

2016年8月29日

戦闘の混乱と残酷さと無情さを描いたノンフィクション 『ブラックホーク・ダウン アメリカ最強特殊部隊の戦闘記録』


1993年10月3日、ソマリアにおける米軍とソマリ族の民兵による戦い(モガディシュの戦闘
)を描いたノンフィクション。2001年には映画化もされている。

著者は米軍兵士だけでなく、ソマリ族の民兵や民間人へも時間をかけてインタビューしており、それぞれの視点からの戦闘がリアルに描かれている。非常に多くの人たちの視点からの描写で、めまぐるしく場面が変わるので混乱してしまうが、それが逆に戦場のリアリティというものを感じさせる。

ソマリ族が、死亡した米軍兵士の遺体を引きずる光景は何度もニュースで流され有名で、それだけを見ればソマリ族がいかにも野蛮というイメージを持つ。しかし、本書では米軍兵士が武装していない女性や子どもや老人を撃ち殺したことも丁寧に記述してある。以下はソマリ族民間人の視点だ。
道のまんなかに女の死体があった。ヘリコプターの火器でやられたにちがいない。ヘリコプターの火器は、人の体をずたずたにする。腹の中身や内臓が外へ飛び出していた。幼い三人の子どもが硬直し、灰色になって死んでいる。うつぶせに倒れた老人のまわりに乾いた血のあとが大きく広がっていた。そばのロバも死んでいた。
こうした記述から、かなり公平な立場で書かれているような印象を抱いた。

戦争・戦闘の真実がどういうものか、実際に体験していないので分からないが、映画のような派手さも勇壮さもないということがひしひしと伝わる良書であった。

2016年8月26日

通訳者のエッセイなのに、対人援助職の教科書としても一流! 『魔女の1ダース』


著者の米原万里はもともとロシア語通訳者である。通訳者の仕事は、異なる言語と文化を持った人たちを仲介することだが、それは単に言葉を置き換えるだけで成り立つものではない。Aという国の言葉・文化・歴史にも通じていて、さらにはBという国の言葉・文化・歴史にも造詣が深くて、それでようやくAとBの仲介者になれる。

米原女史の本を読むと、患者と家族、患者とスタッフ、患者と他科の医師、患者と社会などの間に立って、通訳者のような仕事をする精神科医としてどうあるべきかを教えられる。同じ日本語を話す人同士であっても、土地柄や出自、育った環境、現在の境遇、その他もろもろの違いが影響しあって、常にスムーズに通じ合えるというわけではない。それどころか、精神科臨床では、「通じ合わない」ことの苦労を抱えている人のほうが多いくらいだ。そしてそこに、精神科医としての自分の役割、「通訳者」としての存在意義があるような気がする。

『不実な美女か、貞淑な醜女か』での切れ味鋭い舌鋒は今回も変わらず。この2冊は単なるエッセイではなく、多くの対人援助職が読んでおくべき一流の教科書である。

2016年8月25日

読前感にワクワクなし、読中感は気分悪い、読後感は暗澹。これぞ、マゾ読書!! 『殺ったのはおまえだ―修羅となりし者たち、宿命の9事件』


読む前にワクワクすることがまったくない『新潮45』のシリーズ。

読んでいる最中は気分が悪いし、読後感は毎回暗澹としてしまう。それなのについつい読んでしまうのは、文章が巧みだからというだけでなく、人間の暗部を覗き見たいという野次馬根性、怖いもの見たさといったものがあるのかもしれない。

今回もやはりキツい内容ばかりであった。

有力な証拠がなく「冤罪ではないのか?」と思える事件(恵庭OL殺人事件)もあった。これは「疑わしきは罰せず」が機能せず有罪判決が出たようだ。また池袋通り魔事件については、「この加害者は精神病だろう」という気がした。もし、この加害者の人生のどこか、たとえば特に各公的機関に支離滅裂で誇大的な手紙を出しまくっていた時期などに、精神科的な介入がなされていれば、こういう事件に発展せずに済んだかもしれないとも思う。いっぽうで、先日起きた相模原障害者施設殺傷事件の経緯を知ると、精神科が介入していても実は大して変わらなかったかもしれないという気にもなる。また、統合失調症疑いの双子の兄が自殺未遂して植物状態となり、生前の「自殺に失敗したら殺してくれ」という約束のとおり弟が刺し殺した事件の章では、切なさと同時に、ドライすぎる司法判断に残念さをおぼえた。

この本を読むのはマゾ読書である。このシリーズは全部読んだはずだし、もうこの類いのものには手を出さないでおこう!

2016年8月24日

少年法のあり方や更生について考えるなら、ぜひとも一度は読んでおいて欲しい 『少年にわが子を殺された親たち』


徹底的に被害者側に寄り添ったかたちで取材・執筆されたルポ。

加害者が未成年の場合、加害者の保護責任者(たいていは親だろう)にも大いに責任があるはずだ。ところが、本書で取材されている事件では、加害者の親たちの態度たるや、読むだけで腹立たしいものであり、被害者遺族の怒りや哀しみはいかばかりかと同情してしまう。加害者の親は、なにをおいてもまず謝罪するのが当然だと思う。ところが、謝るより先に民事訴訟に備えて弁護士を雇うなど、遺族感情を逆なでするような行動ばかりである。陳腐な言い方になってしまうが、この親にしてこの子あり、ということだろうか。

読んでも辛くなるばかりの本ではあるが、少年法や更生といったことを考えるにあたって、一度は目を通しても良いのではないかと思う。また、「少年犯罪被害当事者の会」という団体についても触れてあるので紹介しておく。

少年犯罪被害当事者の会のホームページ

2016年8月23日

神経内科に関する啓蒙的かつ刺激的な内容の良書! 『なぜ記憶が消えるのか』


邦題からすると、いかにも記憶にまつわる本のように感じるが、これはあくまでも第1章のタイトルに過ぎない。以下、第1章から第16章までのタイトルを列記する。

第1章 なぜ記憶が消えるのか [一過性全健忘]
第2章 夢に金は払えない [ラチリスム]
第3章 世界を救おうとした男 [パーキンソン病]
第4章 トスカニーニの失態 [鎖骨下動脈盗血症候群] ※本書の原題は『TOSCANINI’S FUMBLE』である。
第5章 消えた痛みの謎 [脊髄空洞症]
第6章 血に潜む悪魔 [ハンチントン病]
第7章 自由の代償 [進行性多巣性白質脳症]
第8章 なぜ強腕投手はマウンドを降りたのか [胸郭出口症候群]
第9章 テレビを見にくる幽霊 [パーキンソン病]
第10章 不治の病に挑む L-ドーパ革命 [パーキンソン病、他]
第11章 男のなかの大男 [巨人症]
第12章 ちょっとした火遊びから…… [オルガスムスと偏頭痛]
第13章 神経が混線してしまった! [三叉神経痛]
第14章 失恋と失音楽症の関係
第15章 わたし自身の症例報告 [睡眠麻痺]
第16章 病気を復讐に利用する方法 [ハンチントン病]

医学生にとっては啓蒙的かつ勉強になる内容で、医師免許取得10年目の精神科医が読んでも大いにためになる話ばかりで、かつ読書愛好家にとっても刺激的な話が多くて退屈させないだろう。こんな素晴らしい本は滅多にない。さすが、クローアンズ先生である。

2016年8月22日

これは数学者による『深夜特急』だ! 『若き数学者のアメリカ』


数学者によるアメリカ留学記なのに、読みながら沢木耕太郎の名作『深夜特急』を思い出した。

胸が高鳴り、時に目頭が熱くなり、そして一流のユーモアに笑わされる。数学者ってこんなにも日本語が上手なのだなぁ、と感心したのだが、なんと著者の藤原正彦は新田次郎(『孤高の人』は名作!)の息子とのこと。母は藤原てい(こちらは未読)。なるほど、日本語が巧みなはずだ。

本書があまりに面白かったので、著者のイギリス留学記である『遥かなるケンブリッジ―一数学者のイギリス』も読むことにした。

2016年8月19日

一般医師向けで、深すぎず浅すぎず、神経疾患のスクリーニングを求められる人たちにはぜひ勧めたい! 『みるトレ 神経疾患』


精神科と神経内科では、患者の訴えが重なることが多々ある。そして、神経内科疾患の人がいきなり精神科に来ることもあり得る。そういう時に、精神科医が神経疾患を見落として、精神科的な治療だけで対応してしまったら、その患者は大いに不利益を被ることになる(だから普通は先に内科を受診してもらう)。そんなイヤな事態にはなりたくないので、神経内科について改めて勉強している。

本書は、神経内科の専門分野についてかなり忘れてしまっている精神科医でも、充分に理解しながら通読できる優れた教科書であった。

タイトルに「みるトレ」とあるように、症例写真が豊富で非常に参考になった。ただし、各疾患の症状の根拠となる神経解剖を概説する図は一切ないので、神経解剖の簡単な本が手もとにあると理解がよりスムーズで、記憶に定着しやすいだろう。改訂版では付録に簡単な図があると良い気もするが、そもそもこういう本を読もうとする人なら、すでに手もとに1冊くらいは神経解剖の本を持っているかな……。

専門医ではなく、一般医師向けに書かれていて、深すぎず、かといって浅すぎることもない。精神科医を含め、神経疾患のスクリーニングを求められる人たちにはぜひ勧めたい本。

2016年8月18日

もしもタイムマシンがあったなら、誰に会いに行くだろう……? 『クロノス・ジョウンターの伝説』


人と人との切ない出会いと別れを描かせたらピカイチな梶尾真治による、タイムマシンをテーマにした連作短編集。「クロノス・ジョウンター」とは、そのタイムマシンの名前である。

それぞれの短編が緩やかにつながっていて、きちんと伏線が回収された結末があり、ここで何を書いてもネタバレになってしまいそうだ。

これまで読んだ梶尾作品で、一冊たりとも「イマイチ」というのがなかったのが凄い。特に「出会いと別れ」の描写については名人で、毎度のように感動させられる。本書を読んだせいで、タイムマシンに乗って数年前に他界した祖父に会いに行きたくなってしまった。どうしても伝えたい一言を持って。

「クロノス・ジョウンター」の短編を収めた本は他にも数冊あるようだが、すべての短編をきちんとまとめたものが本書ということで、買うなり借りるなりする人は要注意。

2016年8月17日

チーム運営について学ぶ 『敵は我に在り』


医療の世界で働く身でも、ビジネスの本、チーム運営の本から学ぶことは多い。中でも野村克也の本は読みやすく、また納得できる話が多い。

もちろん、すべてを鵜呑みにすることはない。分野が異なるので、メンバーの性別や年齢、気質といったものは当然変わってくる。プロ野球選手をまとめるのと、医療スタッフをまとめるのでは、求められることも違うだろう。とはいえ、野村監督の本では、チーム運営に関してかなり一般化して語られていることが多く、幅広く応用できそうな見方や考え方を学ぶことができる。

逆に、分野が違うからといって本書から得るものがないようでは、他のどんな本を読んでも大したものは得られないだろう。

2016年8月12日

患者説明やプレゼンテーションと「冗語性」について

同時通訳では、原稿を読む人の通訳はほぼ不可能らしい(事前に原稿を渡されている場合を除く)。話し言葉には、同じことを言い換えて繰り返すなど「冗語性」というものがあり、それらのおかげで会話の主旨をつかんだ同時通訳が可能になるそうだ。原稿を読む人のプレゼンが頭に残りにくいのも、きっと同じ理屈だろう。

患者や家族に、病気や治療について説明する時、以前はいかにスムーズにすらすらとできるか目指していた。そのほうが「デキる医者」に見えそうだと思ったから。しかし、耳から入る情報はなるべく冗語性のあるほうが頭に残りやすいようだと気づき、流暢さを捨てた。文章に書き起こせばクドクドと長ったらしいはずだが、相手の頭には残る。

逆に、読んでもらうための文章からは、冗語性をなるべく排除するほうが良い。

会話は肥らせ、文章はスマートに。

これが理想である。



通訳の話は本書から学んだ。

2016年8月10日

精神科医による肩肘張らないエッセイ 『精神のけもの道』


精神科医・春日武彦の本は、正直、ちょっと当たりハズレがある気はするが、それでもつい買ってしまう。同じ精神科医として、何かためになることが書いてあるのではないかという期待、それから「売れている医師エッセイスト」がどんなことを書いているのかという興味と関心があるからだ。

本書はわりと当たりなほうだと思う。精神科医として特にためになることが書いてあったわけではないが、読みながら、
「ナルホド、そうかもね」
と頷くことはあった。精神医学の専門的なことは書いていないので、精神科の知識がない人が読んでも充分に楽しめるだろう。逆に、多少でも専門的なことを期待している人にとっては肩すかし、期待ハズレになるんじゃなかろうか。

2016年8月9日

リーダー職にある人には、ぜひ読んでみて欲しい 『野村ノート』


転勤のある医師は、野球の監督に似ている。

転勤先の病棟で働いているのはプロのスタッフたちである。野球と同じで、それぞれの技術やモチベーションには差があるし、全体としての雰囲気や風土がある。「治療」という勝負で「改善」という勝利をつかむため、医師はチームを自分の理想の形に創り変えていかなければならない。

そう考えると、野球監督の組織論からは得ることが多い。中でも野村克也は、野球そのものやチームを多角的に研究しているので、読んでいてナルホドと思うことが多い。

本書で印象に残ったのが、リーダーとして大切な3つの能力として挙げられた、問題分析能力、人間関係能力、未来創造能力である。特に最後の未来創造能力について語られており、これには非常に共感することが多かった。

ただし、創造の前には想像が必要。つまり、どういう病棟にしたいか、ということ。このビジョンがなければ、なにも創造なんてできないのだから。

リーダー職にある人には、ぜひ読んでみて欲しい。野球の細かい話も出てくるが、そのあたりは俺もすっ飛ばした。野球に興味がなくても得るものは多いはずだ。

2016年8月8日

こういう指導者に出会いたかった……、いや、こういう指導者になろう! 『コーチ』


映画化もされたベストセラー『マネー・ボール』の著者が、少年時代に師事した野球コーチ・フィッツについて語ったエッセイ。

短編小説一つ分くらいの分量ながら、そのまま映画化できるんじゃないかというくらい内容が濃く、読みながら映像が目に浮かぶようだった。

フィッツは、体罰こそしないものの、とにかく熱いコーチである。厳しすぎる、といっても過言ではないくらいだが、それでも子どもたちからは非常に信頼されている。ところが、今のアメリカでは、こんな熱い指導者は流行らないようだ。指導を受ける子どもたちはコーチに心酔していても、親のほうが黙っちゃいない。
「子どもがコーチからこんなことを言われた!!」
「なんでうちの子が試合に出られないんだ!?」
そんなことを学校の校長に直談判に来る親たちのせいで、フィッツは指導の軌道修正を余儀なくされる。

日本にはこういう熱血な指導者がまだいると思うが、それも稀少種となりつつあるのではないだろうか。

俺の場合、スポーツではないけれど、高校時代の英語と数学の教師がスーパー・スパルタだった。

その当時、その先生たちに俺は心酔したか?
しなかった。

現役で経済学部に合格して感謝したか?
しなかった。

では、今は?
やはり心酔はしていないが、感謝はしている。

あのスパルタがあったからこそ、経済学部・社会人でのまったく勉強しなかった5年間があっても医学部に入れたのだと思う。

医師になり10年目、いつの間にか指導する立場になった。俺は、熱い指導者になれるだろうか……? いや、なれるよう心がけよう!!

2016年8月5日

精神科とプロ野球の意外な共通点!? 『マネー・ボール』

数年前に、なにげなくプロ野球のリーグ成績を見ていると、得失点差、防御率、盗塁数など見比べて、1位で良いはずなのに2位になっている日ハム、1位を走る西武という不思議さが面白かった。

プロ野球パ・リーグの順位表が面白い

プロ野球の優勝は、チームの勝率で決まる。だから、たとえ1点しかとれなくても勝てば良いし、負ける時にはいくら点をとられても1敗にしかならない。ということは、例えば、『勝つ時は「1対0」と地味だが、負ける時には10点以上とられてボロ負け』という見栄えのしないチームでも、優勝する可能性があるということだ。

ボロ勝ちと惜敗を繰り返し、一見すると強そうなのに優勝できないチームがあるかと思えば、辛勝かボロ負けばかりで弱そうに見えても優勝するチームがある。これはすごく刺激的なことだ。

実は、精神科診療でも似たようなところがある。一人の患者を相手にした毎回の診察を試合と考えた時、「ボロ勝ち惜敗型」で診療が上手くいっているように見えても治療できないことがあるし、「辛勝ボロ負け型」で見栄えのしない診療でも最終結果は良好ということもある。

例え話に過ぎないので、現実にはもっといろいろな要素が関係するが、こういう視点を持てるようになるし、プロ野球のデータというのは見ていて面白いものだ。


本書は上記のような貧相な考察ではなく、もっと膨大なデータを元にしたチーム補強のルポである。メジャーリーグの貧乏チームであるアスレチックスが、いかにしてチームを安く補強して勝ち続けるのかを、ゼネラルマネジャーの人物像や考え方を中心にして、時に選手にもスポットライトを当てながら描いてある。

メジャーリーグという華やかな舞台には、光もあれば影もある。いやむしろ、どちらかというと影のほうが多いのかもしれない。そんな世界を見事に切り取って見せた本書は、多くの人に推薦したくなる本だった。

2016年8月4日

現時点で安心できる主治医がいて、精神科にまつわる笑い話を読んでみたいという人にだけお勧めできる…… 『いとしの精神科 患者も医者もみんなヘン!』


一時間もかからずに、さらさらっと読んだ。

この作者の記述からのみ判断すれば、作者の「うつ病」という診断は間違っている。ということは、処方された薬では改善しないどころか、不安定さを増悪させる恐れが高いし、読んだ限りでは実際にそうなっているようだ。

誤診に基づく精神科治療を受けた患者が漫画家だったので、「精神科領域に確かに存在する負の部分」が面白おかしく表に出たという感じ。とはいえ、この作者個人の体験を全国の精神科すべてに当てはめ考えてしまうのは危険だ。これを読んで精神科にかかるのをためらう人がいたら、それはもったいない。

現時点で安心できる主治医がいて、精神科にまつわる笑い話を読んでみたいという人にはお勧めかな。きっと、「ああ、こんな医者じゃなくて良かった!」と、自分の主治医への信頼感も増すことだろう。

2016年8月3日

野球の話ではなく、人の生き方がテーマ 『ドラフト1位 九人の光と影』


ドラフト1位だった選手が、その後どのような人生を送ったのかを追いかけたルポ。

取材対象の9人のうち、1人は「幻のドラフト1位」である。というのも、ドラフト1位指名されることが確実視されていたが、それよりずっと前から「プロには行きませんので、絶対に指名しないでください」と言い続けていたからだ。また、巨人の1位指名を拒否した人もいる。それぞれ、自分の野球人生に満足しているようだし、グラウンド以外の場所で自らの力を発揮しているところに勇気をもらえる。

野球そのものではなく、人の生き方がテーマなので、甲子園やプロ野球に興味がなくとも楽しめる内容である。実際、俺も甲子園は見ないし、プロ野球にもほとんど興味がない。だから逆に、野球が好きな人からしたら、かなり面白いのではないだろうか。

2016年8月2日

前立腺癌に怯えた3ヶ月 『「死の医学」への序章』

実は今年(平成28年)2月に受けた職場健診でPSA(前立腺特異抗体)という検査値が4.4だった(単位は省略)。基準値は4未満である。専門外なので、焦ってネットやら教科書やらで調べたところ、これが10以上だと前立腺癌の確立が高いとのこと。4から10はグレーゾーンと言われている。4.4は決して高くはない。

これがもし、患者や友人や家族から「PSAが4.4だったが、これってどうなの?」と相談されたのなら、「グレーゾーンではあるが、たった0.4を超えただけだから心配しすぎないように」とアドバイスするだろう。ところが自分のこととなると、そんなお気楽にはなれない。客観的にも冷静にもなれない。なんとも勝手なものである。

研修医時代にお世話になった泌尿器のベテラン先生に相談すると、その日のうちに診察してもらえることになった。そういえば、今年の年賀状で、泌尿器科医になった同級生に「まだまだ泌尿器科の世話にはならずに健在だよ~」なんてお気楽なことを書いたなぁ。そんなことを思い出しつつ診察室へ。そして、医学生時代から絶対に受けたくない検査の一つだった直腸診を初体験することになった。

……。

どんな感じだったかは省略して、結果だけ言えば、
「癌っぽくはない。むしろ慢性前立腺炎のような感じ」
ということだった。今後の方針として、3ヶ月後にもう一回PSAを測って、数値が上がっていれば造影MRI、そして前立腺生検まで検討しようとなった。

それからの3ヶ月。癌かもしれないという不安は決して大きくはなかった。ただし、日常生活の中で通奏低音のごとく、薄らと、しかし確実に漂っていた。夜中にふと目が覚めて、薄闇の中で妻や二人の娘を見ていると、

「なにがなんでも彼女らを守り通さなければならない。でも、もしものことがあったらどうしよう……。どうにかなるのだろうか……。前立腺癌は比較的予後が良いと言われているから……、いや、楽観してはいけない……。いざという時には、苦しむ姿は見せたくない、キツくて家族に八つ当たりするのもイヤだ。とはいえ、一人きりも心細い……」

なんてことをつらつらと考えて、一人センチメンタル状態に陥ったりしていた。

そして、とうとう運命の3ヶ月後。

PSAは1.6に下がっていた。その他の項目も一切問題なし。冷静になって思い出してみると、確かに教科書に載っている慢性前立腺炎の症状があったような気もする。しかし、いざ我が身となると、なかなかきちんとは考えきれないものだなとしみじみ感じた。


本書は、国立千葉病院の神経科医長であった精神科医・西川喜作が前立腺がんのため世を去るまでの2年7ヶ月を、ノンフィクション作家の柳田邦夫が追いかけた作品。

上記のような経験をしていたので、本書を読み始めて「前立腺癌」という文字を見るたびに胸がドキッとした。職業も同じ精神科医である(医師としての格は大きく違うけれど)し、西川先生の闘病が決して他人事とは思えなかった。また、今後の自分の進路を考える上で、ターミナルケアやサイコオンコロジーについても造詣を深めたいと思っているところだったので、あれこれと考えながら読み進んだ。

医師・夫・父としての今の自分にとって、非常に良い本であった。

2016年8月1日

笑うw 『独創短編シリーズ (2) 野崎まど劇場(笑)』


あいかわらずの独創っぷり。読みながら思わず吹き出して、となりに座っている妻から不審な目を向けられてしまった。ちなみに飛行機の中だったので、他の乗客からも変な目で見られたかもしれない。

短編集で、いずれも数ページ。これをなんと表現すれば良いのだろう、うーん、小説というよりはマンガに近いんだけれど、決してマンガではない。これはもう明らかに小説なのだが、挿し絵がとても多い。いや、挿し絵というより、小説の一部として存在する、というか、なくてはならない……図?

この面白さは読んでみないと分からない。騙されたと思って、ぜひ。

ちなみに読者対象は中高生らしいが、41歳でも楽しめたよ。