兵庫の誘拐事件について、平成26年9月25日朝の時点で、テレビからの情報のみをもとにして考えると、全体的にかなり強い違和感がある。
犯人は、目撃されないように誘拐し、遺体をバラバラにし、見つからないように遺棄し、しばらくは捜査をかいくぐった。
これはそれなりにレベルの高い行動だ。
それくらいのことができる犯人が、診察券をのこすどころかタバコの吸い殻まで入れるか?
生活ゴミも入っていたという情報も気になる。もし、バラバラにした遺体を入れたすべての袋に生活ゴミがあったのなら、やはり奇妙だ。生活風景を想像すれば分かるが、満杯でないのに何個にも分けて袋にゴミを入れるか? これは情報不足でまだ分からないが。
容疑者は「黙秘します」と言っているそうだが、これがまた違和感。
知的障害の程度にもよるが、警察の取調室で「黙秘します」と言えるレベルの知的障害者が、遺体を入れた袋に診察券や吸い殻を遺すだろうか? 逆に、遺体を入れた袋に診察券や吸い殻を遺すようなレベルの知的障害者が取調室で「黙秘します」なんて言えるだろうか?
だいたい、遺体をバラバラにして入れた袋に診察券とタバコの吸い殻を遺して、「見つけてください」と言わんばかりの行動をとった知的障害者が、この期に及んで「黙秘します」というなど、全体的にまとまりがないではないか。
まとまりのない行動というのは、案外やるのが難しい。パーティゲームに、相手の会話と合わせないというのがある。
「今日は雨だったね」
「これユニクロで買ったんだ」
「昼ごはん美味しかったよ」
「眠いわ」
「寝不足?」
「うん」
はいダメー、みたいな。これはどっちが敗けだか分からないが、とにかく、
「人はまとまりのないことをするのが下手」
である。会話にしろ、行動にしろ。
だから、ここまで全体的にまとまりのない犯行を見ると、どうしても「作為的なもの」を勘ぐってしまう。つまり、誰かが知的障害者をスケープゴートにしているんじゃないかってこと。
罪をかぶせやすそうな知的障害者は、探せば簡単に見つかる。
診察券もタバコも、その気になれば容易に手に入る。容疑者の自宅にもし血痕反応があったとしても、他人から「部屋を貸して」と言われて不用意に貸してしまう知的・精神障害者はいる。
「お前、ちゃんと言うこときかないと刑務所に入れられるぞ」
「オレ、刑務所だけはイヤだ!」
という会話が、実際に刑務所の中であっている。懲役になった人の中には、自分の境遇を把握していない知的障害者もいるのだ。また、
「殺したの?」
「うん」
「怖くなかった?」
「うん」
「でも近所で殺人があったから怖かったでしょ?」
「うん」
「犯人が早く捕まると良いね」
「うん」
みたいな会話も現実にある。
こうしたことを考えあわせて、なんだか変な流れだなと感じてしまう。
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