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2017年4月29日

絶対感覚戦隊アルティメット

絶対音感レッド。
彼はメジャーだからリーダー。特記事項なし。 平凡。

絶対重量感イエロー。
物の正確な重さが見ただけで分かる。よく食べる。自分の体重は分からない。

絶対温度感グリーン。
物の温度、外気温などが正確に分かる。摂氏ではなく華氏であらわすことにこだわりがありウザイ。

絶対距離感ピンク。
正確な距離を把握する。物の長さも分かる。人との距離をとれなくて、相手、特に男性を戸惑わせる。

絶対色覚ブルー。
色の正確な波長を認識する。メンバーのコスチュームの色使いへの注文が細かい。

一匹狼のはぐれ戦士、絶対時間感覚ブラック。
戦隊の長時間労働に嫌気がさして抜け出した男。とはいえ正義感は強く、悪、特にブラック企業と戦うことに熱意を燃やす。

絶対時間感覚ブラックは絶対距離感ピンクに惚れていて、口説き文句は常に、
「君と僕とで愛の速度を測ろう!」

2017年2月15日

持ち帰れないチョコ

若い看護師が診察室にきて、恥ずかしそうに顔を赤くしながらチョコを置いていった。

普段から仲良くしている看護師なだけに、困ったなぁ、妻になんて言おうと悩んだ挙句、やっぱりこれは受け取れないと決断した。

本人しかいない時を見計らって、

「ごめん、嫁さんに怒られるわ」

と返すと、

「いや、それ僕も妻に怒られそうで持ち帰れないので、先生もらってくださいよ……」

2016年9月9日

スマイル抜きで

「スマイル抜きで」

そう注文されたことがある。

二十歳のころ、福岡のマクドナルドでアルバイトをしていたときの話だ。

大学入学してすぐの五月。正式に採用される前の試用期間で接客の練習をやらされたが、どうにも自然に笑うことができなかった。ただ、一応の愛想笑いができたことと、人手不足だったこともあってか、本採用ということになった。

最初はガチガチだった俺も、レジ打ちなどは徐々に慣れていった。しかし、どうしても笑顔が難しかった。
「いちは君、笑顔は笑顔なんだけどねぇ。もう少し自然さが欲しい」
店長からも数回指摘された。

そんなある日のこと。レジに並んだスーツ姿の若い女性から、
「テリヤキバーガーセット、スマイル抜きで」
という注文を受けた。
「お飲み物は何になさいますか?」
と笑顔で尋ねたら、真顔で、
「スマイル抜きなんですけど」
と言われ、非常に困った。

商品を渡す時も、いつもの癖で笑ってしまった。
「スマイル抜きって言ってるじゃないですか。すいませんけど、店長呼んできてください」
俺は笑顔が凍りついてしまった。真顔と笑顔の中間でスタッフルームへ向かい、店長を呼んだ。
「スマイル抜きって頼まれたお客様に笑顔で応対してしまって……。 なんとなく怒らせたみたいで、店長を呼んでと言われました」
机で作業していた店長も表情を固くしてレジに向かった。

レジでは、さっきの女性が待っていた。 その女性を見るなり、店長が、
「えっちゃん、ひさしぶり~!!」
と言った。
「店長、おひさしぶりです~」
“えっちゃん”と呼ばれた女性は、満面の笑みでそう答えた。
「新人君みたいだったんで、からかってみました。笑顔も固かったし」
俺はホッとして、体の力が抜けた。店長が俺を見て笑っていたので、俺もつられて笑った。
「その笑顔だよ~、新人君」
“えっちゃん”も笑っていた。

後から知ったのだが、“えっちゃん”はエツコさんで、就職を機にアルバイトを辞めた先輩だった。エツコさんも入りたての頃は笑顔が固かったらしい。彼女は、店長や古株の先輩たちと仲が良く、「スマイル抜き」事件の後、バイトの飲み会に何回か参加した。

そうこうするうちに、俺とエツコさんは仲良くなって、友人とも、恋人とも、姉弟とも言えないような関係になった。俺は大学での出来事を相談したり自慢したり、エツコさんは仕事について熱く語ったり愚痴をこぼしたりした。週に二回くらい会っては、そういう時間を笑いながら過ごしていた。

その年のクリスマスはエツコさんと過ごしたし、初詣にも二人で行ったけれど、男女の仲にはならなかった。エツコさんは、いつも笑っていた。

翌年、二月の最初。エツコさんが東京に転勤することが決まった。やりたかった仕事に一歩近づけるらしい。その日は、二人して笑顔で乾杯した。

バレンタインデーも、ホワイトデーも、一緒に笑って過ごした。そして、三月末、とうとうエツコさんが東京に行く日になった。

博多駅、新幹線のホーム。

乗車口に来るまではお互いに色々と明るく話していたけれど、新幹線のつるっとした姿を目の前にすると、エツコさんが遠くに行ってしまうという実感がわいた。会えなくなるわけじゃないだろうけれど、会わなくなるだろうと思った。

新幹線に乗る直前、エツコさんが俺に右手を伸ばした。
「握手!」
初めて握るエツコさんの手は意外に温かかった。そして、エツコさんは、手に力を込めて言った。
「バイバイって言って。スマイル抜きで」
初めて見るエツコさんの泣き顔。スマイル抜きでと注文されたけれど、俺は自分なりに最高の笑顔を作って答えた。
「バイバイ!」

新幹線の窓に映る俺の顔は、最低の泣き顔、スマイル抜きだった。

2016年4月22日

泣いて笑ってホームレス

ホームレスのゲンさんと過ごしたのは一ヶ月くらいだったろうか。

当時、俺は福岡の大学に通う学生だった。一眼レフのカメラにはまっていて、フォトジャーナリストを目指していた。アフガニスタンなどの写真を撮って活躍していたカメラマンの長倉洋海に憧れていた時期でもある。フォトジャーナリストへの第一歩として、まずはホームレスの生活に密着し、写真を撮らせてもらおう。そんな、軽い考えだった。

正直に言おう。ホームレス生活など、一週間ももたない。俺がホームレス生活をしたのは、せいぜい三日。あとは自分の家に帰り、シャワーを浴び、暖かい布団で眠った。冬だったのだ。寒くてたまらなかった。フォトジャーナリストを目指すとは言ったものの、段ボールで生活するほどの気概もない、半端者だったのだ。なるべく密着、それで一ヶ月間。それが、俺の限界だった。

ゲンさんは、愛想が良かった。酒の飲めないゲンさんは、酒なんか飲まなくても表情が柔らかな人だった。だから、俺はまず取っ掛かりとしてゲンさんを選んだ。ゲンさんは二つ返事で肩を組んでくれた。俺の服は汚れた。

ゲンさんは、犬を飼っていた。薄黄色の短い毛並みの子犬だった。近くで拾ってきたらしい。ケンと名付けられた仔犬は、人なつこかった。ゲンさんの犬がケン。ネーミングセンスには苦笑した。

ケンはカメラが好きだった。というより、シャッター音がケンのツボにはまったのだろう。ゲンさんの写真を撮ると、ケンがカメラに飛びつく。笑いながらゲンさんがケンを抱きかかえる。シャッターを切ると、ケンが嬉しそうにゲンさんの腕を飛び出して、俺のカメラに飛び掛ってくる。ゲンさんが歯の欠けた笑顔で言う。
「家なしのケンを、弟子にしてあげてよ」
ケンは、汚い舌で俺とカメラを舐めまくっていた。

俺がケンにお菓子を買っていくと、
「ダメばい、人間も犬も、甘やかしたらダメになっけん」
そう言って、ゲンさんは俺からお菓子を取り上げた。そして、次のセリフは決まってこうだ。
「ばってん、甘えることを知らんちゅうとも、可哀そかけんね」
そして嬉しそうにケンにお菓子を与えるのだった。俺は、ゲンさんセコい、と何度も思った。

ところで、ホームレス生活者には、犬を飼う人が多い。猫を飼う人はあまりいない。路上で生きる寂しさは、猫では紛れないのかもしれない。たくましく生きているように見えても、寂しさを抱えていない人は、皆無だ。

いや、そういえば、一人だけ、ツヤ子さんがいた。ツヤさんはホームレス生活にまったく寂しさを感じていないように見えた。ツヤさんにとっては、道行く人全員が親戚のようなものだった。目の前を通り過ぎていく人たちに、「行ってらっしゃい」と声をかけ、「お帰りなさい」と一日を労う。そんなツヤさんは、博多駅では『挨拶バァサン』として気味悪がられてはいた。それと同時に、通行人の表情、特に帰宅時間帯の彼らの顔には、うっすらと安心感のようなものが漂っていた。都会に住む人は誰だって、ほんの少しの孤独を抱えている。薄気味悪い挨拶だって、毎日続けば、灯台の明かりのようなものになるのかもしれない。自分は今日も、無事に帰ってきた、と。

ツヤさんとゲンさんは、仲が悪かった。七十歳近いツヤさんと、五十歳前後のゲンさん。仲の悪さの原因は分からない。長年の確執というやつだろうか。とにかく、ツヤさんはゲンさんにだけは挨拶をしないし、ゲンさんも、ツヤさんの前を通る時だけは表情が固かった。

ゲンさんからは色々なことを教わった。美味しい残飯のある場所。高級料理店のエビマヨ、の残飯。フグの刺身、の残り。柔らかいらしい、牛肉ステーキのかけら。もちろん、俺は食べなかったけれど。目の前でカップルがセックスする公園の茂み。当然、俺は目を皿のようにした。いかな寒空の下でも、そういう場では人間は寒さを忘れてしまうようだ。行為に及ぶ者たちはもちろん、行為を覗き見る者たちも。

それから、ゲンさんが連れて行ってくれたのは、博多駅から出てすぐの、隅の隅。駅ビルのゴミが集められる場所。そこで、ゲンさんは言った。
「おぃはさぁ、赤ん坊の時、ここに捨てられとぉたとよ」
明るい声で、軽い調子で、ゲンさんは言った。
「おいはね、どげんこつあっても泣かんとよ。泣いたら負けやもん。乞食やらこげんなっても、泣き顔みせん。そぃが、博多もんっちゅう気持ちはあるたいな」
目で笑い続けるゲンさんの欠けた歯の隙間から、寂しさと哀しさがこぼれてくるような気がした。

犬のケンが死んだ。いや、死んだのではなく、蹴り殺されたのだ。酔っ払いの若者だった。俺はその現場を、目の前で見ていた。五人組の若者のうちの一人が、何か叫びながら、ケンを蹴った。俺はちょうどカメラの手入れをしていた。ケンは本当に、キャインキャインと鳴いて、それから少し吐いた。蹴った男の仲間たちは、
「お前、なんしよぅとや」
と、口々に蹴った男を諌めていた。蹴った男は、酔った口調で、
「こいつが、チョロチョロしとぅけん、あっち行けぇて言うただけたぃ」
と言っていた。俺は、そいつを殴りたかったけれど、ただ震えて座っていた。顔を赤くしたゲンさんが段ボールテントから出てきた。修羅場になるところだったが、五人組は素早く帰っていた。あとには、俺と、傷ついた仔犬と、ゲンさんしかいなかった。翌日、俺はケンに牛乳とお菓子を買って行った。でも、ケンは埋葬されていた。ゲンさんは、どういうわけか、俺につかみ掛かって、
「お前やろがっ、お前やろぅがぁ」
怒った表情でそう言った。俺は言葉が出なかった。ゲンさんはすぐに正気になって、俺に謝った。

俺は、ゲンさんのところに行きにくくなった。博多駅近辺を歩いていてゲンさんに会うと挨拶くらいはする。しかし、それだけ。なんとも言えない、気持ちの悪い薄い膜が、俺とゲンさんの間にあった。

俺は半分は仕方なく、半分は自然の成り行きでツヤさんと仲良くなった。それで、ツヤさんと一緒に通行人に「行ってらっしゃい」と笑い、毎夕、「お帰りなさい」と声をかけてみた。俺の形だけの挨拶に比べて、ツヤさんの言葉には暖かさがあった。心がこもっている、という言い方はありきたりだけれど、ツヤさんに「行ってらっしゃい」と言われた人は心もち背筋が伸びていたし、「お帰りなさい」と言われた人はネクタイを緩めていた。

ゲンさんと離れ、ツヤさんの挨拶に暖かさを感じ、俺は、ホームレス密着が嫌になった。

俺が、ホームレス密着をやめるとツヤさんに告げた日。ツヤさんが、ぽつりぽつりと話してくれた。それは、彼女がまだ若い頃の話だった。ツヤさんは、子どもを捨てていた。正確には、物心のついた男の子を、置き去りにしたらしい。
「ちょっと待っとき、母ちゃん、すぐ戻るけん。そげん言うて、逃げたとさぁ」
ツヤさんは、脂ぎった髪の毛を撫でながら、そう言って笑った。
「あんちゃんは、絶対にそげんことしたらいかんよ。一生、一生」
ツヤさんは言葉を詰まらせ、押し出すように言った。
「そげんことしたらね、一生、泣けんよ。一生、泣かれんよ。泣く資格のあるもんかい」
ツヤさんは、また、笑った。

実はゲンさんとツヤさんは生き別れた……、なんて、そんなドラマチックなエンディングはない。ゲンさんとツヤさんは、決して親子ではないだろう。ゲンさんは赤ん坊の時に捨てられたのだし、ツヤさんは物心ついた男の子を置き去りにしたのだから。だけれどもきっと、二人は互いに知っていたのだ。彼は捨てられた側、彼女は捨てた側、ということを。だから、仲が悪かったのだろう。いや、仲が悪かったということではなく、互いにかける言葉がなかったのだ。だって、そうじゃないか。捨てられた子から、捨てた母へ、捨てた母から、捨てられた子へ。いったいどんな言葉がかけられるっていうのだ。

ツヤさんは、俺が大学を卒業する前に亡くなった。彼女には俺の電話番号を渡していた。それを見た役所の人が連絡をくれた。それで俺も葬式に出席した。ちっぽけな、みすぼらしい葬式で、出席者も少なかった。

火葬場で、懐かしい顔を見た。ほとんど誰も泣いていない中で、号泣しているゲンさんだった。どんなことがあっても泣かないと笑って話したゲンさんが、人目もはばからずに、鼻水まで垂らしてわぁわぁと泣いていた。そんなゲンさんを見ながら俺は、自分に泣く資格なんかあるもんかと言った、そんなツヤさんの笑顔を思い出していた。

よかったね、ツヤさん。ようやく、ツヤさんも泣けるよ。思いっきり、泣いて良いんだよ。

俺は、泣きながら、笑った。

2015年3月2日

靄の中のバス停

数十メートル先を行くバスの後姿を見ながら、俺は思わず舌打ちした。今のバスを逃したら、次のバスまで二時間半以上待たなくちゃいけない。なんだってんだ、こんちくしょう、このド田舎バス停め。時刻表のポールを蹴っ飛ばすと、爪先が痛くて顔をしかめた。ため息をつきながらベンチに座った。見上げれば、きれいな青空にパンのような雲がいくつか浮かんでいて、春の終わりの日差しが気持ち良い。先ほどまでの苛立ちも少し治まり、小さくため息をついて伸びをした。少しぬるめの風が頬を撫でた。

はっと目が覚めると、動き出したばかりのバスの背中が見えた。追いかけようかと思ったが、バスはぐんぐんとスピードを上げて走り去っていく。あーもう。自分のバカさを呪いたくなる。時刻表によると、次のバスが来るまで四時間近くある。あまりの待ち時間の長さにうんざりする、と同時に腹が鳴った。腕時計を見ると、もう一時前だ。どこかでメシでもと思いあたりを見渡しても、それらしき建物なんてどこにもない。ベンチに座りなおしてどうしたものかと考えていると、見知らぬ中年女性が近づいてきた。
「どうかされました?」
「いや、お恥ずかしい話なんですが」
俺は女性に、うっかりバスに乗り遅れたこと、それから腹が減ったけれど近くに店がないことなどを話した。女性は優しげに、そうですか、と言って、石釜工房と書かれた紙袋からパンを二つ取り出した。
「よかったらどうぞ」
見知らぬ女性から食べ物をもらって良いものかどうか。俺はほんの少しだけ迷ったが、空腹には勝てなかった。女性は俺が食べ終えるのを見届けると、そそくさと帰っていってしまった。
焼きそばパンのタマネギが奥歯の間に挟まっている。舌をもぞもぞさせたり、指でつかんでみようとしたりしたがなかなか取れない。口をすぼめて吸引してみる。ダメだ、取れない。気持ち悪い。舌をまた動かす、指を入れる、吸引してみる、舌を……。

カクンと頭の落ちる感覚で目を覚ますと、バスがもうずっと先を走っていた。あぁ、行ってしまった。時刻表を見ると、どうやらこれが最終便のようだ。一日に三回もバスに乗り過ごすなんて……。ここで野宿はさすがに風邪ひきそうだし、なによりまたちょっと腹が減ってきている。困ったな……、と途方に暮れていると、学校帰りだろうか、制服を着た少年が声をかけてきた。
「どうしたの?」
いきなりの馴れ馴れしい言葉遣いに思わずムッとしかけたが、困っているのはこちらだし、それを助けようとしてくれているのだから、本当はきっと良い子なのだろう。
「いや、実はね」
俺はバスに三回も乗り遅れたことを正直に話し、しかも泊まる場所も食べるものもないのだということを説明した。すると少年は、
「じゃ、うちにおいでよ」
そう屈託なく笑って、すたすたと先を歩き始めた。少し戸惑いはしたが、ここで野宿するわけにもいかず、なにより空腹がどんどん増していく。背に腹はかえられない。俺は少年のあとについて行くことにした。

「ただいまぁ」
少年が元気よく声をあげる。
「お邪魔します」
俺はおずおずと家に上がった。畳敷きの居間にはちゃぶ台があり、その上には石釜工房と書かれた紙袋が置いてある。台所から出てきた女性が、エプロンで手を拭きながら、
「ささ、座って座って」
そう言って俺に座布団を勧め、湯飲みに茶を注いだ。俺は奥歯に挟まったタマネギを舌でもぞもぞしたり、指を入れてつかもうとしたり、吸引したりしながら考えた。なんか変だぞ。

「お母さん。おじいちゃん、今日もバス停で寝てたよ」
「うん、知ってる、お昼ご飯もいつものようにあげたから。今日はパンよ」
「お父さんの運転するバスに乗りたがるのって、何か意味があるのかな」
「どうだろうねぇ、それは本人のみぞ……、いや本人にも分かってないかも」
そう言って笑いあう二人を見ながら、俺はなんだか居心地の良いところだなぁと思うのだが、はて、どうしてこんなところにいるのだか。なにはともあれ、明日こそは早起きしてバス停に行こう。妙に手になじむ湯飲みを傾けて、俺はグイと飲み干した。

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2015年1月13日

子どものヒーロー・オリンピック ~アンパンマン~

「第1コース、アンパンマン!」
「こんにちは、ぼくアンパンマンです。今日は一生懸命がんばります」
拍手喝采。

「第2コース、アンパンマン!」
「こんにちは、ぼくアンパンマンです。今日は(以下略)」
拍手喝采。

「第3コース、アンパンマン!」
「こんにちは(以下略)」
拍手喝采。

「第4コース、アンパンマン!」
「こん(以下略)」
拍手喝采。

「第5コース、アンパンマン!」
以下略。

実況「さて、世紀の一戦となりました、なぜか5人のアンパンマンによります100メートル自由型。まもなくスタートの合図です」

ピッ、と笛が鳴り、飛び込み台に上がる5人のアンパンマン。
「テイク・ユア・マークス」
いっせいに前かがみになる5人のアンパンマン。
ピーッ!
一斉に飛びこむ5人のアンパンマン。

「「「「「 顔がぬれて、力が出ない…… 」」」」」

実況「出るなや!!」

2014年10月25日

悟空とアンパンマン、そして……

悟空とクリリンが旅をしている。
「もうだめだ、ハラが減って、リキが出ねぇ」
「おいおい悟空、こんなとこでヘバってどうすんだよ、亀仙人さまの家はもうすぐだぞ」
「だってクリリン、オラ、ハラペコだと動けねぇよ」
「しょうがないなぁ……」

空をアンパンマンが飛んでいる。
「困っている人はいないかなぁ……、あっ、お腹を空かせている子がいるぞ」

「!? クリリン!! すげぇ気が近づいてくるぞっ!!」
「だだだ誰だ!?」

アンパンマン、着地。
「こんにちは、ぼく、アンパンマンです。お腹がすいているんだね。僕の顔をどうぞ」
「おめぇ……、顔ちぎって痛くねぇのか?」
「ふふふ、ジャムおじさんのパンは美味しくて元気が出るんだよ」
「(質問に答えてねぇな……) !?」
「悟空……、こいつの気が……」
「あぁ、小さくなっちまった……」
「ぼくは、顔が欠けると力が出なくなるんだ」

そんな3人を陰から見つめる男2人。
「コマツ、ついに見つけたぞ!」
「トリコさん!!」
「あぁ、最高のアンパンだ」
「捕獲レベルは?」
「噂では1万を超えると聞いていたが……、今なら3ってとこか」

「!? クリリン、あっちにもすげぇ気が」
「あぁ、分かってる」
「ふふふ、君たち、強そうだねぇ。ところで、気ってなんのこ……」
「100連釘パンチ!!!」
コロコロコロコロ……。
「あっ、アンパンの顔が!! おめぇ、なんてことしやがる!!」
「ぼくたち、最高の食材探しをして旅をしてるんです」
「食材って、おめぇ……」
「あ、申し遅れました。ぼくは料理人のコマツで、この人は美食ハンターのトリコさんです」
「コマツ、お前の腕前、見せてやれよ」
「はいっ」

30分後。
「いただきます!!」
「うめぇぇぇぇぇぇ!!」
「やっぱコマツにかかると、食材のパフォーマンスが100%引き出されるな」
「(いや、アンパンちぎって食べてるだけじゃねぇか)」

そんな4人と食材を遠くで見つめるバイキンマン。
「(ガクガクブルブル)ハヒフヘ震える……。ヤバいって……。ジャムおじさんに知らせなきゃ……」

バイキンマンからの報せを受けて、アンパンマン号で駆けつけるジャムおじさん、バタ子、チーズ、食パンマン、カレーパンマン。

「アンパンマン、新しい顔よ!!」
♪テッテレテレッテッテー、テテテ、テッテレレ、テッテレレ、テー♪
「元気100倍、アンパンマン!!」

「悟空!! アンパンの気が!!」
「あぁ、分かってる。オラ、わくわくしてきたぞ」
「トリコさん……」
「捕獲レベル1万か……、コマツ! さがってろ!!」



悟空、クリリン、トリコ vs アンパンマン、食パンマン、カレーパンマン



八奈見乗児 「こうして、ジャンプ対フレーベル館の熾烈な戦いが始まるのだった」

2014年9月4日

医学生の前で糖尿病患者の尿を舐めてみせた教授の真意は!?

「医師になって人を助けたい」
そんな志しに燃える医学部一年生がひしめくにぎやかな教室。そこへ腕まくりの白衣を着た初老の男性が入ってくると、教室の中がすっと水を打ったように静まった。一年生はまだ教授陣の名前も顔も分からない。教壇の上に立った教授が口を開いた。

「さて、いきなりですが」

全員の視線が教授に集まる。教授はビーカーを取り出して目の高さまで持ち上げた。中には薄黄色い液体が入っていた。
「これは、糖尿病の患者の尿です」
と言うが早いか、教授は指をビーカーに入れて、そして指をペロッと舐めた。教授の予想外の行動にどよめく教室。教授は澄ました顔で、
「うん、ほのかに甘い。医師は、患者のためなら尿を舐めてでも診察するくらいの気概がないといけない。少なくとも、僕らの世代ではそうだった」
そう言って、教室の中を見渡した。
「さて、この中にそこまでのことができる学生は、どれくらいいるだろうか」

ざわつく学生たち。無理だって、と男子学生がニヤつけば、女子学生が私も無理と顔をしかめる。そんな会話がひそひそとかわされる中で、それでも数人の奇特ながらも熱い学生らがポツリポツリと教壇の前に進み出ていった。
「今年の学生は、いつもより少ないなぁ」
教授の見え透いた挑発に乗って、さらに数人が志願した。教授は満足げに頷いて、改めてビーカーに自分の指を入れて舐めてみせた。それから学生らにビーカーを差し出した。おそるおそる尿に指をつけ、それから舐める勇敢な学生たち。皆、自信なさそうな顔で首を傾げている。そして、それを遠巻きに眺める臆病な学生たち。もはやニヤつく余裕もない。

「どうだ、甘いか?」
教授に尋ねられて、ある学生は頷き、また別の学生は首を傾げたままだった。
「正直に感想を言ってみなさい」
しばらく沈黙が漂ったが、ある学生が思い切って口を開いた。
「なんというか、お茶の味が……」
教授の顔がほころぶ。
「うん、そう、これはお茶なんだよ」
どっと沸く教室。教授は続ける。
「君たちは勇気があったね」

勇敢な学生たちは少し誇らしい顔でそれぞれの席に戻った。臆病な学生たちは、それを嫉妬交じりに見つめた。そんな学生たちを見渡して、教授は言った。
「さて、今回のことで分かって欲しかったことはなんだと思う?」
勇敢な学生のうちの一人が手をあげた。
「勇気がないと、真実は見えない、ということだと思います」
教授は微笑んで、そしてキッパリと言った。
「皆さんの中で真実を見ていた人は、実は一人もいません」

またしてもざわつく教室。ちょっと意外そうな顔をする勇敢な学生たち。なぜか安堵したような表情の臆病な学生たち。そんな学生たちを見ながら教授は続けた。
「わたしは、このビーカーにこうして」
彼は人差し指をビーカーに入れた。
「それから、こうやって」
そう言って、彼はゆっくりと中指を舐めた。
「皆さん、医学の徒として、先入観に惑わされない観察力を身につけてください」
笑顔の教授。教室は、割れんばかりの熱い拍手に包まれた。


後日、一年生の一人がこの感動を先輩に話したところ、
「あぁ、またか」
そう言って先輩は苦笑した。
「あの人、教授じゃないよ。それどころか、医者ですらない」
戸惑う一年生を見ながら先輩は続けた。
「あの人は、精神科に長く入院している患者さんだよ。毎年、そうやって一年生をからかいに来るんだ。気づかなかったかい?」
そんなこと気づくはずがない、と一年生は思ったが、先輩は続けた。
「ほら、リストバンドしてたでしょ。患者名と病棟とバーコードの入っているやつ」

先入観に惑わされない観察力を身につけてください。
男性の笑顔が思い出された。

2014年8月6日

ホームレスになるかもしれなかった、俺

24歳の誕生日まであと2ヶ月に迫った1999年の3月末日、俺は1年間勤めたブックオフを辞めた。

それからは、埼玉県所沢市でアルバイトを2つ掛け持ちして過ごした。朝5時に起きて6時から9時までコンビニ、9時半から夕方5時まで古本屋で働いた。ブックオフという古本屋を辞めて、別の古本屋で働きだしたことに意味はなく、単に「業務内容が同じならやりやすかろう」という程度の考えだった。

古本屋の仕事が終わると、早朝の勤務先であるコンビニに寄って廃棄のおにぎりや弁当をもらい、500mlのビールを2本買って帰った。当時はまだそう酒好きでもなく、ただなんとなくビールを飲んでいた。小さなテレビに映る小さな芸能人を見ながら、何度かゲップをして、夜の10時には布団に入る生活だった。

このままホームレスになるのかもしれない。ある日ふと、そんなことを思った。九州大学というそれなりの大学を出て、夢を抱いて上京し、挫折し、屈折し、二つのアルバイト先で頭を下げながら生きる毎日。故郷から遠く離れたこの土地で、何もかもを放り投げ、逃げ出して、転がり落ちるようにホームレスになる。

それは、青二才のプライドと厭世観が混じりあって生まれた、ある種の自己陶酔でもあった。九大卒からホームレス。笑えるじゃないか。一斗缶に薪をくべながら輪になって暖をとるホームレスの姿を思い描いた。その中に、薄汚れた格好の俺がいる。ヒゲを伸ばしたその顔には、諦めとも悟りともつかない表情が浮かんでいる。

そんな空想に耽りながら眠りに落ち、翌朝5時には目覚ましに叩き起こされてバイトに行く。そうやって3ヶ月ほど過ごしてみて思った。こんな中途半端なのはイヤだ。とはいえ、今さら普通のサラリーマンになるくらいなら、とことん落ちてホームレスにでもなるほうがマシだ。でもその前に、一発逆転に賭けてみても良いじゃないか。

医者か弁護士、どちらか目指して、どちらもダメならホームレス。それでいい。司法試験は難しいという噂だから、よし、医学部にしよう。それからは、自分なりに一生懸命に勉強した。会社勤めに失敗し、苦し紛れの医学部受験にまで失敗したら、もう故郷には帰られない。ヘラヘラ笑って戻れるほど、俺の心は太くなかった。

1年9ヶ月後、無事に医学生になれた。そしてようやく、故郷に帰ることができた。

ルポ 若者ホームレス
実際には、俺がホームレスになることは絶対になかっただろう。親戚には面倒見のいい人たちがいっぱいいるし、俺がホームレスになろうとしても温かい阻止が入ったと思う。しかし、世の中には頼れる親戚がいないどころか、親さえいない人たちもいる。そうした人たちは、一歩踏み誤ればホームレスになりかねない。それが今の日本の現状だ。

本書を読んで、若者ホームレスといわれる人たちが大変なのはよく分かる。同情もする。それでも、皆がみんな可哀そうというわけではないだろう。職場から何も言わず逃げ出したり、どこに行っても人間関係トラブルを起こしたり、そういう生き方しかできない人たちがいる。甘えでもなく、弱さでもなく、それが性質なのだとしか言いようのない人たちが。

「ホームレスは辛い、可哀そう」
というのが、すべての若者ホームレスに当てはまるわけではないようだ。

2014年6月2日

生きる意味のない体にサヨナラを

事故から三年。
寝たきりになったとはいえ、奇跡的に、そして幸運なことに意識はしっかりしている。ただし、手も足も、指一本さえ動かない。首から下の感覚もないが、首から上の感覚は残っている。
目は時どき家族や看護師が開けてくれるが、そのままだと今度は瞼が開きっぱなしになって眼球が乾燥するので、基本的には閉じられている。外から見れば、いわゆる植物状態だ。

こういう体になってみて思うのが、聴覚や嗅覚だけでも残っていて良かったということだ。三年の間に、人の声の聴き分けはもちろんのこと、近づいてくる足音で誰かが分かるほどになった。
とはいえ、基本的に目は閉じているわけだから、正解かどうかは声と匂いで判断するのだが。
家族に限って言えば、声を聞かなくても、匂いと、かすかな身じろぎの音、それから独特の空気で、それが父なのか母なのか、それとも兄や妹なのかが分かるようになった。

例えば、父のいる空気はほとんど動かない。何分かに一度、パラリと本のページのめくれる音がする(きっとまた小難しい本だ!)。そして時どき、父は僕に目を向ける。目を閉じていても、父のまばたきや眼球の動く音で、それが分かるような気がするのだ。
母の空気は柔らかい。母はそっとカーテンと窓を開けてくれる。僕に残された首から上の感覚は、新鮮な空気と陽射しに酔いしれる。それから母は、頻繁に僕の布団のしわを伸ばしたり、首元の布団をなおしたりするのだ(僕は寝返りなんかうたないのに!!)。
もうすぐ三十歳の兄の空気は、だんだんと父に似てきた。ただ、読んでいる本が父と違ってグラビア雑誌なのだが。面白いページにあたると、兄はそれを僕に読み聞かせてくれる。僕はそれを聴きながら、まだ幼稚園児だったころのことを思い出す。小学生の兄は、よく枕もとで絵本を読んでくれた。そして、とても下手だったのだ(そう、今と同じようにね)。
来年の春に大学を卒業する妹の空気は、母に似ることもなく、自分の道をまっしぐらである。まるで小さな竜巻が何十個も飛び交っているかのようだ。母みたいに柔らかくはないが、それはそれで、僕の動かない体にとっては清々しい(香水つけすぎって指摘したいこともあるけれど)。

耳と鼻だけで生きてきた三年の間に、風の香り、雨の音、鳥や虫の声、そういったもので季節の移ろいを感じてきた。そうやって、少しずつ少しずつ、僕はこの音と匂いにあふれた真っ暗な世界を好きになった。
だから僕は、音読の下手な兄と、竜巻の妹に感謝している。二年前、僕の安楽死カードに従おうとした父と母を説得して止めてくれたのが、この二人だったからだ。

「体が動かなくて、意思表示もできないのに、生きている意味なんてない!」
安楽死カードに署名した五年前、僕はまだ二十歳で、いつまでも健康な体のまま、だんだん年老いて死ぬものだと思っていた。
だから、そんな気持ちで、いや、実際にそう口にしたかもしれない、しかも、笑いながら。とにかく僕は、そのカードに僕の名前を書いたのだ。迷いもなく、活き活きと、力強い筆跡で。

もうすぐ、夏が来る。
昼には蝉が鳴き、夜には蛾たちが窓を叩く。
にわか雨が降れば、独特の匂いとともに遠くでカエルの合唱が始まり、雷が鳴れば看護師たちが騒ぎ出す。
夏祭りの音が遠くから響き、時どき、近所からは子どもたちのはしゃぐ声と小さな花火の音、それから蚊取り線香の匂いが漂ってくる。
とても楽しい季節だ。

そんなことを考えていると、カラカラと耳慣れた音が近づいてきた。点滴スタンドだ。それから足音が、一、二、三、四、五、……、六人分。父と母、兄と妹、それから主治医と看護師だ。
「良いですね?」
主治医の声が固い。
しばらくの沈黙。
それから、かすれた父の声が聞こえた。
「はい」
父の、ほとんど動かないはずの空気が揺れた。
震える母の声が続いた。
「お願いします」
柔らかさを失った母の空気が、僕をぎゅっと包み込む。
ぐふぅっ、と歯を食いしばったような兄のため息が聞こえた。父に似てきた兄の空気が、いまは無理やり動きを止めているかのようだ。
妹が鼻をすすった。涙に濡れた瞬きの音が聞こえる。何十個もあった小さな竜巻は、いくつものつむじ風になってしょげている。

兄と妹が安楽死を止めてくれてから二年。
僕のいないところで四人がどんな話し合いをしたのか分からない。
ただ一つだけ分かることは、これから僕が安楽死するということだ。
体が動かないうえに意思表示もできないのなら生きる意味なんてない、と、そう無邪気に信じきっていた五年前の僕が、いまを生きる僕の命を終わらせにやって来たのだ。

生きたい、と思った。
体が動かなくても、生きたい。
意思表示できなくても、生きたい。
生きている意味なんてなくても、生きたい、死にたくない、生きたい、死にたくない。
誰にもわからないだろうけれど、僕なりに生きる意味はあるんだ。

みんな、泣かないで。
泣きながら、僕を殺さないで。
音と匂いが遠ざかる。
僕の開かない瞼が、重くなっていく。

さようなら、僕の大切な人たち。
さようなら、僕の愛した世界。
さようなら、僕の動かない体。

どれもこれも、大好きだったよ。


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『安楽死を認めてほしい。寝たきりになってまで生きている意味はあるのか』

事故で植物人間になって意思表示ができない時のために安楽死カードを用意する。それはきっと一つの合理的な考え方だと思う。多くの人が自らの意思で署名もするだろう。しかし、実際にその状況になった時、自分がどう考えているかまでは分からない。

意識はあるのに体が動かず、意思表示もできないけれど、それでも「生きたい!」と思うことだってあるかもしれない。それなのに、周りがどんどん安楽死の準備を進めていく。元気だったころの自分の意思に従って。安楽死だから痛みも苦しみもないだろう、そう自分を慰めてみても、避けられない死はきっと恐怖だ。

実際に安楽死が認められても、実行の現場はこれほど雑でも安易でもないだろうけれど、テーマはそこじゃないのでお目こぼし。

これが、上記サイトへの、俺なりの答え。


<関連>
「質のわるい生」に代わるべきは、「質のよい生」であって、「美しい死」ではない。 『不動の身体と息する機械 ~筋萎縮性側索硬化症~』

2014年5月29日

死んだクワガタ

僕はイタコに、死んだクワガタを呼び出してもらったんだ。

「死ぬ直前、どんな気分だった?」

そう尋ねる僕に、イタコは、いやクワガタは、いや、やっぱりイタコか、まぁどっちでも良いや、とにかくこう言ったんだ。

「せまぐでまっぐらで、くわがった、くわがったよぉ」

僕は泣き伏せるイタコの前に、スイカを置いて帰ってきた。

ゆうパック:「遅配でクワガタ全滅」採集家が日本郵便提訴
毎日新聞 2014年05月28日
◇「腐ったので廃棄」死骸も「標本として価値」
宅配サービス「ゆうパック」の配達が遅れたことが原因で荷物のクワガタ240匹が死に、死骸も無断で捨てられたとして、大阪府の昆虫採集家の男性が、日本郵便(東京都千代田区)を相手取り、19万2000円の賠償を求める訴えを大阪地裁に起こした。同種のクワガタは数千〜数万円で取引され、標本の価値も高いという。28日に第1回口頭弁論があり、日本郵便側は争う姿勢を示した。
訴状などによると、男性は沖縄県の昆虫店の注文を受け、鹿児島県の奄美大島で「アマミノコギリクワガタ」を採集。昨年7月2日、240匹を沖縄へゆうパックで送った。
ところが、到着予定日の7月4日に届かず、男性が問い合わせたところ、郵便局側のミスで熊本県に誤配されたことが判明し、男性は奄美大島への返送を依頼。男性側は7月6日に届いた時点で「クワガタは全て死んでいた」としている。
更に男性が弁償を請求したのに対し、郵便局は死骸を預かり、同9日に「死骸の価値は0円」と弁償を拒否。死骸を返すよう求めても「腐ったので廃棄した」と言われたという。男性は「死体を防腐処理すれば標本として販売することもできた。『死骸だから0円』というのは不誠実」と訴える。昆虫店への販売代金は1匹当たり雄1000円、雌600円で240匹分の代金の賠償を求めている。
一方、日本郵便側は、誤配したことは認めたが、男性に届けた時点で「7匹しか死んでいなかった」と反論。預かった死骸も240匹ではなく140匹だったとしている。代理人弁護士は「男性に返そうとしたが連絡がつかず、腐って業務に支障が出たので捨てたようだ。動物の取り扱いに関しての約款はなく、配達中に死んだとしても免責される」と主張している。
日本郵便によると、昆虫については▽人に危害を与えない▽死ぬ可能性があることを承諾する−−などの条件で、ゆうパックで送ることができる。【堀江拓哉】
◇国内最大級 ペアには数万円の値も
アマミノコギリクワガタ 鹿児島県の奄美群島などに生息する。雄の体長3〜8センチ程度で、国内のノコギリクワガタでは最も大きい。8センチ近い雄の生体は雌とのペアで数万円で売られることもある。希少な色や形だと標本の方が高価な場合も珍しくないという。
http://mainichi.jp/select/news/20140528k0000e040214000c.html

2014年4月25日

成仏しない

知人の僧侶から聞いた話である。

新興宗教にはまっていた中年女性が亡くなった。葬式は親が浄土真宗で行なったのだが、その僧侶が読経している間中、彼の耳元で、

「やめて……、やめて……」

と悲痛な声がしていたらしい。さすが僧侶と言うべきか、その声に彼は恐怖よりも哀れさを感じつつ読経を続けた。そうすると今度は、

「成仏しない! 成仏しない!!」

と叫びだし、ついにはラジオのノイズに似た高音の雑音になり、それからゆっくりと消えていった。

「読経の邪魔をする方、珍しくないですよ」

そう言って、彼は笑った。

2014年3月26日

太陽が昇ったら、走り出せ

アフリカの大地で、ガゼルが目を覚ます。
彼は知っている。
ライオンより速く走らなければ喰い殺されてしまうことを。

アフリカの大地で、ライオンも目を覚ます。
彼は知っている。
ガゼルより速く走らなければ飢え死にしてしまうことを。

あなたはライオンだろうか、それともガゼルだろうか。
そんなことは大した問題ではない。
太陽が昇ったら、走り出せ。


『ライオンとガゼル』という詩で作者は不詳らしい。だいぶ変えているけれど、翻訳は俺。原文は以下。

Every morning in Africa, a gazelle wakes up.
It knows it must run faster than the fastest lion or it will be killed.
Every morning a lion wakes up.
It knows it must outrun the slowest gazelle or it will starve to death.
It doesn’t matter whether you are a lion or a gazelle: when the sun comes up, you’d better be running.

詩というより、啓発文みたいなものかな。

2014年2月26日

ごめんで済むなら

「ごめ……」

そこから先が出なかった。残りは、ん、だけ。文字にしてみれば、たった一文字。正確には、「め」も薄くしか出せなかったから、謝るのに必要な心のハードルが、「め」と「ん」の中間にあって、どうやら私の舌がそこでつまづいているようだった。私は、ため息をつきながら玄関を出た。こんなに足取りの重い出社は久しぶりだ。

昨夜、帰宅した私をいつものように笑顔で出迎えてくれた妻。いや、いつもより浮き立った笑顔だったかもしれない。どうしたの、今日はやけにご機嫌だね。そう声をかけた途端、妻の笑顔はみるみる冷めていった。用意されていた豪華な料理は、妻の冷めた笑顔とは反対に温かく、その差が、なんだか怖かった。妻がこんなに手の込んだ料理を作るからには、何か理由があるはずだった。それを思い出しさえすれば良いはずだ。いや、良いかどうかは分からないが、この空気が多少は改善するはずだ。考え事をしながら食べる料理は、どれも味が分からなかった。仕事で疲れて帰宅して、どうしてこんなに気を遣わなければいけないのか。だんだんと腹が立ってきた。無言のまま食事を終えて風呂に入り、ビールを飲もうと冷蔵庫を開けた。ビールは切らしていたが、小ぶりのシャンパンがあった。妻は先に寝室に行っていた。私はキッチンに立ったまま、シャンパンをラッパ飲みした。

朝の会話は気まずくてぎこちなく、テーブルに置かれた弁当を無言でカバンに詰めて玄関に向かった。行ってきますと言った後、機嫌をなおしてもらうべく一応謝っておこうかと思ったが、うまく言葉が出なかった。少し急ぎ足で駅までの下り坂を歩いた。おそろいのマフラーを巻いて登校する高校生カップルが、笑いながらじゃれ合っている。その明るさが羨ましい。かつては私たちにもこういう時代があった。結婚して十年、高校生や大学生の恋みたいな情熱はないにしても、夫婦としてはうまくいっているほうだと思う。その証拠になるかどうか、妻と私は滅多にケンカをしない。だいたい年に一回くらいだ。そして、ケンカをした後は、こうやって重い足取りで出社することになる。最後にケンカしたのも、ちょうど今くらいの季節だったろうか。その時のケンカの理由は……。そこで、はたと思い出した。昨日は、結婚記念日……、だった。去年のケンカの理由も、同じだったのだ。

結婚記念日を忘れるなんてこと、男なら誰にだってある、はずだ。仕事をしながら、私は昨夜の妻の不機嫌さに対して苛立っていた。こちらは働いている身で、あちらは主婦。私のスケジュール帳には、黒ペンや赤ペンで書かれた仕事の予定がぎっしりだ。それに比べて、妻のカレンダーには浮ついたピンクで記念日が記されているのだろう。忘れた私も悪いことは重々分かっているが、少しはこちらの身になってくれても良いじゃないか。そんな考えが浮かんでは消えて、午前中の仕事は手につかなかった。

昼休み。弁当を抱えて屋上に行った。こんな時でも弁当を作ってくれるところには感謝しなければいけないな。そんな気持ちも、弁当箱を開ける瞬間までだった。弁当箱の中には、真っ白いご飯だけ。梅干し一つ入っていない。妻の不機嫌な顔が脳裡に浮かぶ。ご飯で真っ白な弁当が恥ずかしくて、周りにいる新人の女の子たちに見られないよう体をかがめながら箸を運んだ。口に入れたご飯は、美味しくもない。くそったれ。白い米を噛みながら、口の中で呟いた。そして、もう一口。さらに、一口。そこで、ふと気がついた。海苔が混じっている。よく観察すると、白いご飯だけかと思った弁当は、二層仕立てになっていた。底に白いご飯が敷いてあり、海苔が見え隠れして、さらにご飯がかぶせてある。私は、遺跡を発掘するような慎重さで、上段のご飯をすくって食べた。何かを隠すように盛られたご飯を取り除いてみると、弁当箱の中に、海苔で書かれた「ゴメン」の文字。昨夜、帰宅した私を迎えてくれた妻の笑顔が目に浮かんだ。ラッパ飲みしたシャンパンの泡が、今ごろになって胸の中で弾ける。小さく深いため息を一つついて、それから大きく息を吸い込んだ。
「ごめん!!」
弁当箱に頭を下げる私を、周りの新人たちが驚いて見ていた。

帰り道、酒屋によって大き目のシャンパンを買った。よくよく考えると、妻が謝る理由などない気がした。悪いのは、結婚記念日を忘れた私なのだ。去年も、一昨年も、その前も、毎年。ほとんど空白のカレンダーに、ピンク色で結婚記念日だけが書き込まれていて、その日を楽しみにしてくれて、その日を盛り上げようとしてくれる。そんな妻に、非なんてない。それなのに、妻は彼女らしい茶目っ気で弁当に「ゴメン」と書いてくれた。それを見て、私も「ごめん」と素直に叫べた。ゴメンで済むなら警察は要らない、なんて子どもの頃に言っていたけれど、こんな私とゴメンで済む関係でいてくれる妻は、大切な人だ。

ごめん、ゴメン、ごめん、ゴメン、ごめん、ゴメン、ごめん、ゴメン。

歩きながら口の中で繰り返していると、なんだか不思議な呪文のような気がしてきた。家に帰って妻の顔を見たら、この呪文を真っ先に唱えよう。まずは、絶対に、私から。続けて、ゴメン、と言いそうになる妻の唇をキスで塞いで、そして目を見てもう一回、私から、ごめん。

これからも一緒に。

そう願いを込めて。

2013年12月18日

吾輩は犬である

吾輩は犬である。

名前は付いているのだが、人間語の発ウォンは難しい。昔、カメの中で溺れ死んだ猫がいたらしいが、なんとも間抜けな話だ。そもそも、猫は気にくワン。人間語も分かりづらいが、猫語など全く分からん。たまに吾輩の近くに来て、なんだか訳の分からぬ事を言っているのだが、脅かしても一向に逃げようとせん。吾輩が鎖につながれているのを知っておるのだ。ええい、いまいましい。だいたい、猫のあの人間を馬鹿にした態度が気にくワン。確かに人間は馬鹿だ。それは認める。しかし、吾輩のご主人に限って言えば、それはもう立派な方だ。

ご主人を想うとき、吾輩はあの寒いダンボールの中を思い出す。あの時、吾輩は震えていた。一緒に居た兄弟姉妹たちは、一匹、また一匹と人間たちに連れて行かれ、吾輩は一匹ぼっちだった。時々、カラスがのぞきに来て、吾輩の弱り具合を確認していた。ある程度弱ったら、きっとあのくちばしで……。寒さと恐怖でどうしようもなく、吾輩はひたすらに鳴いた。鳴いて、啼いて、泣いた。そして、ご主人が現れたのだ。まさに救世主。我が敬愛するご主人……。

そのご主人が、あの馬鹿猫に笑顔で餌をあげようとしておるのに、奴ときたら自分で取りに行こうともしない。ご主人に持って来させるのだ。気にくワン。吾輩など、取りに行ってもすぐには食べられんというのに。ご主人が何を言っているのかは分からんが、目つきや声の調子や手つきで、まだ食べてはならぬ、そう言っているらしいことが分かる。仕方がないので、ご主人の顔を見て、許可されるのを待つ。なるべくヨダレは我慢しておるのだが、どうしても垂れてしまうのが恥ずかしい。なるべく早く許可されるように、一生懸命に尻尾を振る。振って振って振りすぎて、しりの筋肉がしびれ出す。うーむ、あれは苦しいもんだ。

苦しいといえば、今でこそ歳をとってしまって、あっちのほうはそれほど不満もないが、若い頃はそれはもう大変だった。家の前を若くて可愛いメス犬が通ったりすると、鎖を引きちぎってでもやりた……、いや、交尾をしたいと思ったものだ。欲求不満がたまって、夜吠えもしたことがあるが、ご主人にこっぴどく叱られたのでやめた。今となってはあれも若気の至り。

さて、ご主人には、奥様と子どもが一人ずついる。子どもはオスだ。吾輩がこの家に拾われたばかりの頃に生まれた。まあ、幼馴染と言っても良いだろう。よく散歩にも連れていってあげたものだ。吾輩がついていないと、危なっかしくて見ておれない。彼はもう十年も生きているのに、いまだにパートナーがおらず、子どももできない。欲求不満もないようで夜吠えもしない。

ああ、それにしても午後の日なたぼっこは気持ちが良い。何でお日様はこんなに気持ちが良いのだろう。もうちょっと日当たりがよければありがたいのだが。あと少しでお日様がサンサンと当たる場所に届くのだが、そうすると首が苦しい。そうこうするうちにだんだん眠くなってきた。ご主人も奥様も子どもも今日は出かけていて、なんだか寂しいものだ。いつもは奥様がなでてくれるのに。せめていい夢でも……。

ん?
何だか怪しい奴。誰だお前。何を怖がっておる。いつも見かける奴と同じ服だな。しかし、臭いが違う。お前、何をしておる。ああ、なんだ。ユービンとかいう奴か。それならそういう臭いを出せ。ややこしい。おどおどしているから、悪者かと思ったじゃないか。歳はとっても番犬の端くれぞ。この家は吾輩が守る。そう、この吾輩が守らずに誰が守ると言うのか。

なんだ、猫。またお前か。
吾輩は忙しいのだ。あっちへ行け。お前の相手をしている暇はないぞ。しっ、しっ。うー。馬鹿にしておるな。ええい、この鎖がいまいましい。これさえなければ、あいつのところまで走ってヒゲをむしり取ってやるのだが。うぬ。ふざけたことに、そんなところで寝るのか、お前は。そんな所で。そんな日当たりの良い所で眠るのか、貴様は。眠れるのか……。悔しいなぁ。この鎖がなければなぁ。えぇい、いまいましい、あいつの相手をするよりも寝たほうがましだ。無視無視。

ん。この臭いは何だ。怪しい臭いだ。
お。えっ。おぅ!? 家の裏で音がしたぞ。誰か居るな。見に行かなければ、って、この鎖が邪魔だ。ええい、くそ。裏で何か事件が、この鎖が、ご主人の家が、この首輪が、くそ、う、ぐぇっ。ぐぇほ、くっ、苦しい。しかし、事件が。この家に拾われて十年。ご主人には何のご恩返しもできぬまま、この歳まで生きてきた。今こそ、今こそ、ご恩返しの時ぞ。ええい、この首よ、ちぎれろ、ちぎれてしまえ。そして体だけで悪者を倒してみせようぞ。さあ、ちぎれろ。さあ。さ、あ、痛ててて。ああああっ、ちょちょ、ちょっと、今、ガラスが割れる音がしたよ。事件だよ。これ、絶対に事件だよ。絶対に悪者がいるよ。

おい、猫。
猫くん。
猫さま。
すまんが見てきてくれないか。いや、見てきてください。あ、無視したな。お前だって、餌もらったことあるだろ。全く、恩知らずめ。ちくしょう。おお、鎖がゆるくなった気がする。鎖の付け根が腐ってるんだな。もう一踏ん張りだ。さあ、さあ。よいしょお、よいしょお。うぉ、はずれた。猫め、ビビルな。お前のヒゲむしりなど後回しだ。顔を洗って待っていろ、ただし雨は降らすなよ。

裏庭はこっちか。あぁっ、誰だお前。この野郎。ここは吾輩のご主人の家だぞ。何をしておる。何で靴のままで家に入ろうとする。何で窓を割って、そこから入るのだ。逃げるな、噛み付いてやる。とりゃ、ぐむ、マッズーイ。何だ、お前は。クッセー。おえっ。吐き気がした。こうなりゃ吠えてやる。お、びびったな。さあ、行け。行ってしまえ。もう戻ってくるな。今度来たら、ただじゃすまさねえぞ。今度は臭くても噛み続けてやる。とっとと失せやがれ。あ、この野郎。植木鉢倒しやがって。

ふうっ。一仕事終えた後ってのは気持ちが良いな。さて、次は猫野郎だ。積年の恨み、今こそ、晴らしてくれ……、あ、居ない。お、そこか。くそ、届かん。吾輩にも塀に登る技術があれば……。ちくしょう。無念。次は逃がさんぞ。いや、いいや。猫なんかのことは忘れよう。今日は吾輩の初出陣、初勝利の日。早くご主人たちに帰ってきて欲しいものだ。楽しみ、楽しみ。褒められる。きっと褒められる。吾輩は悪者を見事に撃退したのだ。ご褒美なんかくれたりして。いやいや、いけない、いけない。ご褒美欲しさにやったことではない。これは、言わば犬としての責務。当然のことをやっただけ。大義、恩義に報いたのだ。けっして、ご褒美欲しさでは……、あ、ヨダレが出てきた。

お、帰ってきた。三人一緒だ。やっほーい。


「お母さーん。裏の窓が割れてるよー。あ、植木も倒れてる。あ、ゴン太。何やってんだ。あ、鎖引きずってる。お母さーん、犯人ゴン太だよ」
母に向かって叫ぶ子どもの周りを、老犬が嬉しそうに走りまわっていた。塀の上で、面白そうに猫が鳴いた。

2013年11月15日

最近聞いた、最新の島の怪談 ~誰かがいる家~

この島では、時どき気持ち悪い話を耳にする。

ある廃屋は、もう何年も人が住んでいなかった。その家の近くに畑を持つある老婆が、こんなことを言っていたそうだ。
「草むしりをしていたら、あの家の内側からドンドンと誰かが壁やら窓やらを叩いている」
それを聞いて、ばぁちゃんボケただろうと笑う人もいれば、オバケだ怖いと言って怯える人もいた。割合としては後者が多かったのだろう、その家は近所で「オバケ屋敷」として有名になった。

「オバケ屋敷」というのは田舎に行けばわりとどこにでもある。過疎が進んで誰も住まなくなった家というのはそう珍しいものではない。そんな家は、なんとも言えない哀愁と、そこはかとない不気味さを兼ね備えるのが常である。老婆が異変を感じた家も、そんなどこにでもある廃屋の一つだったのだが……。

最近のことである。その家の床下から遺体が見つかった。詳しい情報はなく、それが白骨だったのか、それとも真新しいものだったのか、そういったことはまったく分からない。ただ、「誰もいない家のはずなのに、内側からドンドンと叩く音を聞いた」という怪異と、「廃屋から遺体が見つかった」という事件、まったくの偶然かもしれないが、そこについ関連性を持たせて考えてしまうのだ。

最近聞いた、最新の島の怪談である。

2013年9月20日

人魚の季節に晩餐を

「この島には、夏になると人魚がやってくる漁村があるんですよ」
彼女は、僕の反応をうかがうような表情でそう言った。そこら中から押し寄せてくる蝉の声が、ひときわ大きくなったような気がした。

二十代最後の夏、一人旅の途中だ。
毎年、蝉の声が聞こえ始めると僕はいてもたってもいられなくなって旅に出る。高校三年生の時に身についた悪癖のせいだが、恋人にも教えていないし、知ったら二度とキスなんてしてもらえなくなるだろう。僕自身はグルメだと思っているのだが、ゲテモノ趣味と言われても仕方がない。夏の一人旅はこれで十一回目になる。旅の目的地は例年どおり適当に選んだ。今回はなんとなく島にしてみた。

テント以外のキャンプ用具をリュックに詰めて、僕は船に乗り込んだ。わりと小ぶりな船ですんなりと着いたはいいものの、そこはタクシー乗り場なんてないような小さな港だった。船から降りた人たちは、皆それぞれ家族と思われる迎えの車に乗っている。バスもなさそうだ。
ネットで印刷した地図では民宿もそう遠くなかったはずだと思い、歩くことにしたのだが、地図にない小さな道が多くて行きつ戻りつするうちに自分の位置を見失ってしまった。途方に暮れかけたころ、白いワンピース姿の若い女性が声をかけてくれた。恥ずかしながら道に迷ったと言うと、「同じ方向だから」と民宿まで案内してくれることになった。
その道すがら、人魚がやってくるという漁村の話をしてくれたのだ。

「それで、どうすると思います?」
彼女はイタズラっぽい表情で、僕の顔を覗き込んだ。間近で見ると、どことなく初恋かつ初体験の子に似ていて胸が高鳴った。胸元から白い肌が見えた。
「どうするっていうと?」
「そのやってくる人魚を」
「え……と、みんなで人魚をつかまえるとか……?」
ふふ、と彼女は笑って、半分あたり、そう言った。
「つかまえて食べるんですかね? ってことは、その村の人たちって、もしかして不老不死? たしか、人魚の肉を食べたら不老不死になるって言いません?」
「あはっ」
と彼女はおかしそうに吹き出した。
「確かにそんな伝説ありますね」
「まぁ、ただの昔話みたいなものですよね。僕は嫌いじゃないけど、そういう話。それに実際に食べられるんなら食べてみたいな。不老不死には興味ないけど」
「じゃ何のために食べるの?」
「いや、単に人魚の味に興味があるってだけで」
半ば本気で言ったつもりだったが、彼女は本気にしていないのか、ふーんと言ったきり、また別の話をし始めた。細い路地を右に曲がり左に曲がりしながら僕は会話を楽しんだ。

三十分も歩いたろうか。少し先に海が見えた。テトラポッドもある。地図では分からなかったが、民宿までは意外に距離があったようだ。毎度のことながら、地図を読むのは下手だ。一人旅には向いていないのだろう、と苦笑する。
「もうすぐですよ」
夏の日差しにうたれすぎて、汗がシャツにはりついている。背中のリュックも重く感じる。さすがに歩き疲れて、返事もあいまいになってしまった。そんな僕の様子に気づいてか、
「ちょっと休憩しましょうか」
そう言うと、彼女はテトラポッドに上った。ワンピースが風に揺れ、白い柔らかそうな太ももが顕わになった。思わず見とれてしまった。テトラポッドに上るのは高校以来だ。潮風で汗がひいていくのが気持ちいい。彼女の後ろ姿が青い海に映える。しばらく、海と彼女を眺めていた。彼女はふと座り込み、テトラポッドの下の海面を覗き込み始めた。
「魚か何かいますか」
「人魚が」
そう言って、彼女はふふと笑った。そのなにげない雰囲気が、やっぱり初めての子に似ていて、僕は思わずくらくらしてしまった。彼女の近くに行こうとしたその時、
「おーい」
さっき通った路地のほうから男性の声が聞こえた。振り向くと、麦わら帽子をかぶった作業着姿の人が、小走りにこちらへ向かっていた。
「あぶねーぞー」
ひょっこらひょっこらと跳ねるように走る姿がおかしかった。
「知り合いですか?」
そう言って振り返ると、彼女がいなかった。落ちたのかもしれない。あっ、と声を出して、僕は慌ててテトラポッドの下を覗き込んだ。波のたてる音がテトラポッドに反射して不思議な響きをつくっていた。
「おい、あんた」
肩で息をしながら男性が言った。
「あぶねーから、こっちゃこい」
「この下に、若い女性が」
僕は海面を覗き込んだまま叫んだ。
「いーから! こっちゃこい!」
その声の剣幕に驚いて顔をあげると、
「死にとーないなら、こっちゃこい!」
男性の必死の顔と声にうながされて、僕はテトラポッドから海岸に降りた。

「人魚の季節にテトラポッドに乗る奴なんざ、久しぶりに見た」
男性がため息をつきながら首をふった。呆れたという様子がありありと分かる。
「あの……、人魚の季節って……?」
「あぁ、あいつらは夏になるとやってくんのよ、この村に。よその村や他の島に来たって話は聞かねぇから、きっとこの島のこの村だけなんだろうな」
「なんかあるんですか、この村に?」
「いや、なんもねぇ」
「だったら、なんで」
男性が右足のズボンの裾をたくし上げた。僕は思わず唾を飲み込んだ。男性の筋肉質なふくらはぎは何ヶ所もえぐれていて、瘢痕となってひきつれていた。人の歯形のような古い傷もあった。
「人をとって喰うために来るんだ」
「え……、人を……ですか?」
「それであいつら不老不死になれるってんだから、こっちゃたまったもんじゃねぇ」

テトラポッドの底のほうで、大きな魚が暴れるような、そんな音がした。
僕は背中のリュックを地面におろした。さっきの女性の顔や体を思い出すと同時に、高校三年生のときの「初めて」の子の記憶が甦ってくる。ゆっくりリュックを開けると、中の調理器具がぶつかり合って硬い響きをたてる。
まさか、人魚と食の好みが同じとは。
僕は男性の脂肪の少なそうな足を見ながら、リュックにしのばせたナイフにそっと手を伸ばした。

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2013年9月13日

灯暗境の小鬼たち

父はビールを飲んでいた。母は台所で作った料理を庭に運んでいた。祖父は酔っ払って顔を赤くし、祖母はそんな祖父をからかっていた。叔父たちはバカ話をくり広げ、叔母たちから冷ややかに流されていた。

夏休み、お盆。
祖父母の家の庭にテーブルを出して、大人たちは酒盛りをしていた。弟と妹は、すでに家の中に入っていとこたちとテレビを観ていた。道路向かいの田んぼで、蛙たちが鳴いていた。少し離れた家から爆竹の音と、人の笑い声が響いてくる。僕は弟たちには混じらず、かといって大人たちの輪にも入れなかった。六年生にもなると、弟や妹、従弟らと一緒にテレビを観るのが嫌だった。かといって、大人の話にもついていけない、そんな中途半端な立場で、大人たちより少し離れて座っていた。

家の裏にある池に注ぐ山水の音が聞こえる。水の跳ねた音がしたのは、鯉かニジマスか、あるいはフナか。昼間には、従弟たちとこの池で釣りをした。鯉は釣っちゃダメ、ニジマスかフナだけよ、と祖母が言った。周りの大人たちは子どもらを囃したてた。釣りかけた魚が運よく逃げ出すと、子どもたちはため息を漏らしたり舌打ちをついたりした。大人たちは、そんな子どもの様子を見てどっと沸いた。鯉が釣れると、祖父は慌てて針を外しにかかった。魚たちは苦しそうにピチピチと身をよじりパクパクと口を動かしていた。釣ったニジマスやフナは、その日の食卓に乗った。そんな池の方でまた、魚の跳ねる音がした。

家の中から子どもたちの笑い声が聞こえる。お笑いでも観ているのだろうか。大人たちが一斉に笑った。こちらは酔った誰かの冗談が面白かったのだろう。僕は空を見上げた。月は山かげに隠れていて、そのかわり、星がたくさん見えた。ずっと遠くのほうから犬の鳴き声がした。たぶん、山本さんちのシロだ。

また、魚が跳ねた。

なんとなく気になって、池の方へ行くことにした。酒盛り用に出した照明の灯りは、僕が一歩進むごとに弱くなる。子どもたちの笑い声が遠くなる。大人たちの話し声が遠くなる。数歩先には、灯りのぎりぎり届くところと、まったく届かないところの境目があった。境目の向こう、闇の側に向かって、僕は跳ねた。

水たまりの上に着地して、パシャと水が広がった。子どもたちの笑い声が聞こえなくなった。大人たちの笑い声も止まった。僕は、おそるおそる後ろを振り返った。庭の灯りの中、大人たちがこちらに顔を向けていた。境目をこえた僕の姿は、大人たちに見えているのだろうか。すごく不安になった。戻ろうと思い足をあげたが、うまく進まない。声を出そうとしても、出てこない。水たまりの上でもがいた。

ピチピチ、パクパク。

「おいでよ」
子どもの声が背中から聞こえたような気がした。いつの間にか近くまできていた祖母が僕の手をつかみ、闇に向かって、
「シッシッ」
と野良犬を追い払うように手を振った。僕が灯りの側に入ると、うしろから、いくつかのため息と舌打ちが聞こえた。同時に、体の大きな何かがどっと笑い合うような濁った響き。

そして。
また。
魚の跳ねる音がした。

2013年9月12日

島の怪談 海上の祭り

この島で、続けざまに二件、小型漁船の遭難事故があった。どちらも、夜中に一人で漁に出て、朝になっても帰ってこないので騒動になった。一件目では船は見つかったものの、乗っていた漁師は見つからなかった。二件目は、無事に救出されたものの、以後、漁には出たがらなくなったという。生死の境をさまようような遭難をしたのだから当然だ、と周囲の人は考えた。しかし、どうやらそういう理由ではないらしい。

漁師の語ったところは、こうである。

夜の海で、自分の位置を見失った。あつい雲にさえぎられて、月明かりも届かない。少し霧も出たせいか、島影すら見えない。初夏とはいえ、海の上、少し肌寒くなってきた。無闇と動きまわると、燃料を使いきってしまい危険だ。エンジンを切って、甲板に寝ころんだ。朝までこのまま待とう、そう腹をくくったときだった。

「おーい」

遠くで人の声。
いやまさか。
風か。
それとも波の音か。

「おーい」

また。
今度は、少し近い。
風でも波でもない。
明らかに。

「おーい」

人の声。
それも、さっきよりさらに近い。
上半身を起こした。
救助か。
いや、それはない。
朝になっても帰らない船が遭難と判断されるのだから。
まだ自分は遭難したことにはなっていないはずだ。
となれば、この声はいったい。

「おーい」

それに、この声は、聞き憶えがある。
あたりを見渡すと、また、

「おーい」

声のするほうを見た。
いた。
この前、遭難した男。
漁師仲間だった。
彼が、いた。
海の上に。
立っていた。

「おーい、おい、おい、こっち、こっち、こっち来い」

笑いながら、彼はそう言った。
手まねきまでしていた。
ぞぞぞ、と、全身の毛穴が立ち上がるのが分かった。
顔をそむけた。
目を閉じた。
それでも、声は聞こえてきた。

「おい、ほら、おい、ほら」

波の音に合わせるかのように、リズミカルに。
屈託なく、明るい声で。

「こっちに来い、ほら、こっちに来い」

耳をふさいだ。
頭を振った。
幻覚だ、妄想だ。
やめてくれやめてくれやめてくれ。
それでも、かすかに声が聞こえる。

「おいほら、おいほら、こっち来い、ほら、こっちに来い」

とにかくひたすら耳を押さえ、目を閉じ、甲板にうつ伏せた。
どれくらい経っただろうか。
ふと気づくと、声が聞こえなくなっていた。
おそるおそる、耳から手をはなした。
声は、聞こえない。
目を閉じたまま、頭を上げた。
ゆっくり、ゆっくりと、薄目を開けた。
そこには。
海の上には。
数えきれないくらい人がいた。
皆、笑顔で手招きしていた。
何年か前に遭難した近所の爺さんもいた。
子どものころ、海で溺れて死体があがらなかった友人の姿もあった。
あまりの現実離れした光景に、ふっと自分を見失った。
みんな、笑っているじゃないか。

「おい、ほら、こっち、ほら、ほら、こっち、こっち来いって、こっち来い」

祭り囃子のようにさえ聞こえる。
なんだ。
楽しそうじゃないか。
俺も。
腰を上げかけた時、少し大きな波で船が揺れた。
よろめいて、尻もちをついた。
尾てい骨に響いた痛さで、我に返った。
危なかった。
もう少しで。
落ちていた。
恐怖心と怒りとを混ぜ合わせて、彼らを睨みつけると、

こいつら……、なんて顔をしてやがる。

もう、誰も笑ってはいなかった。
怒り顔でもない。
泣き顔でも、悔しそうな顔でもない。
これは、そう、漁協の宴会のときの、乾杯待ちの顔だ。
酒を飲むのが待ち遠しくてたまらない、そんな時の……。

ソワソワ、ワクワクした表情。

待ってやがる。

俺が落ちるのを。

釣り針で指先を突いた。
叫びながら、何回も何回も。
自分を見失わないように。
我を忘れないように。
朝が来るまで、彼は指先だけでなく体中を刺し貫いた。

彼が救助されたとき、服に広がった血の染みは、赤い水玉模様となっていたそうだ。



※谷一生の著書『富士子 島の怪談』のタイトルからインスピレーションを得て書いた。遭難救助の直後、現場近くの居酒屋で聞いた話をもとにしている。

2013年8月9日

錆びたボタン

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最後の一けた、『7』のボタンを押せないまま、もう何度、受話器を置いただろうか。そのたびに、つり銭口に落ちる十円硬貨の乾いた音が、電話ボックスの中に響き渡る。もう一度だけ声が聞きたい、ちゃんとさようならって言いたい、名前を呼んで欲しい、そんな可愛らしくも未練たらしい想いがないわけではない。でも、別の、真逆の、すごく黒々とした気持ちもある。批難、恨み節、呪詛の言葉。いま会話したら、きっと最後はそういう負の感情をぶつけて終わってしまう。そう思うと悲しくて、そんな幕引きをするのが嫌で、そのあとの自分の心が怖くて、少し錆びたボタンが押せない。

私は十円硬貨を再び電話器に入れた。ゆっくりとボタンを押していく。

嘘をついていた彼は悪い。でも、騙されたふりをしていた私は、ずるい。彼の左手に残る指輪の跡を見ないようにしてきた。私の頬に残る涙の跡は見せないようにしてきた。そういうふうにして、お互いに背中を見せないような付き合い方をしてきた。こんな嘘つき男とずるい女で、行きつく未来なんてたかが知れいていたけれど、それを盲目というのなら、彼はともかく、私はまさにそうだった。先が見えないことを無理やり良いほうに考えようとしていた。だけど本当は、先は見えないんじゃなくて、そもそも先なんてないってことも分かっていた。

そしてまた、最後のボタンを押せないままに、私はため息をついて受話器を置いた。

あなたのことを好きだった。あなたは私を好きだったの? 私はいまも好き。あれから、あなたを何度も夢に見た。私はあなたの夢に出たのかな? 奥さんと別れて欲しいなんて言えなかったよ。あなたは奥さんと別れようなんて思ったことはある? あなたを殺して私も死のうと考えたことがある。私に殺されるかもしれないなんて、あなた思ったことはある?

私は、これが最後と思い定めて、十円玉を電話機に滑り込ませた。その時だ。電話ボックスの外でワイワイと騒がしい声がし始めたかと思うと、突然ドアが乱暴に叩かれた。
「すいませぇん、すいませぇん」
間延びした声が聞こえ、振り向くと金髪の若い男性が立ってこちらを覗き込んでいた。私は体を硬くする。受話器を持つ手が震えた。見ず知らずの男性に間近で声をかけられた驚きや怖さというより、私にとってすごく大切な時間を邪魔された怒りからくる震えだった。私はドアに顔を近づけて、思いきり若者を睨みつけた。

「うわっ」
「おいおい、ふかしやめろって」
「いや、マジだって」
「ビビりすぎだっつの」
「いやマジ、女が睨んでたんだって」
「おめぇウワサ信じすぎだし」
「じゃ、おまえらもやってみろよ」
「やめとくわ、オバケとか興味ねぇし」

だんだんと騒がしい声が遠ざかっていく。私の大切な時間が戻ってくる。私は受話器を握りしめ、ゆっくりと、ゆっくりと、錆びたボタンを押していく。