2016年7月6日

亡くなった人の見送りかただけでなく、自分の見送られかたまで考えさせられる 『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』


泣きながら読んだ。

通夜や葬式、火葬場の様子が簡潔ではあるが巧みに描かれていて、
「そうそう、じいちゃんが亡くなった時もこんな感じだったよなぁ」
なんて思い出して、泣けてしまった。

著者は母の遺骨を食べたいと思うのだが、実は俺も遺骨を食ってやろうかとチラッと考えたのだった。祖父には文字通り「目に入れても痛くない」くらいに可愛がられたのだから、きっと俺から食われても痛くなかろう、みたいな。

さすがに周囲がドン引きするだろうから食べなかったけれど。

俺の母も妻の母も、年齢的には体に多少の不具合があるのは当然で、病院で働く俺から見れば今のところ元気ぴんぴんだ。でも、今後は分からない。人の病気や死は、突然にやってくる。それは、祖父の脳出血によるポックリ逝去で痛いほど身にしみている。

そして、今はまだ「見送る側」としてばかり考えてしまうけれど、いつか「見送られる側」にもなる。その時に、家族から「遺骨を食べたい」と思ってもらえるような生き方をしよう。そんな変なことを考えてしまった。


ちなみに、この作者の本を読んでみようと思ったキッカケはこちら。
【漫画】情熱大陸への執拗な情熱

0 件のコメント:

コメントを投稿

返事が遅くてすいません。