2012年1月7日

音楽にも演技をさせた!! 『英国王のスピーチ』

面白かったし、ネットでの評判も良い。だが、劇中で使われた曲について、意外にも指摘が少ない。


最後のスピーチ場面。
ベートーヴェンの交響曲第7番第2楽章が流れるのだが、この曲を聞きなれた人には違和感があったのではないだろうか。俺は、カラヤン、クライバー、それから他の指揮者数人のものを聴いたことがあるが、冒頭の和音が2度繰り返される演奏は一度も聴いたことがない。映画を観ながら、
「あ、この曲はベートーヴェンの……」
と思ったところで、和音が2度繰り返され、
「あれ? 違ったかな……」
と混乱しかけ、でも結局やっぱりベートーヴェンだった。

なぜ和音を2回も繰り返したのだろうか。

それは、この場面で、音楽にも吃音(のようなもの)を演じさせたからだ。主人公であるジョージ6世の演説開始に合わせて、音楽にも、どもらせている。聴きなれた音楽も、最初がどもったら聴き手は一瞬だけ混乱する。しかし、その先で比較的安定していれば、きちんと音楽として聴ける。もとが名曲なら、拙い演奏であっても素晴らしいと感じることがある。たとえば結婚式で家族が弾くピアノなら、下手でも涙がこぼれる。

言葉だって同じだ。
発音や発声がすべてではない。誰が話すか、そこにどんな想いをこめるかが、いちばん重要な時がある。それが、あのときのスピーチだったのだ。ジョージ自身が吃音を克服したことも大切だが、それよりも、あの演説が国民にどう伝わるかが重要な場面。そこに流れる、吃音的に編曲されたベートーヴェン。

さらに。
この部分の映像と通常の演奏を並べてみる。
特に前半部分を聴き比べて欲しい。





サントラの方はスローテンポで、前半は音も弱い。演奏者たちがうつ向いておそるおそる演奏しているような、自信なさげな感じがある。それがだんだんと自信をつけていき、3分ころから音が太くなる。そして最後はしっかりまとまった、胸を張ったような演奏になる。さらに言えば、最後の最後の弱音部分、演奏を終えてホッとしたような雰囲気さえ出ている。ジョージ6世が演説を始めて終わるまでの心境に合わせて、音楽にさえ演技をさせている。

この音楽は、監督によるジョージ6世のメタファー(暗喩)だったのだ。

以前にも何度か書いたが、映画音楽は単に場面を盛り上げるためだけに使われるのではない。監督なりに、そこに込めたい想いがあるはずだ。それは、『シャッター・アイランド』のレビューでも書いた。

では、映画の最初のほうで、ジョージ6世がヘッドフォンをして本を朗読する場面はどうか。あそこで使用されていたのはモーツァルトの曲だ。モーツァルトは作曲のときに楽譜の書きなおしをしなかったと言われている。頭に浮かんだ音楽を、すらすらと楽譜に書き写すだけなのだ。その伝説の真偽はともかく、頭に浮かんだ言葉を発声するのが苦手なジョージ6世が、ヘッドフォンをつけて淀みなく本を朗読できる場面に、大音量で流れるモーツァルト。バッハでも、ブラームスでも、シューベルトでも良かったはずなのに、あそこで監督が選んだのはモーツァルト。

もっと言うなら、モーツァルトの時代、音楽は王侯貴族のものだった。それをベートーヴェンが大衆庶民の身近なものへと敷居を下げた。映画の前半、言語療法士であるライオネルとの初対面時点では、ジョージ6世は自らを貴族であると強く意識をしていた。ライオネルとの親交が深まっていき、最後には友人として接する。貴族音楽のモーツァルトを使った前半の重要場面、大衆音楽のベートーヴェンを流したクライマックス。そして、エンドロールで流れたのは、やはり貴族音楽のモーツァルトだ。スピーチを終え、英国王としての自覚を持ったジョージ6世を見事に表している。監督が好きな曲を適当に選んだとは思えない順番である。

最後に、ドイツとの戦争に向けて国民を鼓舞する英国王の演説という場面で、なぜドイツの作曲家ベートーヴェンの音楽が選ばれたのか。そこはさすがに疑問を感じた人もいるようで、ネットでは、音楽に国境はないし、普遍的に良いものは良いから、という人がいた。確かにそうだ。しかし、俺は少し違った風に考えている。

ポイントは二つ。
まず一つは、56歳で亡くなったベートーヴェンは、その生涯のうち35年間をオーストリアで生活したということ。
もう一つは、ベートーヴェンが、ドイツ諸邦が争うことで国民の自由がないことを嘆き、ナポレオンを「自由の英雄」として讃えていたということ(最終的にはナポレオンを見限るが)。ただ、ここらへんになると俺の大の苦手である歴史的な知識も必要になってくるので、歴史に詳しくて、この映画に感動して、かつクラシックも好きだという人が考察する方が良いだろう。


一度鑑賞した人も、今度は音楽に着目(着耳?)して再鑑賞してみると、ここに書いた以外のいろいろなことに気がつくかもしれない。そのときには、ぜひ教えて欲しい。

オススメの映画である。


<追記>
後輩が本作で『皇帝』が使われたことについて考察していたので、ほぼそのまま引用しておく。
楽曲にベートーベンが選ばれたのはベートーベンの孤独と王の孤独が重なっているのかなぁ……と。場面的には「皇帝」ではなく「英雄」でも良かったと思うのです。どちらも変ホ長調ですから雰囲気は同じかと。
しかし、皇帝。
この曲がチョイスされた理由は、ピアノ協奏曲第5番が作曲された時代にあるのではと考えました。この曲が作曲されたのは1808〜1810。ウィーンがフランス軍によって攻撃され、ウィーンから貴族が逃げ出していく。そんな中、自身の病、師匠であるハイドンの死…戦いつつも音楽と向き合っていく……。ベートーベンは孤独だったのではないでしょうか。
なので、映画の中で孤独を感じていた王とベートーベンを重ね、あえてのベートーベン、しかも「皇帝」チョイスなのかなぁ……。

4 件のコメント:

  1. うわぁw自分がすんごい賢い子にみえます(笑)

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  2. >あっこ
    本当はできる子ですよ(笑)

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  3. ベートーヴェンの楽曲起用はやっぱ違和感覚えますよね・・・

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    1. >匿名2014年9月5日 21:39さん
      こうやってみると、映画と音楽のつながり、面白いですよね!

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