2019年2月28日

強すぎる主人公を安心して眺める映画 『イコライザー』


ホームセンターの従業員として、皆から慕われ穏やかに生活する主人公のマッコール。実は、元CIAエージェント、それもかなり凄腕。

というベタベタの設定からスタート。

行きつけの深夜営業レストランで親しくなった少女がロシアン・マフィアに売春させられて、ひどく殴られたことをきっかけに、「世直し」に乗り出すようになる。

というベタベタな展開。

最初から最後まで、徹頭徹尾ベタベタで、深みゼロという映画なのに、なぜか俺はこの映画が好きで、続編も絶対に観ると決めている。

というのも、この映画の主人公マッコール、強すぎるのだ。ピンチがほぼない。『ランボー』の現代都市版といった身体と精神と頭脳のタフさで、敵を一切寄せつけない。彼のド派手な勧善懲悪を安心して眺めていられるのが、この映画のウリだろう。

続編を観るのが楽しみだ。

2019年2月22日

読み手を選ぶかもしれない短編集 『いまひとたびの』


ぐいぐいとドラマチックに引っ張っていく展開の小説に慣れると、こういう淡々とした物語に、なんとなくもの足りなさを感じてしまう。それなのに、なぜか最後まで読み終えた。

登場人物は俺より一回りほど上の男性ばかりで、彼らの人生の一部を切り取って描いた短編集。生と死にからめて、少しだけファンタジックな要素の入ったものもある。おそらく若いころに読んでも、そんなに面白いとは思わなかっただろう。43歳になったいまだからこそ、なんとなく分かる感情、心情。そういうものが描かれていた。

小説の世界に、そっと手を引いて連れて行ってくれるような、そんな本だった。

2019年2月21日

ナルホド! 納得! 動機づけ面接!! 『医療スタッフのための動機づけ面接法 逆引きMI学習帳』


相手と自分の考えが異なるとき、相手の言動を正そうとする「正したい反射」(Righting reflex)が起こる。この反射の結果、相手の言動はたいてい正されず、むしろ強化される。

こちらは「酒をやめさせたい」と考えているのに、相手が「酒はタバコより体に良い」と言ったとする。思わず「いや、最近の研究では……、それに程度問題もあるし……」など修正したくなる。ところが、この「正したい反射」を受けた相手は「研究ではそうかもしれないが~、それに程度の問題と言ったって~」と反論し、逆に飲酒行動が強化されてしまう。

医師はこうした「正したい反射」をグッと堪えないといけないが、だからといって、それは「放置」を意味するのではない。

では、どうすれば良いのか。その答えが「動機づけ面接」であり、どうやれば良いのかが本書に分かりやすく書いてある。

たとえば、生活習慣の改善を提案するとき。

「生活習慣の改善として、お酒を減らした人、禁煙した人、運動を始めた人がいます。どれができそうですか?」
「うーん、運動なら少しできそうかなぁ」

このように、3つ以上の選択肢を示すのが原則で、こうすることで相手が能動的に選択肢を吟味する。ところが、これを1つずつ提示するとどうなるか。

「お酒を減らすのは?」
「付き合いがあるし……」
「禁煙は?」
「いやー、周りもみんな吸っているし……」
「運動は?」
「時間があまり……」

受け身になり、それぞれに「できない」理由を探してしまう。

また「禁煙は?」と尋ねるより「禁煙した人もいる」という具合に、他人の例として挙げるのも効果的である。

ここで紹介したのはごく一部で、本書にはもっとたくさんの「ナルホド!」が詰まっている。「医療職のための」と銘打ってはあるが、家族や友人関係にも応用できる考えかた、姿勢を学ぶことができる。もちろん、医療職にとっては非常に有意義な内容だ。

オススメ!!

2019年2月19日

「片付けの本」ではない! 「物との付き合いかたを見直し、考えるキッカケを与えてくれる本」だ! 『人生がときめく片づけの魔法』


いま、アメリカで大ブレイク中らしいコンマリさん。

ほんまかいな、ホントにそんな良いのかな、と半信半疑で読んでみたら……、この本、名言のオンパレードじゃないの!!

かなりなめていた。こりゃアメリカで人気が出るのも頷ける。

これは「片付けの本」ではなく、「物との付き合いかたを見直し、考えるキッカケを与えてくれる本」である。

引用しようと思いながら付箋をペタペタ貼りながら読んだが、俺が引用するまでもなくAmazonレビューが大量にあるので省略。

読んで良かった。名著!

2019年2月18日

ドラフト外からトップ選手へ! 『ドラガイ』


プロ野球には全く興味がないのに、選手たちの人生に迫るノンフィクションはこれまで何冊も読んできた。もちろん、出てくる選手たちの名前もほとんど知らない。それでも、彼らの生きざまには惹きつけられるものがある。球場以外でも人の心をつかむ彼らは、まさに「プロ」である。

本書はドラフト外で入団した選手たちの人生を描いている。全部で7人。それぞれの分量は多すぎず、少なすぎず、適度で読みやすかった。欲を言えば、もう少しドラマチックなエピソードが豊富だと良かったかもしれない。ただ、そういう色気を出さないことこそが、著者の「ノンフィクション作家としての矜持」なのかもしれない。本書の帯を見て、ふとそんなことを考えた。

野球ファンにはもちろんお勧め。

2019年2月15日

『シックス・センス』と『コンスタンティン』を足して割ったような映画 『オッド・トーマス 死神と奇妙な救世主』


ブルース・ウィリス主演『シックス・センス』キアヌ・リーブス主演『コンスタンティン』を足して割ったような映画。とはいえ、二番煎じ、三番煎じといった感じではなく、テンポのいい展開、小気味いいカメラワーク、ちょっとしたジョーク、独自の世界観、登場人物の好感度の高さなど、良いところが多々あり、非常に面白い映画だった。

ちょっと惜しいのは、ミステリ要素がやや単純で、そこをもう少し複雑にして欲しかった。

エンドロールで原作がクーンツであることを知り、それなら原作も読んでみようと思っている。邦訳は4冊出ているようだ。

2019年2月14日

スーパーノーマルなピカード艦長を知る一冊 『自叙伝 ジャン=リュック・ピカード』

診断 アルコール依存症

50代男性。実家は酒造を営んでおり、6歳上の兄がいる。幼少期から兄との折り合いが悪かった。また、その兄を父が可愛がり信頼しており、父や兄に対しては疎外感を抱いてきた。この感覚は成人以後も続いた。
一浪して東京大学へ進学したが、父からは一言も褒められず、むしろ冷ややかな反応を受けてしまった。帰省するたび、父や兄との確執は深まるばかりであったが、母との関係は良好だった。
父の死後、本人にあてた唯一の遺品である箱を開けると、中には東京大学不合格の通知が入っていた。自分が一浪したときの不合格通知を保管してあったのかと思ったが、よく見ると、亡くなった父が何十年も前に受験して不合格だったときのものであった。父が、東大に合格した自分に対して、密かに嫉妬していたことを知り衝撃を受けた。
警察庁にキャリアとして就職したが、配属先では野心が仇となった挫折を味わい、また自らのミスによって腹心の部下が刺殺されてしまうという事件もあった。

以下略。

と、ここまで書いて、アルコール依存症になるのも頷ける生育環境とキャリアだな、と感じてしまう。しかし、これはもちろん架空の病歴で、もとは『スタートレック』の有名艦長・ピカードの自伝を日本風にアレンジしたものだ。そして、ピカードはアルコールに溺れることはなかった。


機能不全とも言えるような家庭で育ち、キャリアでは挫折し、部下を死なせ、それでも折れなかったピカードは「スーパーノーマル」と言える。おそらく、彼に変わらぬ愛を注ぎ続けた母の存在が大きいのだろう。

スタートレックを改めて観たくなる本。

2019年2月12日

医療者も、学生も、一般の人も、薬と正しく向き合うために! 『新薬の狩人たち 成功率0.1%の探求』


19世紀半ば、出産後の死亡率は自宅よりも病院のほうが高かった。医師のセンメルヴェイスはこれに疑問をもち、産科医の手洗いを徹底させた。それまで、医師は死体解剖などで汚染された手を洗うことなく出産を介助していたのだ。医師の手洗いによって、産褥熱による妊婦死亡率は18%から2%に激減した。

これは医学部でも教わる超有名な話で、センメルヴェイスの優秀さを感じさせるエピソードである。ところが、この話には続きがある。当時、細菌はまだ発見されておらず、センメルヴェイスの説は医学界にまったく受け入れられなかったのだ。失意の彼は酒に溺れ、ついには精神病院に入れられてしまう。そして、病院からの脱走を試みたさいに監視人から殴られ、そのせいで40代半ばで死亡してしまったのだ。

知らなかった……。そして、なんという不遇……。

このように、「これ知ってる!」と思うような、現代では「成功エピソード」として語られている物語にも、そのさらに奥には挫折や屈辱や不遇があったという裏話が満載の本である。

医師、薬剤師、そしてこの二つを目指す学生は必読だ。仕事で日々処方する薬がどのようにして発見され、無視され、あるいは嘲笑され、再発見され、臨床に採用されるに至ったか。薬の歴史を知ることで、処方薬だけでなく製薬会社との向き合いかたもきっと変わるだろう。

それから、意欲的な化学系学生にも読んでみて欲しい。きっと探求心が揺さぶられるはずだ。そして、まだまだ治せない数多くの病気に苦しむ人たちを救うべく、野心的で優秀な人材が創薬の世界に飛び込んでくれることを期待する。

さらに、一般の人にもお勧めだ。自分たちの内服する薬が、いかに「曖昧な起源」から出発したか、そして、未だに不確実な部分が多々あるのだということを理解しておくのは、医療や薬との付き合いを考えるうえで大いに役立つだろう。

※「センメルヴェイス」の表記は本書に準じた。

2019年2月8日

いまいち入り込めずに終わってしまった…… 『一刀斎夢録』


『壬生義士伝』『輪違屋糸里』の二作が傑作だったので、三部作の最終章としてかなり期待して読み始めた。上巻はかなり入り込んで読めたのだが、下巻になってから、なんとなくトーンダウン。作者のご都合主義に巻き込まれていくような気持ちになっていき、釈然としないまま読み終えてしまった。

2019年2月5日

認知症の人を介護する苦しみや嘆きを巧みにすくいとった小説 『恍惚の人』


1972年の作品。
84歳で「恍惚の人」(認知症)となった茂造を介護する主人公・昭子や夫の信利は戦争経験者であり、信利は出征もしている。こういう設定なので、主人公らに感情移入しにくいかと思いきや、なんのその。人のこころとは、時代が変わっても、そう大きくは変化しないもののようだ。

45年近くも前の小説なのに、主人公らの苦しみ、社会制度への失望や嘆きは、いまとそう変わらない。さらに、会話の調子、文章のテンポ、心情描写のどれもが素晴らしく、脚本家がこのまま現代ドラマにしても通じるようなものだった。

普遍的なものをつかみとって小説として遺した有吉佐和子のセンス、力量にほとほと痺れてしまい、彼女の小説は他のものも読まずにはいられなくなってしまった。

2019年2月4日

パクリかと思うほどの既視感 『孤狼の血』


!?

なんだろう、この既視感は……。
と思ったら、佐々木譲『警官の血』で同じような話を読んだのだった。『警官の血』のほうがより重厚で、分量も圧倒的に多かったけれど。だから、本書は『警官の血』をより読みやすくライトにした焼き直しという印象になってしまう。
文章はきれいだし、会話の雰囲気も良いので、『警官の血』を読んだことがなく本書だけを読んでいたら、それなりに面白いと感じたかもしれない。
かなりの人気作ということで期待しすぎていたせいもあり、ちょっとガッカリ。

<関連>
警察官になれる年齢の人は読んじゃダメ! 『警官の血』

2019年2月1日

「声」を意識してみよう! 『声のサイエンス あの人の声は、なぜ心を揺さぶるのか』


精神療法では、「なにを言うか」ではなく「どんな声で言うか」が大切だ。

大御所の先生がそう仰っていた。

有名な精神科医であるサリヴァンも、
「Verbal therapy というものはなく、Vocal therapy があるのだ」
というようなことを言っていたらしい。これは、分かる人には分かる、ピンとくる説明である。

さて、本書では、各国の発声の違い、日本で好まれる声、聴覚フィードバック、有名歌手の声の分析など面白い話題を利用しながら、「声」について述べてある。それぞれ面白くはあるのだが、参考文献が記載されていないなど気になる点はあった。これは著者の主観じゃないかなぁ、と感じる部分もある。

とはいえ、「声」を意識する良い機会にはなった。これまで「声」には気を遣っているつもりだったが、録音して練習するというようなことまではやってこなかった。録音しないでやる声の練習はきっと効果も薄いだろう。それは、鏡やビデオでフォーム確認しないままだとスポーツが上達しないのと同じだ。

そういうわけで、スマホにボイスレコーダーアプリを入れた。

公私ともに、声に気を配ってみたい人にオススメ。