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2019年12月2日

面白くて読み足りない!! 『仮病の見抜きかた』


エピソード、「賢明な読者へ」、エピローグという構成で、10章から成る。
面白くて、だからこそ読み足りなかった。

非常に印象的で、共感できる部分を抜粋。
頻回突診をする患者本人に、「なぜそんな理由で受診するのか」などと訊くのは全くの無駄である。そうではなく「頻回受診をしてしまう」こと自体を症状と捉えるべきである。
医師の誠実さというのは尊いが、診療が患者に届かなければ失敗である。逆に、診療の中断を防ぎ、多少いい加減でも患者に医療が継続的に提供されていれば成功である。
臨床医は、病気を持つ者の人生や人生観に触れられる、相変わらず奇異な職業だなとあらためて思った。

2019年11月29日

タイトルが堅すぎるが、中身は依存症治療に携わるすべての人に読んでみて欲しい良書 『ハームリダクションアプローチ やめさせようとしない依存症治療の実践』


一年半前に読んだ『アルコール依存症治療革命』では、俺の脳内で本当に革命が起こった。
革命家・成瀬先生が新たに出された本、ということで期待して読んだ。
しかし、内容的には『アルコール~』に書かれていたことを薬物・処方薬へと広げたもので、一年半前のような興奮は感じなかった。

これは、少しも残念なことではない。

なぜなら、あの革命がいまなお脳内で生きているということだからだ。

では、人に勧めるなら『アルコール~』とどちらだろうか。
それは人による。
アルコール依存症にだけ関わる人なら前著で良いし、他の依存症にも関心があるなら本書だ。

残念な点を一つあげるならタイトル。
「ハームリダクション」という単語は、依存症に関わる人にはかなり普及しているが、医療者でさえ「なにそれ?」という人はまだまだいるし、たとえ聞いたことがあったとしても、
「あぁ、HIV予防のために、麻薬常習者に注射器を配ったあれね」
くらいの人も多いだろう。
そういう人たちに本書を読ませ、依存症治療への意識を改革する、ということを目的にした場合、このタイトルでは届きにくいのではなかろうか。
『アルコール依存症治療革命』のように、もっとポップに、『依存症、これだけ!』とか、出版社は違うが『ねころんで読める依存症治療』とか、そういう手に取りやすさを重視しても良かったのではなかろうか。

以下、本書で時おりまとめられるポイントを引用。

【依存症に関係する人間関係6つの問題】
  1. 自己評価が低く自分に自信をもてない
  2. 人を信じられない
  3. 本音を言えない
  4. 見捨てられる不安が強い
  5. 孤独でさみしい
  6. 自分を大切にできない
    ※自分は親からさえ受け入れられていない、他人から受け入れられる価値がない、と誤解している。

【依存症患者の背景にみられる具体的な特徴】
  1. 本当は、完璧主義できちんとしなければ気がすまない。
  2. 本当は、柔軟性がなく不器用で自信がない。
  3. 本当は、頑張り屋であり頑張らなければと思っている。
  4. 本当は、根はきわめてまじめである。
  5. 本当は、やさしく人がいい。
  6. 本当は、気が小さい・臆病・人が怖い。
  7. 本当は、恥ずかしがりで寂しがりである。
  8. 本当は、自分は人に受け入れられないと思い込んでいる。
  9. 本当は、自分は人に受け入れられたいと思っている。
  10. 本当は、生きていることがつらくて仕方がない。

【依存症患者への望ましい対応10カ条】
  1. 患者一人ひとりに敬意をもって接する。
  2. 患者と対等の立場にあることを常に自覚する。
  3. 患者の自尊感情を傷つけない。
  4. 患者を選ばない。
  5. 患者をコントロールしようとしない。
  6. 患者にルールを守らせることに囚われすぎない。
  7. 患者との1対1の信頼関係づくりを大切にする。
  8. 患者に過大な期待をせず、長い目で回復を見守る。
  9. 患者に明るく安心できる場を提供する。
  10. 患者の自立を促す関わりを心がける。

【「ようこそ外来」は「ハームリダクション外来」である】
  1. 外来に来たこと自体をすべてのスタッフで評価・歓迎する。
  2. 覚せい剤使用については通報しない保証をする。
  3. 本人が問題に感じていることを聞き取る。
  4. 本人がどうしたいかに焦点をあてる。
  5. これまでに起きた問題点を整理し解決案を提示する。
  6. 依存症について説明し適時必要な情報提供をする。
  7. 外来を正直な思いを安心して話せる場とする。
  8. 外来で治療を続けられるように最大限配慮する。
  9. 断酒・断薬を強要しない。再飲酒・再使用を責めない。
  10. 患者の困っていることに焦点を当てて関わる。
  11. ※患者の人権を尊重して信頼関係を築くことを優先する。

【依存症治療「7つの法則」】
  1. 依存症は「病気」であると理解できれば治療はうまくいく.
  2. 治療を困難にしている最大の原因は,治療者の患者に対する陰性感情である.
  3. 回復者に会い回復を信じられると,治療者のスタンスは変わる.
  4. 依存症患者を理解するために「6つの特徴」を覚えておく.
  5. 依存症患者の飲酒・薬物使用は,生きにくさを抱えた人の「孤独な自己治療」
  6. である.
  7. 断酒・断薬を強要せず再飲酒・再使用を責めなければ,よい治療者になれる。
  8. ※断酒・断薬の有無に囚われず信頼関係を築いていくことが治療のコツである。

【ハームリダクション臨床の心得10カ条】
  1. 患者中心のスタンスを常に維持する。
  2. 患者に敬意をもって誠実に対応する。
  3. 患者との信頼関係づくりを優先する。
  4. 患者の現状をそのまま肯定的に受け入れる。
  5. 患者の問題行動は症状の影響が大きいことを理解する。
  6. 治療目標を断酒・断薬に焦点づけしない。
  7. 患者の飲酒・薬物使用を責めずに受け入れる。
  8. 患者が困っていることに焦点づけする。
  9. 患者の飲酒・薬物使用に囚われず患者の害の軽減を目的とする。
  10. 患者に陰性感情をもたずに寄り添っていく。

2019年9月25日

育児書は書くほうも、読むほうも、売り手も、レベル選びが難しい……。 『児童精神科医ママの子どもの心を育てるコツBOOK 子どもも親も笑顔が増える!』 『小児科医ママの「育児の不安」解決BOOK 間違った助言や迷信に悩まされないために』


Amazonレビューで星5つが多いので、我が子の子育てと、自分の仕事で役立てられないかと思って読んでみたが、星5つはちょっと過剰評価ではなかろうか。同じような内容で、もっと安い本はけっこうある。ちなみに本書は定価1400円。

専門が異なるとはいえ同じ精神科医だから、評価がちょっと厳しくなるのかなぁ……。


いっぽう、こちらは星4つくらい。専門家にとっては当たり前で気にすることがないのに、親は気になってしまうというポイントをよく押さえてある。「薄毛ってなおるの?」「おへそがきれいになりません」「頭の形がいびつです」といった体の話、「母乳に食べたものの味が出る?」「授乳中の嗜好品はダメ?」といった食事の話、「新生児は、いつから外出OK?」「おしゃぶりはよくない?」「ベビーバスっていつまで?」「かぜのときの入浴はダメ?」といった生活の話、おむつかぶれや乳児湿疹、汗疹と言ったトラブルの話など。

新米パパ・ママが読むには分量もほどほどで良い本だと思った。


久しぶりに育児書を読んだが、こういう本はターゲットをどういう人にするかで中身も大きく変わる。上の2冊はおそらく普段あまり本を読まない人向けであり、文字は少なく、挿し絵が多い。また情報過多にならないよう、かなり抑えてあるように感じた。本を読み慣れた人にとっては物足りないだろう。しかし、情報満載の育児書が良いかというとそうでもない。本を読み慣れてはいるといっても、それが普段は小説メインという人の場合、膨大な情報を処理するのに一苦労するだろうし、情報の洪水に呑みこまれる恐れもある。

育児書というのは、書き手も読み手も、そして売り手も、選別というのが難しいものだと感じた。

2019年9月20日

医師が一流になれるか、なれないか、その要諦は受け持った患者にもよる。患者によって医師も育てられるのだ。 『打撃投手 天才バッターの恋人と呼ばれた男たち』


打撃投手と精神科医は似ている。
一流の打撃投手は、いかに打者にとって打ちやすい球を多く投げられるか、打者の要求するコースに確実に投げられるか、とこれまで私は考えていた。(中略)
だが、これは土台と言うべきであって、それだけでは条件を満たさない。これにプラスアルファして、打者といかに意思の疎通をはかることができるか、という能力が必要だとわかった。(中略)
投げながら打者を育ててゆく、同時に打者に助言もする。ここに打撃投手の技術の神髄がある。
精神科医も、患者や家族が理解できる言葉を探りつつ、答えやすい質問を選んで投げかけ、その様子から言葉を選びなおし、質問の内容を変え、助言するときにも同じように配慮する。そして、打者である患者が病院外でヒットを打ってくれれば嬉しい。

また著者はこんなことも書いている。
打撃投手が一流になれるか、なれないか、その要諦は組んだ打者にもよる。打者によって打撃投手も育てられるのだ。
これを医師と患者に置き換えても、まったく違和感ないものになる。

医師が一流になれるか、なれないか、その要諦は受け持った患者にもよる。患者によって医師も育てられるのだ。

精神科医としてストンと納得のいく話を、落合博満の打撃投手だった渡部司がこう語っている。
打者が打ってくれた球がストライクなんです。打者が打ってくれるところに投げればいいんです。たとえボールでも、ワンバウンドしても、打者が打てばこれはストライク。
精神科でも、患者さんや家族の心に届いた言葉がストライクである。そして、届くような態度と言葉を選べば良い。たとえ不器用でも、下手くそでも、患者さんや家族に届けばこれはストライク。そういうことだ。

さて、前著『この腕がつきるまで 打撃投手、もう一人のエースたちの物語』では長嶋、王など往年の名選手たちがメインであったが、今回は松井秀喜、イチロー、清原和博といった自分と同世代の野球選手の名前がたくさん出てきた。その中でも印象に残ったのが、先日、覚醒剤で逮捕・起訴された清原和博のエピソード。巨人軍で清原の打撃投手をつとめた田子譲治の父親が、平成18年に他界した時のことだ。この当時、すでに清原は巨人軍を去っていた。
巨人軍から大きな花束が届けられたが、選手からは「選手会一同」という形で届けられた。その中に交じって一つだけ花束が別に届けられた。そこには「清原和博」と書かれてあった。清原とはそんな心遣いをする人間だった。
覚醒剤に手を出したのはバカだと思うけれど、清原の人物伝を読むと、この人のことを嫌いにはなれない。むしろ、叱りつつ応援し続けたくなる。

精神科医は専門書以外からでも学べること、学ぶべきことがたくさんあるので、「精神科専門書」だけでなく「小説」「ノンフィクション」「サラリーマン向けの本」などにも手を出すほうが良い。本書はその点でも素晴らしい一冊だった。

2019年9月13日

医療系学生は必携! 『病気がみえる 〈vol.7〉 脳・神経』


医療系の学生向けのテキストではあるが、卒後10年目の精神科医が読んで充分に勉強になる本だった(それだけ知識がなくなっている証拠でもある……)。

最初から最後まで分かりやすさに重点を置いてあり、イラストもカラフルで視覚的に理解しやすい。

このボリュームと内容で4000円であれば、充分にもとがとれる。最初から最後までザッと読み終えて、学生時代に出会っていれば神経系の勉強がもう少しスムーズだったかもしれないなぁ、なんて思った一冊。

2019年9月10日

一般医師向けで、深すぎず浅すぎず、神経疾患のスクリーニングを求められる人たちにはぜひ勧めたい! 『みるトレ 神経疾患』


精神科と神経内科では、患者さんの訴えが重なることが多々ある。そして、神経内科疾患の人がいきなり精神科に来ることもありえる。そういうときに、精神科医が神経疾患をまったく念頭におかず、精神科的なみかただけで対応してしまったら、その患者さんは大いに不利益を被ることになる(だから通常は先に内科を受診してもらう)。そんなイヤな事態にはなりたくないので、神経内科についても勉強が必要だ。

本書は、神経内科の専門分野についてかなり忘れてしまっている精神科医でも、充分に理解しながら通読できる優れた教科書であった。

タイトルに「みるトレ」とあるように、症例写真が豊富で非常に参考になった。ただし、各疾患の症状の根拠となる神経解剖を概説する図は一切ないので、神経解剖の簡単な本が手もとにあると理解がよりスムーズで、記憶に定着しやすいだろう。改訂版では付録に簡単な図があると良い気もするが、そもそもこういう本を読もうとする人なら、すでに手もとに1冊くらいは神経解剖の本を持っているかな……。

専門医ではなく、一般医師向けに書かれていて、深すぎず、かといって浅すぎることもない。精神科医を含め、神経疾患のスクリーニングを求められる人たちにはぜひ勧めたい本。

2019年9月9日

通訳者のエッセイなのに、対人援助職の教科書としても一流! 『魔女の1ダース』


著者の米原万里はもともとロシア語通訳者である。通訳者の仕事は、異なる言語と文化を持った人たちを仲介することだが、それは単に言葉を置き換えるだけで成り立つものではない。Aという国の言葉・文化・歴史にも通じていて、さらにはBという国の言葉・文化・歴史にも造詣が深くて、それでようやくAとBの仲介者になれる。

米原女史の本を読むと、患者と家族、患者とスタッフ、患者と他科の医師、患者と社会などの間に立って、通訳者のような仕事をする精神科医としてどうあるべきかを教えられる。同じ日本語を話す人同士であっても、土地柄や出自、育った環境、現在の境遇、その他もろもろの違いが影響しあって、常にスムーズに通じ合えるというわけではない。それどころか、精神科臨床では、「通じ合わない」ことの苦労を抱えている人のほうが多いくらいだ。そしてそこに、精神科医としての自分の役割、「通訳者」としての存在意義があるような気がする。

『不実な美女か、貞淑な醜女か』での切れ味鋭い舌鋒は今回も変わらず。この2冊は単なるエッセイではなく、多くの対人援助職が読んでおくべき一流の教科書である。

2019年9月6日

患者説明やプレゼンテーションと「冗語性」について

同時通訳では、原稿を読む人の通訳はほぼ不可能らしい(事前に原稿を渡されている場合を除く)。

話し言葉には、同じことを言い換えたり繰り返したりと「冗語性」があり、そのおかげで「会話の主旨」をつかんだ同時通訳が可能になるそうだ。原稿を読む人のプレゼンが頭に残りにくいのも、きっと同じ理屈だ。

病気や治療について患者さんに説明する時、以前はいかにスムーズにすらすらとできるかを目指していた。そのほうが「デキる医者」に見えそうだと思ったから。しかし、耳から入る情報はなるべく冗語性のあるほうが頭に残りやすいようだと気づき、流暢さを捨てた。文章に書き起こせばクドクドと長ったらしいはずだが、相手の頭には残る。

逆に、読んでもらうための文章からは、冗語性をなるべく排除する。

会話は肥らせ、文章はスマートに。

これが理想である。



通訳の話は本書から学んだ。

2019年8月30日

リーダー職にある人には、ぜひ読んでみて欲しい! 『野村ノート』


転勤のある医師は、野球の監督に似ている。

転勤先の病棟で働いているのはプロのスタッフたちである。野球と同じで、それぞれの技術やモチベーションには差があるし、全体としての雰囲気や風土がある。「治療」という勝負で「改善」という勝利をつかむため、医師はチームを自分の理想の形に創り変えていかなければならない。

そう考えると、野球監督の組織論からは得ることが多い。中でも野村克也は、野球そのものやチームを多角的に研究しているので、読んでいてナルホドと思うことが多い。

本書で印象に残ったのが、リーダーとして大切な3つの能力として挙げられた、問題分析能力、人間関係能力、未来創造能力である。特に最後の未来創造能力について語られており、これには非常に共感することが多かった。

ただし、創造の前には想像が必要。つまり、どういう病棟にしたいか、ということ。このビジョンがなければ、なにも創造なんてできないのだから。

リーダー職にある人には、ぜひ読んでみて欲しい。野球の細かい話も出てくるが、そのあたりは俺もすっ飛ばした。野球に興味がなくても得るものは多いはずだ。

2019年8月19日

脳卒中や外傷後の高次脳機能障害でも、脳機能は少しずつ学習する 『壊れた脳 生存する知』


脳出血によって高次脳機能障害になってしまった著者が、自らの体験を表現豊かに、そしてユーモラスに語った本。

著者は整形外科医で、3度の脳出血の後も試行錯誤しながら自己リハビリに取り組み、ついにIQは100以上になったとのこと。おそらく発症前のIQは相当に高かったのだろうが、人間の能力はIQだけでは語れない。著者の山田先生の場合、IQ以上に人間性、ユーモア精神、根気や根性に恵まれているように見える。また、生まれ持った運というものもあるのだろう。3回も脳出血を起こして医師を続けるというのは、並大抵のことではないはずだ。

脳卒中(脳出血や脳梗塞)後の脳機能は、非常にゆっくりではあるが確実に回復する。実際には「回復」というより「学習」というほうが適切かもしれない。例えるなら、高速道路が寸断された後に下道でたどり着く方法を見つけるようなものだ。遠回りで時間もかかるけれど、目的地にはたどり着く。

これまで精神科医として実際に高次脳機能障害の患者を数名みたが、全員が1年後、2年後には多かれ少なかれ機能改善していた。このことは、新規の患者さんや家族には必ず伝え、常に希望を処方するようにしている。

以前、こんなことがあった。くも膜下出血を発症した若い人が、発症からまだ4ヶ月しか経っていないのに、身体科の主治医の指示で知能検査を受けた。当然、結果はひどく悪い。それが挫折感、屈辱感、敗北感といったものを与えてしまったのか、その人は引きこもって生活し、数ヶ月後ついに重篤な自殺未遂をしてしまった。

こういうケースでの知能検査は、早くても発症から6ヶ月後、もし本人が急いでいないなら1年後でも良いと思う。身体の検査に痛みや被曝という侵襲性があるように、心の検査にも時に大きな侵襲性があるということは知っておいてもらいたい。

当時、心理士2名とも話し合い、身体科の医師から知能検査の指示があっても、状況によっては心理士から「もうしばらく待ったほうが良いです」と意見して良いし、場合によっては「精神科医から、脳卒中や頭部外傷後6ヶ月以内の知能検査は禁じられている」と答えても良いことにした。

ところで、本書の話に戻ると、ツイッターで時々お見かけする産婦人科の網野先生のお名前も出てきた。文面からするに、医学生時代からの友人、それも親友という仲なのだろう。はて、自分が同じ境遇になった時に物心両面で支えてくれそうな友人は……、あ、何人かいそうだな(笑)

2019年8月16日

多くのリーダーに読んで欲しい!! 『リーダーシップ』


臨床医が生涯にわたって学習すべき分野は三つある。一つ目は病気についてで、これは医師なら当然のことだ。二つ目は患者さんやスタッフとのコミュニケーションについて。そして三つ目が、リーダーシップである。

世の中には、生まれついてリーダーの素質を持つネイティブ・リーダーがいるが、そういう人は決して多くはない。まったくの憶測だが、おそらく20人から50人に1人くらいではないだろうか。これは人類が小集団で生活していた頃の名残りみたいなもので、これくらいの頻度でネイティブ・リーダーが生まれれば、50人から100人の小集団において長期にわたる「リーダー不在」がないはずだという、まったくの推測に過ぎない。

そんなネイティブ・リーダーであっても、現代の多様化した社会構造においては、素質を活かせるとは限らない。むしろその逆に、リーダーの素質を持って生まれたわけではない大多数の人たちが、リーダーとしての立場に立たざるを得ないことのほうが多いだろう。医師も例外ではなく、恐らく、というより間違いなく、ほとんどの医師に生来のリーダーシップなど備わっていない。しかし、医師になった以上、本人が好むと好まざるとに関わらず、リーダーとして活動したり振る舞ったりしなければならない。だから、医師はリーダーシップを自ら積極的に学び、身につけなければいけない。自分のためでもあるが、それ以上にスタッフのため、チームのためであり、それは結局のところ、すべて患者さんのためである。

年に数冊は、こうしたリーダーシップ関連の本を読む。今回はニューヨークの元市長、ルドルフ・ジュリアーニの著書だ。多くの人がジュリアーニ市長の名前を聞いたことがあるのではなかろうか。それは、彼が9・11テロの時にニューヨーク市長だったからだろう。

本書ではジュリアーニのリーダーシップ論が、検事時代や市長在職中の逸話とともに語られる。アフガニスタンに対する考えや態度には一部賛成できない部分もあったが、リーダー論として非常にためになった。また、良質な翻訳で最初から最後までストレスなく読めた。

ジュリアーニ市長のエピソードを一つだけ紹介しておく。テロ後、世界各国の指導者たちがグラウンド・ゼロを訪れ、市長は彼らを案内した。多くの指導者が涙を浮かべたり、打ちひしがれたりしたが、豪華な金色のローブでやってきたサウジアラビアのアルワイード・ビン・タラル王子の態度にジュリアーニは違和感をおぼえた。
王子が薄笑いを浮かべていて、それが側近にまでおよんでいるように思えたのだ。現場を見て、心動かされたようすがないのは彼だけだった。不愉快ではあったが、「こっちが神経過敏になっているせいだろう」と思った。
王子は被災者のための基金に1000万ドル(10億円前後)の寄付をしたが、その時に配布したプレスリリースに、
「アメリカ合衆国政府は中東政策を見直し、パレスチナの主張に対し、もっとバランスの取れたスタンスを取るべきである」
といった声明も記されていた。テロの被災者に対する寄付金であるにも関わらず、こんな政治的なメッセージ、しかもアメリカにも責任の一端があるような書き方をされて……、そんな寄付金なんて受け取れるか!! ジュリアーニは熟慮の結果、この寄付をキッパリと断った。こんな大胆な決断を下せる政治家が日本にいるだろうか?

2019年8月6日

コミュニケーション必須の職業の人にぜひとも読んで欲しい! 『不実な美女か貞淑な醜女(ブス)か』


著者の米原万里はロシア語の通訳者である。本書は、彼女が通訳業として体験したエピソードや、そこから得られた言語にまつわる見解が、面白く読みやすく記されている。そして、意外なことに、精神科医にとって非常に参考になることが多かった。

考えてみると、精神科医は通訳者のような役割を求められることが多い。患者と家族の間に入り、患者の言い分を家族に、家族の気持ちを患者に、双方の立場や想いを汲み取りながら仲介して伝える。患者と看護師、看護師と医師、患者と他科の医師の間に入る場合もある。

通訳者とは単に「外国語が堪能な人」ではない。日本語も堪能でなければ勤まらない。著者の「母国語よりも巧みに第二言語を使いこなせる人はおらず、第二言語の技術は母国語を超えない」という主張は、まさにその通りだと思う。また、日本語と外国語が上手く話せるだけでなく、その外国語を使用する国の文化や考え方といったものにも通じていなければならない。

このように、双方の背景を把握しつつ、臨機応変で柔軟な対応を求められるのは、通訳も精神科医も同じである。それから、語彙力が求められるところも似ている。精神科医が患者について描写しようとするときには、自分の語彙力以上のことは表現できない。極端な話、統合失調症と診断した患者の様子を記載した場合、どの患者のカルテを見ても同じような文言が並んでいて見分けがつかないということもある。

ここまでで、精神科医と通訳が似ていると書いてきたが、おそらく看護師や作業療法士だって、主治医と患者の間で、あるいは患者と患者の間で、通訳業のようなことをしているはずだ。同じように、それが仕事かどうかに関わりなく、二者関係の間に立つ全ての人に、通訳業と同じような技術や能力が求められるだろう。

だから、本書はただの「通訳おもしろエピソード集」ではなく、二者の間を取り持つ際の技術や心構えに関する教本と言える。そして、これほど優れた教本はそう多くない。得るところが非常に多く、たくさんの人に読んで欲しい本である。

2019年7月29日

達人が語る短い診察時間 神田橋先生の『精神科講義』より

精神科医になりたてのころに先輩のS先生から、
「精神科の診察室に長居したい患者さんなんて、そう多くない。お前が患者だったらどう? 医者から長々あれこれ聞かれたらイヤだろ」
と言われた。

神田橋先生は、このことについて達人らしく語っている。
外来に来ている、維持投薬だけをしているような患者さんがいますよね。ある程度の社会生活はできている。そういう患者さんに、一番サポーティブな接し方は、
「今日は質問することが何も思いつかないけれど」
と言うのが、一番サポーティブです。
「あなたのほうで何か質問があったらどうぞ。特に変わりがなければ、いつもの通り、薬をあげるのでいい?」
と言ってあげるのがサポーティブ。
無理やり、「近ごろどうしてるね?」とか「仕事は順調ね?」とかそういうようなことを思いついて、必要があって聞くならいいけど、何か聞かにゃいくまいと思って聞くと、有害この上もないし、順調かどうかなんて聞かないでもパッと見たら分かるんだから。(中略)
何も聞き出されないし、聞きたいことにはきちんと答えてもらえるというのが、統合失調症に限らずね、患者さんにいいです。(中略)
「あそこに行くとなんか話をさせられる」というのはいかんでしょ。
こうやって書いてみると、S先生の言っていたこととかなり似ている。なんだかS先生が凄い人のように思えてきた。

2019年7月22日

3分で読めるわけではなく、3分で身につくものでもないが、シンプルに確認するには優れた本 『3分間 神経診察法』


精神科を初めて受診する患者さんの場合、いくら本人が、
「体はどこも悪くない。これは心の問題だ」
と言い張ったとしても、必ず「身体疾患によるものではない」ということを確認しなくてはいけない。これを、医師の言葉で「身体疾患を除外する」という。

初診ではなく、かかりつけの患者さんからも「最近ちょっと手が震える」という相談はよく受ける。真っ先に薬の副作用を考えはするが、きちんと診察すれば、それが薬剤性か、その他のものか、ある程度までは判断できる(ただし完ぺきとは言えない。また、ある病院の大御所の神経内科医は、患者が精神科にかかっていると知ると、痺れや震えをすべて「精神科の薬のせい」にしてしまうので困る)。

身体疾患を除外するためには、それなりに診察ができないといけないので、時どきこういう本を読んで診察法の復習をする。索引も含めて88ページの薄い本で3600円はちょっと高価に感じるかもしれないが、神経診察法に特化して非常にシンプルにまとめられており、このシンプルさの追求にそれだけのコストがかかったと考えると妥当な金額ではあるだろう。診察法を確認するのには向いているが、そのかわり、神経内科分野のさまざまな疾患についての説明はほとんどない。

2019年7月19日

超一流の神経内科医による医療ミステリ小説 『インフォームド・コンセント 消えた同意書』


主人公は優秀な神経内科医であるポール・リチャードソン。彼が立案・計画した「統合失調症患者への実験的手術」を受けた患者が、術後は逆に状態が悪化したという訴訟を起こした。しかし、リチャードソン医師は術前にインフォームド・コンセントをしっかりとっており、起こりうる有害事象も完璧に説明していた。そのはずだった。ところが、カルテにはその同意書がない! でも大丈夫。インフォームド・コンセントを得たときに、看護師も同席していたから、きっと彼女が証言してくれるだろう……、と思ったら、その看護師が何者かに殺害されてしまった! しかも、その看護師とリチャードソン医師には性的関係があって……。

ミステリとしては1.5流から2流くらいの気もするが、そこに神経内科の知識がからむので面白かった。それから、クライマックスに出てくる救急救命室の場面描写では、
「放射線科が呼んでます!」
「待たせとけ! いつもはこっちが待たされてんだ! バイタルは!?」
のように、ほぼセリフだけで進むのだが、それがやけに臨場感があって興奮した。

加えて、リチャードソン医師による回診場面は、神経内科の勉強にもなる。神経内科系の知識があって興味もある人には非常に面白い小説だと思う。

2019年7月18日

脳科学の進展はめざましい!? 素人でも読みやすい脳の話 『脳を知りたい!』


「脳科学の進展はめざましい」と聞いた時、どんなことを考えるだろうか。研究者と一般人とでは、イメージするものが異なっている。「狭く深い」と「広く浅い」の違いである。研究者の「めざましい」は範囲が限定的であるのに対し、一般人はそれが「身の回りにすぐに応用できるもの」と考えがちである。

そこで本書は、「狭く深い」と「広く浅い」の間を橋渡ししようという意図で書かれている。そのため著者は「専門用語をなるべく、いや、できるだけ使わないで書く」ことを自らに課している。そして、
断言してもよいが、ここまで専門用語を使わずに書かれた脳研究の最先端レポートは、いままでになかった。本音を言うと、私にはこれ以上、脳研究についてやさしく書く自信がない。
とまで言い切る。初版は2001年。現時点からすれば15年前なので、本書の内容が脳研究の最先端というわけにはいかないだろうが、脳研究の全体像をつかむには充分だと感じた。

各章のタイトルを記しておく。

第1章 脳と早期教育 早期教育で賢い脳は造れるのか
第2章 脳とうつ病 脳が故障するとき
第3章 脳と環境ホルモン 現代人の脳が環境ホルモンに壊される
第4章 脳と睡眠 なぜ眠いのか、眠れないのか
第5章 脳と視覚 ヒトはなぜ人の顔を識別できるのか
第6章 脳と言葉 失語症……脳はいかに言葉を認識するか
第7章 脳とアルツハイマー病 人はいかにしてアルツハイマー病になるのか
第8章 脳と意識 こころはどこにあるか

早期教育に関する第1章では、平易な文章で鋭い指摘がなされており素晴らしかった。これに対して、環境ホルモンの章では数字のトリック(実数を示さず、リスク何倍という表現)で不安を煽るようなものになっており、やや残念に感じた。それでも全体的には充分に面白い本だった。

余談ではあるが、文庫版の解説は茂木健一郎。うーん、脳科学に関して「広く浅く」応用できるような錯覚を一般人に植えつけてきた代表格ではないのか? そこはちょっといただけない。

2019年7月16日

レビー小体型認知症の介護のための本2冊を読み比べてみた 『レビー小体型認知症がよくわかる本』 『レビー小体型認知症の介護がわかる本』


レビー小体型認知症の人の家族から、「どう対応したら良いのでしょうか?」と質問されることがある。これにうまく答えるのがなかなか難しい。というのも、「何についての対応か」が曖昧なことが多いからだ。幻視や妄想に対してなのか、パーキンソン症状についてなのか、あるいはその他の何かなのか。

多くの場合、家族がもっとも驚いている、あるいは理解に苦しんでいるのは幻視や妄想といった症状である。だから、きっと幻覚妄想への対応についての質問だろうと考え、「こうしてみたらどうでしょう」というのをいくつか提案する。ところが、これがすんなり受け容れられることは多くない。

これはレビー小体型認知症に限った話ではないが、医師の提案は、切羽詰まっていたり時間的に余裕がなかったりする家族にしてみれば、呑気すぎるか非現実的かに感じられるのだろう。残念ながら、幻覚や妄想のある患者への特効薬的な対応はないし、家族が介護の中心とならざるをえない日本の現状もすぐには変えようがない。

それでもなにか良い知恵はないものか、ということで、この2冊を読んでみた。医療者向けではないので、治療の詳しいことは書いていないが、介護する人たちが知りたいと思うことは網羅されているのではなかろうか。

どちらもレビー小体型認知症を発見した小阪憲司先生が関わった本なので、内容的には大差ない。大きな違いは、イラストと文字である。『よくわかる本』のほうは「イラスト図解」と銘打ってあるだけあってイラストが多い。また文章は縦書きと横書きが混在している。文字の大きさは普通の文庫と同じか、少し大きいくらい。『介護がわかるガイドブック』のほうは、すべて横書きで、文字が太く大きく、イラストは挿し絵程度にしかない。

認知症全般に言えることだが、介護するほうも高齢者か中年以降ということが多い。だから、文字の大きさや文章量は大事だ。小さな文字で書かれた大量の文章を読む時間も体力も気力も視力ないのだから。両者とも文章量は抑えぎみであるが、老老介護という人にはちょっと大変かもしれない。そういう人にどちらか一冊を勧めるとしたら、『介護がわかるガイドブック』かなぁ。

2019年7月12日

非専門医にやさしい糖尿病の本 『ここが知りたい! 糖尿病診療ハンドブック』


精神科に通う患者さんの中には、糖尿病を患っている人がけっこういる。統合失調症ではもともとの耐糖能に問題があるという説もあるし、抗精神病薬が影響していることもある。また、うつ病や躁うつ病での過食、一部の抗うつ薬による食欲増進も、糖尿病や耐糖能異常に関係する。

定期的な採血で糖尿病が見つかった人に内科受診を勧めても、「時間がない」「面倒くさい」「ここで(薬を)出して欲しい」と言われることが多い。このように、「精神科だけを受診している人」に対して、精神科医は身体面でも「かかりつけ医」の役割を担わなければいけないときが多々ある。そこで、糖尿病に関して良い本を探したところ本書を発見。

第1章で真っ先に、
実践的な糖尿病診療ハンドブックを目指したため、糖尿病の診断・分類・各種コントロールの指標・問診など通常の教科書に記載されている総論的な内容はあえて省略した。
と書いてある。この思いきりが素晴らしい。

登場する糖尿病治療薬については一般名だけでなく商品名も記載されている。これは非専門医にとっては非常にありがたい。日ごろ縁のない薬の一般名しか書いていないテキストは、高尚には見えるけれど、とっつきにくいものである。

内科一般医にとって有用なのはもちろんだが、外科系の医師にとっても『手術前後での血糖コントロール』と題して「周術期コントロールのエビデンス」「術前に把握すべきこと」「周術期血糖コントロールの実際」に分けて解説してあり、一読の価値があるのではなかろうか。

※上記レビューは「Ver.2」のもの。

2019年7月11日

より深い頭痛診療への良質な案内書 『迷わない! 見逃さない! 頭痛診療の極意』


精神科にかかりつけの患者さんには、慢性的な頭痛を訴える人が多い。そこで、彼らの頭痛を少しでも改善するべく、まずは読みやすそうな本書を手に入れた。

実は、妻にも時どき頭痛が起こる。本書の中身にそって、いくつか質問したところ、やはり妻の頭痛は片頭痛で間違いなさそうだが、緊張型頭痛も混じっているようである。この「混じっている」というのが本書のミソでもある。数多くの頭痛患者を診療した著者はこう書いている。
ほとんどすべての慢性頭痛の患者は片頭痛と筋収縮性頭痛(緊張型頭痛)をもっており、片頭痛の割合が多い患者が片頭痛で、半々くらいであればcombined headache、筋収縮性頭痛が主であれば筋収縮性頭痛の患者としているだけで、厳密にいえばほぼすべての患者はcombined headacheであると考えていた。そして、片頭痛と筋収縮性頭痛の特徴が混在した頭痛は多く存在し、厳密に分けることは不可能であると考えていた。
これは今でも間違いではないと考えているとのこと。「目からウロコ」だった。確かに臨床の現場でも、妻の頭痛でも、混在頭痛と考えればしっくりくることが多い。

これは買って正解だったと思う。より深い頭痛診療への案内書として良質である。本書を読んで、頭痛診療にますます興味が持てるようになったおかげで、『慢性頭痛の診療ガイドライン』まで買ってしまった。これはAmazonで購入できるが、中身を見るだけなら日本頭痛学会のホームページにPDFが置いてある。

最後に、著者が箇条書きで教示してくれている「Clinical pearls」を引用しておく。

・人生最悪の頭痛は危険な頭痛。
・「この患者さん、診たくない」と思ったら、二次性頭痛は絶対除外。
・高齢者の頭痛をみたら、側頭動脈炎を疑う。
・この患者は片頭痛か緊張型頭痛かと考えるのはやめて、片頭痛があるかどうか考えよ。
・入浴、運動、飲酒で、悪化すれば片頭痛、改善すれば緊張型。
・「これまでにも同じような頭痛がありましたか?」 緊急性の高い二次性頭痛の有無を見抜く。
・生理痛で頭が痛いのは、きっと月経関連片頭痛です。

これらの「Clinical pearls」それぞれに文章による解説があるので、興味をもった人はぜひ本書を読んでみて欲しい。


<関連書籍>
慢性頭痛の診療ガイドライン〈2013〉

2019年7月9日

読み通すには、それなりの努力が必要 『シャルコー神経学講義』


神経学(精神科ではなく、神経学である)に興味のない人には、まったくもって退屈な本だろう。多少興味があるくらいでも、読むのは苦労する。医学史的な本なので、現代の我々から見ると明らかに間違いというものも多い(注釈で訂正はしてある)。だから、関心が高い人でも、きちんと読み通すのには、それなりの精神的努力が必要である。

ただし、本書のあちこちにちりばめられたシャルコーの素晴らしい言葉は、現代の医学にも通底するところがあり、一部だけでも紹介しておきたい。

脊髄瘻(せきずいろう)の患者について。
この患者に施せる治療はほとんどないと言いましたが、それは椅子にふんぞり返って何もしなくて良いといことではない。私は脊髄瘻患者に、「病気を治せると自慢するような人には近寄らないように。そんな連中を信用してはいけません。ひどい目にあいますよ」と忠告します。
当時もいまも、代替医療の中にはトンデモないものが多い。100年以上たっても、状況はそう変わらないようだ。
脊髄瘻にかかってから何年もたっているのに、かかっていることを知らない患者もいます。そんな患者にはすぐに告知したりはしません。病気のことをまったく知らずに、死ぬまで元気に過ごすかもしれないのですから。
また、病気とうまくつきあって、比較的幸福に過ごす患者もいます。脊髄瘻であることを自分でも知っていて、経過を先取りして悩んだりはしない患者です。
これらは、現代のインフォームド・コンセント重視の考えからは外れるかもしれない。ただ、なんでもかんでも早期発見して侵襲的な治療を行なえば患者は幸せになるのか、という疑問を投げかけてくれる。

それから、患者の病気を「診断する」、あるいは新たな病気を「発見する」ことについて。
病気の治し方を学ぶには、病気の見つけ方を学ばねばならない。診断とは、治療における最高の切り札なのだから。
感情は、多くの神経疾患で病因となる重要な要素です。しかし、それが原因だとむやみに決めつけてはいけません。患者はしばしば自分で物語をつくってしまい、それは必ずしも事実を正しく解釈したものではないということを忘れないでください。
みなさんは次のような言い方を想像できますか?
「私は医師です。それは確かです。しかし不幸なことに、あなたには何もしてあげられません。あなたは、私たちが関われない、治療がまったくできないほうの病気にかかっているんです!」
諸君、それは違います。それでは責任を果たしたことにならない。批判をものともせずに観察を続けましょう。研究を続けましょう。これこそが、発見をするための最良の方法です。そしておそらく、努力をすることによって、将来私たちがこうした患者に下す判決は、今日下さざるを得なかった判決と同じではなくなるでしょう。
実際、シャルコーの講義から130年近くたった現在、先人たちのたゆまぬ努力のおかげで、多くの疾患の治療法が発見され、予後が改善されている。医学・医療に携わるものとして、襟を正すきっかけになるような本だった。