2014年10月22日

アメリカがエボラと国内でガチンコ勝負するのは、実は2度目である

今回のエボラ流行において、アメリカではリベリア帰りで体調不良を訴える男性に抗生剤を処方して帰宅させたり、その男性の看護にあたった看護師が2名感染したり、さらにはそのうち1名が発熱しているにも関わらず飛行機に乗ったりと、一歩間違うとシビアな結果になったかもしれないエラーがいくつかあった。アメリカ国内において、今後も似たようなエラーはあるかもしれないが、きっとその都度システムを修正して穴を塞いでいくのだろう。実際、今回もわりと素早く見直しが行なわれているようだ。

実は、アメリカが国内でエボラと対決するのは今回が初めてというわけではない。エボラの5種類のタイプのうち、レストン・エボラ(以下、レストン株)というのはアメリカ国内で発見されたエボラウイルスで、レストンというのはそのウイルスが見つかったワシントン郊外の街の名前である。

アメリカがレストン株と戦ったのは、1989年のことである。レストンの街に、モンキー・ハウスという建物があった。海外から輸入されたサルに感染症がないかを確認するために、一定期間モンキー・ハウスで保管するのだ。そしてそこでサルたちが大量に死亡したため、陸軍の研究所が調べた結果、エボラ株の中でも最凶のザイール・エボラ(致死率90%)に酷似したウイルスによるものだと判明した。

結論から言えば、これがレストン株であり、後々の調査で人間への病原性はないと分かったが、当時の軍関係者とCDC(アメリカ疾病予防管理センター)の職員はそんなことは知らない。目の前に、ザイール・エボラか、それに似た凶悪なウイルスによるサルの大量死という事実だけがあったのだ。この時点では、関係者の多くが人間への感染・流行を想定していた。まさにエボラとのガチンコ勝負であり、非常に危険なバイオ・ハザードとして、防護服を着た獣医や軍人がモンキー・ハウスを厳重警戒で完全消毒(生き残っている大量のサルを安楽死させることも含む)したのである。またこの際、マスコミ報道によるパニックを避けるため、現地までは私服で移動するといった小さな工夫も施された。

国として、この経験は大きい。

今回のアメリカでのエボラ騒動は、ヒトでの犠牲者こそ初めてだが、アメリカとしては2度目の戦いということになる。そんな経験者であるアメリカにおいてでさえ、最初に述べたようなエラーが起こるのだ。エボラ初体験の日本でエボラが発生した場合、マスコミによるパニック誘発も含めたエラーは必ず起こると考えておいたほうが良い。「完璧にやれば完璧に対処できるシステム」というのは、「完璧にやれば」という前提が崩れると脆い。そうではなく、エラーを吸収できるようなふところの広いシステム、つまり「多少のエラーがあっても結果は完璧になる」というのが理想である。今のところのアメリカのシステムは、犠牲者が1人出たものの、うまくエラーを吸収しているように思える。

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