2018年3月9日

巣立ち・旅立ちの3月。うつ病予防のため、送り出す人が知っておくべきこと 『うつ病と頭の中の喪失感』

精神科医・中井久夫によると、ある棋士が引退する際、それまでに覚えてきた棋譜が頭の中でガラガラと音を立てて崩れ去る、という体験をしたそうだ。似たようなことが自分自身の受験体験にもあり、大学に合格した瞬間に微分・積分が解けなくなった気がしたし、実際に問題を見ても頭が反応しなくなっていた。

こういうふうに、「不要なものが頭からなくなる感覚」というのは確かにある。

受験勉強で覚えたことが頭からなくなる程度のことですら、人によっては喪失感をおぼえるだろう。もしかすると、その喪失感が大学生のいわゆる「五月病」の原因の一つなのかもしれない。

もう少し視野を広げてみると、引越しや定年退職がうつ病の引き金になることがあるのも、新しい土地や次の人生に慣れないというのに加えて、この「不要になった知識が頭からなくなる喪失感」が関係しているのかもしれない。

この仮定が正しいとすれば(実際ある程度は正しいと思うが)、例えば仕事に関しては、引退する人に後輩たちが、
「きっと何かトラブルがあるでしょうし、その際にはご相談に伺います」
と声をかけて見送れば、立ち去る人に「知識を保つ意義」を与えることになり、「ガラガラと一気に崩れ去る喪失感」を体験させずに済むかもしれない。逆に、安心させるために「あとのことは心配いりません、任せておいてください」と声かけるのは、知識の崩壊を助長し、喪失感からうつ病へと至る危険性を高めるのではなかろうか。

「知識の崩壊と喪失感を防ぐ」

これは簡単なようで難しいが、きっと大切なことである。そのために、今の立場から大きく変わったところへ行く人に、
「あなたの頭の中にある“ソレ”が必要な時がくるかもしれませんから、大切に保管しておいてください」
というようなことを伝えておく。これは「頭の中の何かがガラガラと音を立てて崩れ去った後」ではダメで、あくまでもそうなる前でないといけない。

毎年3月は人生の転機を迎える人が多い。うつ病予防のためにできることとして、知っておいて良いことではなかろうか。


棋士の体験については、本書の中にあった。

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