2016年10月31日

「数学者のイギリス滞在記」というより、数学者がイギリスでの生活で考えたあれこれのこと 『遥かなるケンブリッジ』


数学者・藤原正彦が、イギリスのケンブリッジ大学に1年間留学した時の滞在記。今回は妻と3人の子どもを連れての留学である。

アメリカ留学は単身だったのに対し、家族を伴っての留学では、自分のことだけでなく、妻や子どものことも悩みの種になる。特に次男がイジメを受けたエピソードでは、思わずこちらの胸が締めつけられるようだった。そんな次男が日本の幼稚園の同級生からもらった手紙の引用に、次男の哀れさと切なさとで目頭が熱くなってしまった。

藤原正彦による滞在記なので、単なる日記ではなく、日本やイギリスの文化について、それから自らの家族観についてなど、読みやすくて味わい深い文章で綴ってある。非常に魅力的な一冊で、同氏の本だけでなく心理学者である奥さまの書かれた本も追加購入してしまった。

<関連>
これは数学者による『深夜特急』だ! 『若き数学者のアメリカ』

2016年10月27日

死にたい女と死神が、短い言葉で語り合う 『わたしの優しい死神』


百聞は一見にしかず、というタイプの絵本。言葉であれこれ説明するより、写真を何枚か見てもらうほうが良いだろう。
見開きで60枚くらい。
特別に深いわけでもなく、かといってありきたりではなく、読む人の気分で受けとりかたが変わる不思議な絵本。

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2016年10月26日

落合博満によるコーチング指南 『コーチング 言葉と信念の魔術』


精神科医が、スポーツの監督やコーチから学ぶことは多い。これまで野村克也の本を数冊読んできたが、今度は落合博満によるコーチングの本を読んでみることにした。

文章量は多くなく、サラサラと読めたし、参考になることも多かった。ただ、サラッとしすぎていて、もう少し奥深くまで突っ込んで書いてあるほうが面白かったかもしれない。

読み終えるのに時間をとらないので、あまり読書時間のとれない人にはオススメ。時間が充分にとれる人であれば、他にも良い本がたくさんあるような気がする。

タイトルより著者名のほうが目立つ表紙というのも珍しいな……。

2016年10月25日

チベットを舞台に、よみがえったミイラが大活躍! 『転生』


チベットに安置してあるパンチェンラマのミイラがよみがえった!
少年ロプサンを主人公・狂言廻しとして、パンチェンラマのミイラが中国政府を相手に大立ち回りを演じるというドタバタ劇。

特にひねったストーリーではないが、中国とチベットの関係がうっすらと分かるような作品。チベットの人たちが漢民族を見下しているような発言をするシーンも多々あるし、中国人がチベットの人たちを徹底的に管理したり痛めつけたりする話も出てくる。決して一方的にチベットを支持する反中物語ではない。もちろん、誇張もあるだろうし、他国の人間には分からない事情もあるだろう。

ドタバタ劇なので、肩の力を抜きながら、中国とチベットの緊張関係に触れるという読み方で良いのだろうと思う。

2016年10月19日

Evidenceに疲れた頭に、Narrativeを 『医者が心をひらくとき A Piece of My Mind』


1980年からJAMA(アメリカ医師会雑誌)での掲載が始められたコラムのうち100編を選りすぐったもの。医師の視線だけでなく、看護師、ソーシャルワーカー、そして患者といった人たちの立場からのエッセイもある。

それぞれは短いので、読み始めるのにそんなに気合いは要らない。また、選りすぐりの100編とはいえ、いろいろなエッセイがあり、それぞれに好みがあるだろうから、全部をきっちり読まなくても良いだろう。実際、いくつかは読み流した。

良い医療のために、Evidenceだけでなく、たまにはNarrativeもどうぞ。

2016年10月17日

超一流の神経内科医であり、一流の作家でもあるクローアンズ先生が実際に携わった医療裁判記録 『医者が裁かれるとき 神経内科医が語る医と法のドラマ』


『失語の国のオペラ歌手』で一読惚れした神経内科医ハロルド・クローアンズ先生。

今回も臨床医学エッセイだが、現場は主に診察室ではなく法廷である。超一流の神経内科医であるクローアンズ先生が、神経内科領域の「専門鑑定人」として携わったケースについて、独特のユーモアを交えつつ、分かりやすく教育的に、さらには先の展開を読ませず最後に謎解きしてみせるミステリの要素も含みながら描いてある。

クローアンズ先生はミステリ小説も書いており、その本はアメリカでは新聞でも「今月の一冊」として紹介されたらしい。そういうストーリー・テリングの手腕をもった医師による医療法廷ドラマであるから、面白くないわけがない。

本書で改めてクローアンズ先生に惚れ込んだので小説も購入した。
『インフォームド・コンセント―消えた同意書』

<関連>
超一流の神経内科医が、患者の病気というミステリを解き明かす 『失語の国のオペラ指揮者 神経科医が明かす脳の不思議な働き』

神経内科に関する啓蒙的かつ刺激的な内容の良書! 『なぜ記憶が消えるのか』

2016年10月13日

「命はすべて平等」なんて大嘘です! 『医師の一分』


「命はすべて平等」なんて大嘘です。

本書の帯に、ズバリこう書いてある。

同じ著者の『偽善の医療』も面白かったが、今回も歯に衣着せぬ書きっぷりで非常に痛快だった。中でも、ちょっと考えさせられたところを引用。『命に上下は存在する』という章の、『「命の値段」を決めるもの』という項の話である。

著者が研修医として勤務していた救命センターは、時々満床近くになり、受け入れを制限するしかない状況があった。
そういう時、指導医は、電話番として消防庁からの救急要請を受ける私ら研修医どもに、「いいかお前ら」と指示をした。もちろん、「俺たちが引き受けた患者は助かる可能性が高くなる」ことを前提としたものである。
「労災は、受ける。自殺(未遂)は、断る。交通事故は、その時考える」
「その時考える」とは、暴走族が自分でどこかに突っ込んだ、というようなのは断る、という意味である。そしてこの先生は、いつも最後にこう付け加えた。「子供は、何があっても、受ける」
このようにして、「最大限の努力をして、助ける価値のある命」と「そうでない命」を分けることを、若き著者は当然と考える。これだけを抜き出すと、極論のように感じられるかもしれないが、全体を通して読めば……、やっぱり極論である。ただし、極論ではあるけれど、頷かされることの多い極論でもある。

読む人の立場によっては、
「おいおいそれはないだろう」
と言いたくなるところもあるかもしれない。そういうことも、きっと著者は了解済みである。そのうえで、敢えて極論を放つことで今の医療のあり方を問うているところに、潔さや矜恃、すなわち「医師の一分」を感じてしまった。

2016年10月11日

涙ぐみつつ勉強にもなった! 『救命 東日本大震災、医師たちの奮闘』


震災直後に駆けつけた医師の談話もあり、震災1ヶ月半後に派遣された俺とほぼ同じ感想なのが印象的だった。それはつまり、医療という視点だけから言えば、「意外に落ち着いている」ということである。

東日本大震災では津波被害がメインで、無傷で逃げ切るか、流されて亡くなるか。ほとんどこの二者択一で、阪神大震災のように外傷が多くて大混乱という状況とは異なっていたようだ。だから、救急を専門とする医師やDMATが駆けつけても、活躍の場がそう多かったわけではない。臨床能力よりも、薬や診療所の不足、医師の配置といった問題を解決するコーディネート能力が求められたようだ。

それからナルホドと思ったのは、病院の屋上に酸素や最低限の医療機器を用意しておくほうが良いという提言。ある病院では、災害時に患者であふれることを想定して、待合室や廊下にも酸素供給用のパイプを用意してあるそうだ。

こうした記述を読みながら、当院の「携帯電波が入らない」というのは大問題だと感じた。電波問題はだいぶ改善されたが、Wi-Fiもあったほうが良いのではないだろうか。災害時、電波はダメでもネットは生きているという状況もあるだろう。ついでに言えば、これからの世代では「外来の長い待ち時間もYouTube見ていたら大丈夫」という人たちが出てくるだろうし、苦情を減らすのにも一役買いそうな気がする。

読みながら、涙ぐんだり、勉強になったり……、良い本だった。ちなみに、海堂尊は監修のみで、最後に少しあとがきを書いているくらいである。他は署名ライターによるもので、それぞれの文章の質は高い。一つだけ質の低い文章があり、それは「新潮社取材班」によるインタビュー・構成であった。しっかりしろ!!



※米タイム誌が発表した2011年の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた医師・菅野武さんは、同僚先生の同級生だったそうだ。そこで、どんな人かを尋ねたところ、

「大っ嫌いな奴です。自己顕示欲が強くて」

とのこと。人の相性ってさまざまなんだなぁと感じた次第である。

2016年10月6日

レビューは真っ二つに割れているが、これは星3つが妥当だろう! 『各分野の専門家が伝える 子どもを守るために知っておきたいこと』


発売当初からAmazonレビューでは4.5以上と高評価だった本書。執筆者の中には、日ごろからネットで良質な情報発信をしている人たちの名前もあるし、良い本だろうと思っていたら……、ある日を境にガックリと低迷し平成28年10月5日時点で3.8。レビューは賛否両論となっていたので、どんな本なのか興味がわいた。

結論からいくと、星3つ。あら、俺も平均点を下げちゃった……。

一応書いておくと、決して内容が劣悪だったわけではない。むしろ良い内容だった。では、どうして星3つにしたのかを記しておきたい。

子育てに限らず、世の中には大きく分けて科学派と神話派がいる。ここでいう「神話派」とは、ギリシア神話とか古代神話とかの「神話」ではなく、根拠のない口伝や都市伝説のようなものを真に受ける人のことで、言葉の響きでそう呼ぶだけである。また、もちろん、科学派の中にもオカルトを少し信じる人もいるし、神話派にも科学的であることを大切にする人はいる。だから、あくまでも、大きく分けて、ということだ。

本書は、子育てに関して、まだそうした「属性」の定まっていない中立派の新米パパ・ママがターゲットになっている。決して、神話派の人たちを科学的に説得して鞍替えさせようとするものではない(もしそういう意図があるのなら、あまりの弱さに星1つである)。

すでに、ある程度「科学派」である自分にとって、内容に目新しいことはなかった。それどころか、
「神話派の主張のおかしなところを取り上げて、新米パパ・ママの助けになろうとしている本なのに、そんなに曖昧で、むしろ神話派が持ち出すような論理展開で良いのか!?」
とツッコミたくなるような部分もあった。

一例をあげよう。「玄米菜食が一番いいって本当?」というパート。
お米は健康に悪影響を与える「無機ヒ素」の多い食品でもあります。無機ヒ素は、国際がん研究機構の発がん物質についての研究で、明確に発がん性が確認された物質です。無機ヒ素は、特に糠の部分に蓄積されるので、玄米食ばかりだと過剰摂取になる恐れがあります。
間違ったことは書いていないが、別の物質について神話派がこのような話を持ち出すとき、科学派は必ず「量の概念が大切だ」と反論する。「塩も砂糖も、水さえも、とりすぎれば有毒なのだ」と。だったら、玄米食についても、「玄米食ばかりだと過剰摂取になる恐れがあり」なんて曖昧な表現は許されないはずだ。1日何合の玄米食をとることで、無機ヒ素の摂取がこれくらいになり、発がんリスクがこれくらい上がるということを示さないと、とかく不安を煽りたがる神話派の主張と大差ないではないか。

これが星を下げた理由の一つ。

科学的なものを好むか、神話的なものに親しむか。それは知能の問題ではなく、「好み」である。親の好みが子に影響するのは仕方ない部分もあり、悪影響が強すぎると子どもは可哀想だが、多少の「科学からの逸脱」くらい放置でかまわないだろう。本書でも取り上げられている「江戸しぐさ」「水の記憶」などは、バカみたいだと思うが、やり玉にあげるほどのことでもない。

このように、本書は科学派には物足りず、神話派の考えを変えるにはパンチ力に欠ける。全体的に、帯に短し襷に長しなのだ。だから、すでに科学派である人は敢えて買う必要はないし、神話派の人が買っても考えは何も変わらないだろう。それから、正直なところ、テーマによって内容が玉石混淆でもある。同じ著者でも、あるテーマは切り口鋭く、別のテーマではちょっと弱い、ということもある。だから、星3つにした。

だいたい、こんなにシンプルな内容にしてはタイトルが大げさなんだよな……。こういう手法も神話派が好むやり方じゃないか……。

とはいえ、初めての子どもが生まれる、あるいは初孫が生まれる人にはお勧めしたい本ではある。

2016年10月4日

安さの裏にある犠牲に気づけ! 『ウォルマートに呑みこまれる世界』


日本ではあまり有名ではない(?)ウォルマート。アメリカでは系列店を4000店舗以上も展開し、あらゆる業種を含めてアメリカ一の売上高を誇る企業である。ちなみに日本では431店舗(平成28年10月3日時点)もあるが、田舎暮らしの俺は一店舗も知らない。

さて、そのウォルマート、とにかく安さ重視。本書冒頭の逸話が面白かった。かつてアメリカでは、制汗剤が箱に入れて売られていたが、ウォルマートが製造業者に「箱なし」で作るよう注文をつけた。どうせ箱はすぐに捨てられるし、そもそも購入者は必要としないだろうと考えたからだ。箱を作らないぶん、製造コストは下がる。その浮いた利益の半分は製造業者がもらい、残り半分をウォルマートがとる、のではなく顧客が受ける。つまり安くなる、ということ。

これはすごく納得のいく話であり、かつウォルマートが「顧客のための値下げ」に真摯であることの証明のように見える。しかし、それから時代は進み、ウォルマートはアメリカ一の大企業になった今でも値下げを追求している。それは製造業への締めつけにつながり、悪影響はそこで働く人たちの生活に及んでいる。特に海外、発展途上国の工場は職場環境が悪いことが多く、低賃金で、国によっては児童労働さえも行なわれていることがある。

こういうことを知ると、日本はどうなのだろうかと考える。100円均一、子ども服の西松屋やバースデイ、その他の安い商品は、どこの国のどんな環境のもとで、どういう人たちが働いて作ったものなのだろう。誰かが搾取されているのだろうか。それとも、そんなことは心配のしすぎで、みんながハッピーなWIN-WINの関係なのだろうか(とてもそうとは思えないが)。

誰かが泣きながら作った食材を、我が子に食べさせたいとは思えない。誰かが悔しさを噛みしめながら縫った洋服を、我が子に着せたいとは思えない。先進国に生きる我々は、自分たちが購入する安い商品が、どこでどう作られているのかに少しだけでも注意を向けるべきなのだろう。

翻訳は非常に読みやすかったし、ウォルマートの野心的な活動・発展ぶりにも興味がもてたし、また安さの裏に何があるのかを改めて考えるキッカケにもなった。以前に読んだ『ファストフードが世界を食いつくす』もテーマは同じだ。両方ともすごく良い本でオススメ。

2016年10月3日

プロ野球「ドラフト1位」という人生の“その後” 『第一回選択希望選手 選ばれし男たちの軌跡』


いわゆる「ドラフト1位」の人たちが、その後どのような人生を送ったのかを追いかけたルポ。全部で6人の生き様を描いてあるが、そのうち一人も知らなかった。それもそのはず、そもそもプロ野球チームの名前をすべて把握していないくらいのプロ野球音痴なのだ。それでも面白いと思えるのは、「実在する人の生きかた」を知るのが好きだから。

一応、今回のルポに登場してきた選手の名前を羅列しておく。松岡功祐、荒川堯(アラカワタカシ。この人は別の本でも扱われていて、あまりに衝撃的だったので覚えていた)、木田勇、森山良二、富岡久貴、田中一徳。

野球そのものの話は添え物程度で、メインは生き様や考え方なので、野球ファンでなくても楽しめると思う。