2017年3月31日

「適度に」合わせることの難しさ

無意識に相手の動作をマネる「ミラーリング」「反響動作」は、どの文化・国でも見られる。また、どの文化・国にも、その構成員で共有される一定の仕草がある。これらの反響・共有が不足したり強すぎたりすると、相手に奇異な印象を与える。「発達障害」といわれる人たちのコミュニケーションでは、こうした反響・共有の過不足があるのではなかろうか。

統合失調症の患者でも、「おはよう」と挨拶しているのに「こんにちは」と返ってくるなど、ミラーリング不足を思わせる場合がある。「発達障害」の概念がなかった時代に、発達障害の人たちが統合失調症として治療されていたことを考えると、両者のミラーリング能力には似ているところがあるのだろう。

「一緒にいて居心地が悪くなる人」というのは、このミラーリングや文化的仕草の共有を適度にできない人なのかもしれない。ここで「適度に」と書いたのは、ミラーリングや仕草の共有は、「皆無」も「過剰」も相手の居心地悪さを引き起こすからである。

あるアメリカ人がテレビで、「日本人が『ハーイ! ハワユー!!』みたいなノリで挨拶してくると戸惑う」と言っていた。テレビや映画で見て想像している「アメリカ流」に日本人が過剰に合わせようとした結果、相手の居心地が悪くなってしまうのだ。

どの分野においても、「適度に」という曖昧な基準を達成するのはわりと難しく、精神科患者や小児を対象としたSST(社会技能訓練)でも教えるのに苦労する部分ではないだろうか。これは単なる予想なので、近いうちに心理士に確認してみようと思う。

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