2016年12月28日

神経内科の医療書籍を読んで、胸が熱くなり魂が揺さぶられるなんて、想像だにしなかった!! 『極論で語る神経内科』


全11章からなり、それぞれのタイトルは以下のとおりである。

脳血管障害
認知症
てんかん
多発性硬化症
パーキンソン病
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
ギラン・バレー症候群
重症筋無力症
睡眠
脊髄疾患
「器質的疾患でない」疾患について

診断基準や治療ガイドラインについては割愛と大胆な省略がなされているので、まったくの初学者は読んでも分からないことが多いかもしれない。ただし、著者である河合先生の臨床哲学はビシビシと伝わってくる。特に筋萎縮性側索硬化症(ALS)の章では、胸が熱くなり、魂が揺さぶられるような感覚を味わった。

「ALSには治療法がなく、徐々に衰弱していくのを見守ることしかできないものだ」という誤解がある。実際、俺自身もそれに近い印象を持っていた。これに対して、河合先生はこう語る。
「有効な治療法が見つかっていません」というのは誤りです。治療法は選択肢としてはあるのです。ですから正確には“治癒をさせられない疾患”というべきなのです。
では、その「治療法」とは何かというと、PEG(経皮的内視鏡下胃瘻造設術)とNIV(非侵襲的換気療法)である。
何だ、対症療法、延命療法じゃないか?という人もいるかと思いますが、
はい、正直、そう思いました。そして、これに続く文章が、頭をガツンと殴られるような指導的文章であった。
そうではありません。PEGもNIVも生存期間を有意に延長する明らかなデータが出ています。栄養状態を改善すること、呼吸筋に休息を与えることで予後が改善すると考えられています。意識障害が生じない疾患ですので、PEGやNIVで生命予後が延長することは非常に大きな意味があります。
「こんなの当たり前じゃないか。この文章に衝撃を受けるお前が不勉強だし、医の倫理が身についていないのだ」とお怒りになる先生もいるだろう。でも、この「当たり前の感覚」って、ときどき見失いません? 特にALSという「治療できない」(という誤解のある)難病を実際に診療していると、そんな「感覚迷子」みたいな状態になりません? 俺は精神科医として、過去に1例だけALSの人の不眠を診療したきりで、その後はALSについては各媒体を通じて知るだけだったけれど、どうやらこの感覚迷子に陥っていたようだ。

そして、河合先生はこう断じる。
PEGとNIVの適応は慎重に? 冗談じゃない
熱いっ!!
終末期の疾患で意識を失い自ら生命の選択ができなくなった患者さんにPEGを施し延命させることと、ALSの患者さんに早めにPEGを施し生命予後を改善させることは意味合いが異なります。
また、河合先生も書いていらっしゃるように、PEGをしたら食べられなくなるわけではないし、PEGをしても後に要らないと思えば抜去だってできる。
これらの治療法は生命予後を改善するので、対症療法と考えるのは不適切で、れっきとした治療として分類されるべきです。
ALSについて、自分の中でパラダイムシフトのようなものが起こった瞬間であった。

さて、さらに河合先生の名言が続出する。特に最終章『「器質的疾患でない」疾患について』は、精神科医として「よくぞ言ってくださいました!!」と拍手喝采したくなるような内容であった。河合語録を引用していく。
“心因性”疾患を知らずして、「器質的でない」というなかれ
「器質的疾患でない」というならば、ほかの医師に理路整然と説明できるか?
「器質的疾患でない」患者さんの説明には、むしろ時間をとる!
身体表現性障害の正しい対処を知らずに、一人前などと片腹痛い
そして、究極の名言がこれ。
精神科が「器質的疾患が疑われる」といってきたときは襟をただせ
河合先生には、今後とも胸熱書籍を出版していただきたい。心からそう思った。

2016年12月27日

「クロノスジョウンター」がらみの小説 『この胸いっぱいの愛を』


同名映画の脚本を、原作者がノベライズ化したという小説。映画は観ていないが、ストーリーは『クロノスジョウンター』がらみである、というネタバレくらいはして良いだろう。というのも、『クロノスジョウンター』が何かを知っている人なら、その程度のネタバレで梶尾真治の小説の面白さが損なわれることがないことくらい分かるはずだから。そして、『クロノスジョウンター』が何かを知らない人にとっては、ネタバレにすらならないから。

しかし、それ以上のストーリーとなるとバラせない。面白いことは保証できる。

2016年12月26日

いろいろなことを考えさせられる名著 『日本はなぜ敗れるのか 敗因21ヵ条 』

福祉業界が金と人の不足に喘いでいるのは常識だと思っていたが、そんな福祉業界の重鎮といわれるような人が、
「人手不足は妄想である。人手が足りると気が緩み、それが事故につながる」
という発言をしていたと知って驚いた。


本書は『虜人日記』を縦軸に、著者である山本七平の経験や考察を横軸にして、戦前・戦中・戦後の日本や日本軍について語られる。『虜人日記』では「日本の敗因21ヵ条」が示されており、そのうちの第一が、
精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた。
である。

ここで、上述した福祉の状況が思い出された。偉い人の唱える、
「人手不足であるからこそ、士気が高まり、各人の能力も鍛えられる。自ずと福祉向上につながる」
という発想は、戦時の日本軍とまったく同じではなかろうか。

福祉業界が人手不足ということは、新人も含めた各スタッフの負担は大きいということだ。そこで人を集めるべく、各地で「介護士講習会」が開かれている。しかし、ベテランでもこなすのがやっとの状況なので、付け焼き刃的な講習を受けた人が期待や志しを胸に就職しても、現場での心身の負荷に耐えられず、早々に立ち去ることも多い。そして、それを補うべく、また講習会……。

第二次大戦において、動員した民間人を次々と東南アジアに送り出しては使い捨てにした日本軍的な思考から、日本はなかなか抜け出せないでいるようだ。

こうしたことを様々に考えさせられる、評判に違わぬ良書であった。

2016年12月22日

より深い頭痛診療への良質な案内書 『迷わない! 見逃さない! 頭痛診療の極意』


精神科にかかりつけの患者には、慢性的な頭痛を訴える人が多い。そこで、彼らの頭痛を少しでも改善するべく、まずは読みやすそうな本書を手に入れた。

実は、妻にも時どき頭痛が起こる。本書の中身にそって、いくつか質問したところ、やはり妻の頭痛は片頭痛で間違いなさそうだが、緊張型頭痛も混じっているようである。この「混じっている」というのが本書のミソでもある。数多くの頭痛患者を診療した著者はこう書いている。
ほとんどすべての慢性頭痛の患者は片頭痛と筋収縮性頭痛(緊張型頭痛)をもっており、片頭痛の割合が多い患者が片頭痛で、半々くらいであればcombined headache、筋収縮性頭痛が主であれば筋収縮性頭痛の患者としているだけで、厳密にいえばほぼすべての患者はcombined headacheであると考えていた。そして、片頭痛と筋収縮性頭痛の特徴が混在した頭痛は多く存在し、厳密に分けることは不可能であると考えていた。
これは今でも間違いではないと考えているとのこと。「目からウロコ」だった。確かに臨床の現場でも、妻の頭痛でも、混在頭痛と考えればしっくりくることが多い。

これは買って正解だったと思う。より深い頭痛診療への案内書として良質である。本書を読んで、頭痛診療にますます興味が持てるようになったおかげで、『慢性頭痛の診療ガイドライン』まで買ってしまった。これはAmazonで購入できるが、中身を見るだけなら日本頭痛学会のホームページにPDFが置いてある。

最後に、著者が箇条書きで教示してくれている「Clinical pearls」を引用しておく。

・人生最悪の頭痛は危険な頭痛。
・「この患者さん、診たくない」と思ったら、二次性頭痛は絶対除外。
・高齢者の頭痛をみたら、側頭動脈炎を疑う。
・この患者は片頭痛か緊張型頭痛かと考えるのはやめて、片頭痛があるかどうか考えよ。
・入浴、運動、飲酒で、悪化すれば片頭痛、改善すれば緊張型。
・「これまでにも同じような頭痛がありましたか?」 緊急性の高い二次性頭痛の有無を見抜く。
・生理痛で頭が痛いのは、きっと月経関連片頭痛です。

これらの「Clinical pearls」それぞれに文章による解説があるので、興味をもった人はぜひ本書を読んでみて欲しい。


<関連書籍>
慢性頭痛の診療ガイドライン〈2013〉

2016年12月21日

上昇志向な意識高い系女子

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次女ユウが上に行くには、まだまだ手足の長さが足りない(笑)

可もなく不可もなし。あとは好みの問題か。 『あやかし草紙』 『おとぎのかけら  新釈西洋童話集』


この作家の本を読むのは初めて。両方とも短編集で、『あやかし草紙』の舞台は昔の日本、『おとぎのかけら』のほうが現代日本である。グロテスクな残酷描写があるわけではないが、作中人物の置かれた境遇が残酷であったり切なかったりする。嫌いなタイプの話ではないが、かといってこの作家にハマるというほどでもない。可もなく不可もないといったところ。

2016年12月20日

オヤツ遠足

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ある土曜日、長女サクラと次女ユウと三人で、近所の小学校までオヤツ遠足。次女は途中でちょっとだけ抱っこしたけれど、二人ともしっかり歩いた。特にサクラの成長ぶりには感動。「つかれた」と一言も漏らすことなく、往復の道中を楽しんでいた。

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サクラ「ぶたのまるやきー!」
本物を見たら、たまげるだろうなぁ(笑)

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2016年12月19日

ダーウィン医学を知っていますか? 『病気からみた進化 「ダーウィン医学」のすすめ』


ダーウィン医学というキャッチーな名前を持つ研究分野がある。たとえばこんな感じだ。

うつ病、特に冬にうつ状態になることの多い季節性うつ病は、日照時間が短く食べ物も少ない時期に活動量を落とす役割があったのではないか。

妊娠初期のつわりは、胎児奇形が発生しやすい時期に、奇形の原因となる毒物を避けるためのものではないのか。

こうした仮説は、非常に興味深いし、一定の説得力もあるのだが、きちんと実証するとなると難しい。遺伝子を調べて結論が出るようなものでもないわけだから。ただし、たとえば「つわり」に関しては、つわりのひどかった妊婦は流産リスクが低かったという調査結果があるようだ。ダーウィン医学とは、こういう「間接証拠」を積み重ねて推理する楽しい分野である(と思う)。

本書は、このダーウィン医学を一般向けに紹介したもの。一般向けなので、レベルの高いものを期待している人には物足りないかもしれない。かといって、生物の知識がまったくないという人にはちょっと難しく感じるだろう。まぁ、そういう人はそもそも本書を読もうとはしないだろうけれど。高校レベルの生物の知識があるくらいの人が、一番面白く読めるのではなかろうか。

2016年12月12日

脳も鍛えるアスリートたちから、多くの知恵を学べるオススメ本! 『頭脳のスタジアム 一球一球に意思が宿る』


野球の一流選手が鍛錬によって身につけた感覚を、素人に伝わるように言語化するのは難しい。かろうじて言語化したとしても、川上哲治が「ボールが止まって見えた」と語り、長嶋茂雄が「スーッと来たボールをバーンと打つ」と表現したように、天才同士にしか分からないものになってしまう。それでも、我々凡人は、天才の感覚をもっと分かりやすい言葉で伝えて欲しいと願う。

本書は「誰にでも普遍であるはずの森羅万象を、一般人には理解不能なところまでキャッチでき、しかもそれを誰にでも分かるように表現できる人」というテーマで、松坂大輔、和田毅、豊田清、五十嵐亮太、和田一浩、松中信彦、宮本慎也、城島健司の8人にインタビューしてまとめてある。いずれも読み応えのあるもので、精神科医としても非常に勉強になった。

ピッチャーの松坂大輔は、自分のフォームにこだわる選手、良かったときのフォームに戻そうともがいている投手がいることを取り上げて、こう指摘する。
そういう投手って、良い球を投げることだけに意識が行っているから、フォームを盛んに気にしているんですよ。でも、僕らの原点というのは、バッターに向かって投げることじゃないですか。その大事な部分を忘れちゃっているんです。
もちろんフォームも大事だけど、フォームを求めすぎてマウンドに上がっても、そればかり考えて、相手がいることを忘れちゃってる。自分がボールを投げる本来の意味を置き去りにしているんですよね。フォームなんて、結局何を言われようが、バッターを抑えれば文句は言われないんだから。要は、相手を抑えればいいんですよ。
ああ、これ、医療と同じだ。自分たちの仕事の原点は何か、それを忘れてはいけない。

城島健司は、若菜コーチから受けた「日常生活の中でキャッチャーとしての視線を養う」ための訓練を紹介している。
(若菜コーチと)2人で町を歩いていると、「この人は右に曲がるか、左に曲がるか。注意して見ると、どっちに曲がるかに癖が出るはずだ」とか「県外ナンバーでゆっくり走っている車は、どっかで曲がる道を探しているはず。どこの道で曲がるか」とか、普段の生活の中から早めに状況を察知し、予測するトレーニングをさせられました。そういう意識で周りを見渡せば、勉強になることはたくさんある、動きには必ず癖が出るものだって。
同じようなことを、ショートの宮本慎也も語っている。
人を観察するのも好きですね。テレビや新聞のニュースにだって野球のヒントになるようなことがいっぱいあるんですよ。
プロ野球選手という仕事のために、こういうところにまで気を配っているのかと感心すると同時に、自分もそうでなければいけないと身が引き締まる。

名バッターの和田一浩は、こう言う。
プロでいる限りは、身体だけではなく脳も鍛えないと、前には進めないと思っています。
職業アスリートである彼らがここまで脳を鍛えているのだから、仕事のほとんどで身体より脳を使う自分は、逆に身体をしっかり鍛えなければ、良い仕事はできないと感じた。精神科医にとって、患者が興奮するといった緊急事態で「当たり負け」しない身体をつくっておくことは、自分にとってもスタッフにとっても精神衛生的に良いものだ。

とてもためになる本だったので、多くの人に勧めたい。

2016年12月9日

病棟での「対応の統一」は、徹底すべき目標か

精神科の病棟スタッフのミーティングでは、「対応を統一しよう」という話がよく出る。俺はこれには全面賛成ではない。というのも、病棟から外に出た「社会」は、決して「統一された対応」をしてくれる所ではないからだ。いずれ退院する患者は、そういう社会の中で生きていかなければいけないわけで、「対応の統一された病棟」は、一見すると厳しいようであり、実はちょっとぬるま湯的でもある。

それから、長期入院患者にとってみれば、周りにいる人たちが没個性的で画一的な世界というのは、色あせていて面白味がないだろう。

優しい人もいれば厳しい人もいて、融通の利かない人もいれば多少のことは大目にみてくれる人がいる。こころの治療を掲げる精神科病棟には、そんな「社会のミニチュア」のような部分があっても良いと思う。もちろん、それが仕事のルーズさにつながってはいけないので、各人のバランス感覚が非常に大切になる。また、患者によっては「画一的な対応」が必要な人、あるいは時期がある。「いついかなる時にも統一した対応をする」と決めてしまうのは、そういう要素について考えることを放棄するということでもある。

統合失調症を患うお笑い芸人のハウス加賀谷。彼が入院した時の体験談で、感銘を受けたものがある。彼が保護室(外から鍵のかかる個室)に入院中、薬の副作用で腹が減って仕方がない時があった。彼の苦しむ姿を見て、ある看護師がミカンだったかオニギリだったかを、「みんなには内緒だよ」と言って差し入れてくれたらしい。そして、それが彼にとって病院・医療を信じるキッカケになったそうだ。

病む人も援助する人も機械ではなく人間なのだから、許容される範囲内でのハプニングや逸脱・脱線のあるほうが、彩り豊かな関係・環境になるのではなかろうか。

2016年12月8日

レビー小体型認知症の介護のための本2冊を読み比べてみた 『レビー小体型認知症がよくわかる本』 『レビー小体型認知症の介護がわかる本』

  
レビー小体型認知症の患者家族から、「どう対応したら良いでしょうか?」と質問されることがある。これにうまく答えるのがなかなか難しい。というのも、「何についての対応か」が曖昧なことが多いからだ。幻視や妄想に対してなのか、パーキンソン症状についてなのか、あるいはその他の何かなのか。

多くの場合、家族がもっとも驚いている、あるいは理解に苦しんでいるのは幻視や妄想といった症状である。だから、きっと幻覚妄想への対応についての質問だろうと考え、「こうしてみたらどうでしょう」というのをいくつか提案する。ところが、この提案がすんなり受け容れられるわけではない。

これはレビー小体型認知症の患者家族に限った話ではないが、医師の提案というのは、切羽詰まっていたり時間的に余裕がなかったりする家族にしてみれば、呑気すぎるか非現実的かに感じられるのだろう。残念ながら、幻覚や妄想のある患者への特効薬的な対応はないし、家族が介護の中心とならざるをえない日本の現状もすぐには変えようがない。

それでもなにか良い知恵はないものか、ということで、この2冊を読んでみた。医療者向けではないので、治療の詳しいことは書いていないが、介護する人たちが知りたいと思うことは網羅されているのではなかろうか。

どちらもレビー小体型認知症を発見した小阪憲司先生が関わった本なので、内容的には大差ない。大きな違いは、イラストと文字である。『よくわかる本』のほうは「イラスト図解」と銘打ってあるだけあってイラストが多い。また文章は縦書きと横書きが混在している。文字の大きさは普通の文庫と同じか、少し大きいくらい。『介護がわかるガイドブック』のほうは、すべて横書きで、文字が太く大きく、イラストは挿し絵程度にしかない。

認知症全般に言えることだが、介護するほうも高齢者か中年以降ということが多い。だから、文字の大きさや文章量は大事だ。小さな文字で書かれた大量の文章を読む時間も体力も気力も視力ないのだから。両者とも文章量は抑えぎみであるが、老老介護という人にはちょっと大変かもしれない。そういう人にどちらか一冊を勧めるとしたら、『介護がわかるガイドブック』かなぁ。

千葉大学の強姦加害者たちは決して特別なわけではないが、極特殊ではある

千葉大学の強姦事件に関わった連中は、決して特別なわけではないが、かといって当たり前の人たちでもない。

特別ではない、というのは、アルコール(に限らず酩酊する物質、不眠など)で判断力が鈍り、特に「抑制がとれる」のは万人に共通しているから。

日ごろは穏やかなのに、酒を飲むと粗暴になる人がいる。こういう人は、粗暴な内面を理性で押さえつけているのだろうし、酒がその抑制をとるので、粗暴な面が噴出する。こういう人を見ると「本当は危ない人」と考えがちだが、「粗暴な内面を抑制する理性の強い人」とも考えられる。

酒は理性による抑制をとる。これは万人に共通で、千葉大学の強姦事件に関わった連中も特別ではない。しかし、抑制がとれた男はみんな強姦するか、まして集団強姦に及ぶかというと、絶対にそんなことはない。だから、その点で彼らは極特殊と言える。

抑制がとれたのが原因で集団強姦に及ぶということは、普段理性で押さえつけている内面は強姦魔ということだ。
少し厳しいが、そう思えてならない。

倫理、心性とは別に、判断力低下という点でも残念な連中である。

その強姦がバレないと判断したのか、バレても問題視されないと判断したのか、問題視されても退学にまではならないと判断したのか、退学になってでも被害者のことを集団で強姦したいと判断したのか。どの段階をとっても残念な連中である。

さて、加害者は、今は拘置所にいるのだろうか? 俺はそのほうが彼らにとって幸せだろうと思う。国立医学部に合格し、もうすぐ医師になるという自慢の息子が、集団強姦で全国に名前が出て一転。実家は針のむしろだ。友人も慰める言葉は持たないだろう。そんな現実を見ないで済む拘置所のほうが良いに決まっている。

2016年12月7日

身近にあった医療事故 『組織行動の「まずい!!」学 どうして失敗が繰り返されるのか 』

パーキンソン病を患う60代女性が、自宅で転倒して大腿骨を骨折したので、整形外科に入院して手術を受けた。それから2-3ヶ月の入院予定であったが、手術1ヶ月後から幻覚や妄想がひどくなり、その影響で夜中に動きまわって転倒してしまった。これでは安全に看護できないということで、精神科病棟に移ることになった。ここで、この日をX日とする。

Xの翌日、術後ルーチンで予定されていた大腿骨のレントゲンを撮ったところ、前回手術したのと同じところの骨折が見つかった。しかし、実はXの3日前にも同部位のレントゲンを撮っており、しかも明らかな骨折が写っていたことが判明した。

患者側からすれば、精神科病棟に移される3日も前にレントゲン検査して骨折が分かっていたはずなのに、それが放置されたままだったということになる。どうしてこういうことになったのか。

友人の整形外科医長、放射線科技師長と話し合って分かったのは、以下のことだった。
  1. Xの3日前、患者から「足が痛い」という訴えがあったので、整形外科の主治医がレントゲンをオーダーした。しかし、その日、主治医は予定があってバタバタしており、検査結果を確認することを忘れて病院を出てしまった。
  2.  整形外科では医師同士でダブルチェックを行なうようにしているが、Xの3日前のレントゲンは撮ったことを知らなかった。
  3. レントゲン撮影時にいた放射線技師は、全員がその骨折に気づいていたが、あまりに明らかな結果だったので、敢えて主治医に連絡しようとまで思う人はいなかった。
1と2を改善するための方法として、「検査をオーダーして結果が出たら、オーダーした医師の電子カルテ画面にアラートが出る機能」と「主治医と同時に、医長にも検査結果アラートを出す」というものがある。実は、1年半前の電子カルテ導入の際、業者に対してアラート機能がつけられないかと要望を出したのだが、そういう機能はないとのことだった。だから、この改善案は実行できない。

そこで、整形外科医長と技師長との間で、
  • 技師が見つけた異常像については、全例を指示医に連絡する。
  • 医師は連絡されることを厄介がらない。
  • 技師は連絡することを臆さない。
という取り決めとなった。ハード面での改善策が実現不可能なので、医師だけでなく各職種をまじえてのダブルチェック、トリプルチェックを導入するしかない。結局は人頼みなので、エラーを防ぐ機能は強くはないだろうが、少なくとも今までよりはマシはなずだ。

さて、その後であるが、この女性がどう処置・対応されるのか気になっていたので、時どきカルテをチェックしていた。すると、看護記録に、
「もともと統合失調症があり、幻覚妄想あるとの引き継ぎ」
という記載を見つけた。この女性はパーキンソン病である。決して統合失調症ではない。早くも、将来の医療事故の芽が見え隠れしている。これを放置すると危ない。今後、この女性に起こるあらゆる事象について、「統合失調症だから」で済まされる恐れがあるからだ(残念ながら、現実にそういうケースは多い)。

このように、ミスや事故の種はあちらこちらに散らばっていて、芽が出るまで気づかれないことが多い。芽に気づいたら放置せず、なるべく早くに摘みとる習慣をつけておくことも、事故予防のために大切である。今回の誤った引き継ぎに関しては、精神科主治医のルーキー先生に指摘しているが、ルーキー先生が動かないようなら指導が必要である。


今回読んだ本は、主に日本での失敗事例とその原因、改善のための考え方などが紹介してある。文章量はそう多くないので、ミスを防ぐことに興味はあるが分厚い本を読む気力も時間もないという人が「手始め」に読むのに勧めやすい。

2016年12月6日

すごくお勧めだが、読者に予備知識を与えたくない! 『ウォッチャーズ』

ウォッチャーズ(上)
ウォッチャーズ(下)

クーンツの小説を読むのは初めて。あまりに面白かったので、クーンツの他の本を検索したら、20歳のころによんだ『ベストセラー小説の書き方』が実はクーンツによるものだということを知った。ははぁ、縁、ですなぁ。

退屈させることのない緩急のバランスとれたストーリー運び、悪役も含めて魅力的な登場人物たち、きちんとおさまったラスト。どれをとっても俺好み。

そもそも、なぜ購入したのか忘れてしまったが、これは予備知識なしで読んで良かった! だから、これから読もうとする人の楽しみも奪いたくない。ストーリー知らずに小説を読み始めるなんて、ちょっとした冒険ではあるが……。

この勢いで、クーンツの小説を何冊か積ん読リスト入りさせてしまった。


20歳のころに読んで、ナルホドなぁと思うことは多かった。

2016年12月5日

非専門医にやさしい糖尿病の本 『ここが知りたい! 糖尿病診療ハンドブック Ver.2』


精神科に通う患者の中には、糖尿病を患っている人がけっこういる。統合失調症ではもともとの耐糖能に問題があるという説もあるし、抗精神病薬が影響していることもある。また、うつ病や躁うつ病での過食、一部の抗うつ薬による食欲増進も、糖尿病や耐糖能異常に関係する。

定期的な採血で糖尿病が見つかった人たちに内科受診を勧めても、「時間がない」「面倒くさい」「ここで(薬を)出して欲しい」と言われることも多い。このように、「精神科だけを受診している人」に対して、精神科医は身体面でも「かかりつけ医」のような役割を担わなければいけないときがある。そこで、糖尿病に関して良い本を探したところ本書を発見。

第1章で真っ先に、
実践的な糖尿病診療ハンドブックを目指したため、糖尿病の診断・分類・各種コントロールの指標・問診など通常の教科書に記載されている総論的な内容はあえて省略した。
と書いてある。この思いきりが素晴らしい。

登場する糖尿病治療薬については一般名だけでなく商品名も記載されている。これは非専門医にとっては非常にありがたい。日ごろ縁のない薬の一般名しか書いていないテキストは、高尚には見えるけれど、とっつきにくいものである。

内科一般医にとって有用なのはもちろんだが、外科系の医師にとっても『手術前後での血糖コントロール』と題して「周術期コントロールのエビデンス」「術前に把握すべきこと」「周術期血糖コントロールの実際」に分けて解説してあり、一読の価値があるのではなかろうか。

「オレンジ本」として、広く普及して欲しい一冊である。

2016年12月2日

災害急性期において、専門スキルのない人は「現地へ電話をかけない」「不用意に現地へ行かない」というのも立派な被災地支援である。 阪神・淡路大震災の渦中にいた若き精神科医による記録と考察 『心の傷を癒すということ 大災害精神医療の臨床報告』


大災害時には、さかんに「こころのケア」という言葉が使われる。PTSDという病名も、マンガやドラマ、ワイドショーなんかによく出てくる。では、大災害時に現地にいた精神科医は、そのときどのように動き、なにを考えたのだろうか、というのが本書の中心である。

PTSDを治療する側の目標は、患者が、
「外傷体験について考えることも考えないことも自由にできるよう助力すること」
であるという。決して「頭から消し去る」ことを目的とした「臭いものに蓋」治療ではない。「考えるか、考えないか」を自由に選択できるというのは、自分自身への自信につながる。その自信はこころの余裕を生み、余裕がまた自由度を伸ばしてくれる。こういう良い循環ができあがれば、援助者の役割はほぼ終わりと言える。

本書は精神科医によるPTSD論であると同時に、阪神・淡路大震災の被災者による被災記録でもある。当時の混乱した様子、悩みや憤りなでも赤裸々に綴られている。例えば当時の「ボランティア・ブーム」について、「乗り遅れてはいけない症候群」という指摘もある。現地で活動するある医師はこんな愚痴を漏らしたという。
「なに考えてるんやろ。“どうやってそちらに行くんですか”“地図がほしい”、ひどいのになると“迎えに来てほしい”“宿泊所を世話してほしい”という問い合わせがあるんや」
住むところがなくて大勢の人が避難所にいるのに、どうやって宿泊所を用意しろというのだろう!
地元のスタッフは、このような質問にひとつひとつ対処しなくてはならない。聞くほうは一回でも、答えるほうは同じ説明を何回もすることになる。
災害を病気に例えるなら、急性期、亜急性期、慢性期において援助者の役割は少しずつ異なる。急性期にはとにかく命を救い、亜急性期には後遺症を減らすことに努め、慢性期では安定した生活を目指す。急性期は、いわばICUでの治療のようなもので、専門外の人は邪魔になるだけのことが多い。災害の急性期も同じで、専門スキルのない人は「現地へ電話をかけない」「不用意に現地へ行かない」というのも立派な被災地支援になるということを知っておいて欲しい。

著者の安先生は、中井久夫先生が教授をつとめる神戸大学精神科での医局長時代に被災し、精神科ボランティアをコーディネートされた。その後、本書を執筆してサントリー学芸賞を受賞。このとき、まだ35歳過ぎである。ところが40歳になる年の5月、肝細胞癌が発覚し、同年12月2日、39歳という若さで他界された。次女が生まれて、まだ3日目であった。

本書には増補改訂版と文庫版がある。増補改訂版は、初版刊行後に本人が執筆した阪神・淡路大震災および災害精神医学に関する文章、中井久夫先生の追悼文などが追加収録されているが、精神医療に携わる人でなければ文庫版のほうで充分だろう。

精神科援助者として得ることの多い一冊で、東日本大震災での医療支援として南三陸町へ派遣される前に、この本に出会えていればと悔やまれる。

2016年12月1日

ヒヤリ・ハットを大切に!! (研修医時代の実話を紹介) 『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』

NICU(新生児集中治療室)での研修中、クベース(新生児を収容しておく機器)のフタを閉め忘れて席を外したことがあった。1分か2分で戻ったのでトラブルは起きなかったが、これはヒヤリ・ハットである。そこで、電子カルテのヒヤリ・ハット報告を自主的に記載していたところ、それを見つけた指導医から、

「病棟のヒヤリ・ハット担当の看護師に、一言断りを入れてから書くように」

と言われた。学生時代から医療過誤、ヒヤリ・ハットといったものに興味があって勉強していたので、指導医の言葉に「え!?」と固まってしまった。また、報告テンプレートでは、職種、勤続年数、所属病棟といったものを細かく記入しなければならず、名前こそ書かないものの、簡単に特定可能で、匿名性は皆無だった。さらに驚いたことに、月に2件以上のヒヤリ・ハット報告をした看護師は、「研修」と称して反省文のようなものを書かされていた。

こんなシステムでヒヤリ・ハット報告が集まるわけがない!

そこで、当時ヒヤリ・ハットを総括していた看護部長に改善を求めて院内メールを送ったところ、しばらくしてようやく返事が来た。内容は当たり障りのないもので、「改善に努めます」というものであった。その後、研修医を終えるまでの2年間で、ヒヤリ・ハット報告のテンプレートは一行たりとも変更されなかった。俺も、病院のそういう体質に嫌気がさしていたし面倒くさくなったので、それ以上は追求しなかった。

今回読んだのは、これ。

最悪の事故は小さなミスが積み重なって起こる、というのは一般論。本書ではもっと突っ込んである。「“後から見直す”と、たいていの大惨事は小さなミスが偶然に積み重なったものである」ことは確かだが、「小さなミスが積み重なっても、大惨事には至らないこともある」と指摘する。実際には後者のほうが大多数だが、起こらなかった事故はニュースにならない。だから、人知れずひっそりと忘れ去られる。俺がクベースのフタを閉め忘れたヒヤリ・ハットのように。そして、「事故を未然に防げたケース」をもっと尊重し、発生したミスを過小評価することなく、他職種・他業種であっても共有すべきだ、というのが著者の大切な主張である。

原発や洋上石油掘削基地、スペースシャトル、飛行機などの専門用語が出てくる。それぞれ簡単な図を用いて説明はしてあるが、いずれも門外漢には少々分かりにくかった。ただし、事故そのものを専門的に解説するのではなく、そこに潜むエラーやミスといったものを中心に語られているので充分に面白かった。