2017年6月28日

不登校や登校しぶりの相談について

不登校や登校しぶりの相談について、
「いちは先生の外来を受けさせたいけれど、他の先生にまわされてしまう」
という話を妻経由で聞いた。これについて、不登校治療に関する考えと合わせて妻に語っていたら、できれば他の人にも教えたいから文章にしておいて欲しいと言われたので以下記載。

俺は児童思春期の専門ではないが、なんでもみないといけない状況なので、これまでずっと不登校もみてきた。いまも受診希望を断っているわけではない。ただ、予約なしの場合が多いので、
「何月何日の何時からであれば時間がとれるから予約を入れましょう」
と提案しても、「今日じゃないとダメ」「せっかく来たんだから」と当日希望する親御さんが多いので、それなら空いている先生にみてもらいましょう、ということになるだけである。

都会の児童思春期専門の精神科だと、予約が半年待ちということは珍しくないが、うちはせいぜい数日後である。そしてその「数日が待てない」ということは、子どもが不登校になってしまったことと底のほうで薄らとつながっているかもしれない。これはそれぞれの親御さんに、自分たちの姿勢を少し振り返ってみて欲しいところ。

さて、治療が始まって多少なりとも経過が良くて、学校に少しずつ行けるようになってくると、次回外来の予約をとるときに親御さんから、
「次は学校の授業が終わってからの、夕方4時過ぎでお願いします」
と希望されることが多い。しかし、俺はたいてい断る。

「この子はいま“不登校の治療”というとても大きな仕事をやっているところです。ちょっと学校に行けるようになったからといって気を抜いて、学校優先になって、治療という大切な仕事を二番目に格下げするのはもったいないのではありませんか」
「どうにか学校に行き始めた子にとって、“病院の受診”という大義名分で学校を休める一日はとても貴重な、こころ安らぐ時間ではないでしょうか」
「どうしても学校を優先してしまう、そんな学校第一主義のようなところが親御さんのほうにあって、もしかするとそれが今回の不登校とどこかでつながっているのかもしれません」

そんな話をすると、ハッとしたように何かに気づいて納得する親御さんもいれば、それでも「不登校が治ったのだから」と学校を優先させる親御さんもいる。そのあたりは教育観、人生観の違いもあるだろう。

先に書いたように児童思春期の専門ではないし、自らの治療技術の優劣は判断しようがないが、治療者の大切なポリシーとして、
「不登校はなおった、卒業もできた、でもその後はずっと引きこもり」
というよりは、
「あれこれ考え中退した、そしていまはアルバイトに精を出している」
のほうが良いと考えている。

不登校治療のゴールは「学校に行くこと」ではない。ではゴールはなにかというと、「自分に合った社会へのスムーズな“着陸”」である。学校卒業を「社会へ飛び立つ」と表現することも多いが、実際には、思春期・青春期はフラフラと危なげに空を飛びながら、自分に合った環境の着地点を探す時期である。

そして、不登校児と保護者へのサポートでもっとも大切なのは、「学校に行くことより、将来の着地点探しが重要」と気づいてもらうこと。これに気づくだけで一気に視野が開けて良いほうに向かう子や家族もいる。その次に大切なのが「一緒に考える」。一番最後にくるのが「医師のアイデアや知識を提供する」だが、与えてもらったアイデアや知識なんてものはたいてい現実味がなくて、子や親にも(そして提案した主治医にも)実現イメージがうまくわかないものである。だから不登校治療で主治医やカウンセラーに「具体的な答え」を求めるのは無益なことが多い。

「着地点について、一緒に考え、ともに探しましょう」

これに尽きる。

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