2011年12月31日

プラセボ薬の凄さ

プラセボ薬というのは、「本物の薬のような外見をしているが、薬としての成分はまったく入っていないもの」である。精神科患者の中には、とにかく薬が欲しくてたまらない、という人が時どきいる。

看護観察では非常によく寝ているような人が、眠れないから薬を増やして欲しいと言う。心電図では何の異常もない人が、胸が苦しくてたまらないからなにか薬をくれと訴える。頭が痛いからと何度も頭部CTを撮りたがり、頭痛がおさまる薬がないと生活できないと嘆く。腹部診察でもCTでもまったく異常がないのに、腹が痛くて眠れないから薬を出してとうめく。多量の安定剤を飲みながらも、イライラが止まらないからもっと薬を飲みたいと要求する。そんな感じで、何でもかんでも薬で治そうとやっきになっている人たちがいる。

こういうときに、言われたとおりに薬を出していたら、その人が薬漬けになってしまう。実際に、胃薬を3種類、鎮痛薬を2種類といった具合に、重複して多量の薬を飲んでいる人もいる。その結果、薬の副作用が現れて、それに対して、また薬を欲しがるという悪循環に陥っている。

そして、そういう場合に、プラセボ薬を処方しながら、他の薬を減らしていくと、薬は減っているのに症状は変わらないし、むしろ副作用がなくなる。飲む薬も減るし、症状も良くなる。

プラセボ薬は、処方するときの言葉かけが大切だ。患者さんには、よく効く薬だと言い含めてから処方する(※)。人によっては「良い薬だけれど、飲み過ぎには注意してください」とまで言う。こういう患者さんは放っておくと薬をがぶ飲みし続けてしまうからだ。プラセボ薬には乳糖を使うことが多く、これは人体にほぼ影響しない(血糖値も上がりにくい)が、プラセボ効果の反対のノセボ効果というものがあり、「飲み過ぎ注意」は決して嘘ではない。

ずいぶん前に、プラセボ薬の凄さを思い知らされたことがある。昼も夜もイライラ感が強い患者で、転院元の病院で処方された多量の安定剤と抗精神病薬を内服していた。その人に、プラセボ薬を処方して、
「非常によく効く薬なので、飲むのは一日6回までにしてくださいね」
と念押ししておいたところ、その日から患者は必ず毎日6回、プラセボ薬を欠かさず飲むようになった。そして、日中のイライラ感はかなり減った。ところが、ある日、こんなことを言われた。
「新しい薬はもの凄く効きすぎて、逆に体がきつくなってしまう。ほかに何か、よく効く薬はありませんか?」
患者のこの矛盾した希望にも驚いたが、いろいろと考えさせられた。

これは私見だが、おそらく患者はプラセボ薬を飲んで「効く」と思い込んだことによって、これまで飲んでいた大量の安定剤や抗精神病薬の効果を感じ始めたのではないだろうか。
「効くと思えば効く、効かないと思えば効かない」
薬とは、薬理作用以外にも、インチキみたいな部分がある。つまり、患者が感じた「体のきつさ」という副作用は、プラセボ薬によるノセボ効果ではなく、大量の安定剤と抗精神病薬によるものだったのではなかろうか。また、彼が感じた効果は、思い込みが2-3割くらいで、残りは、やはりもともと飲んでいた薬の作用を実感し始めたことによるのではなかろうか。

あらゆる症状をプラセボ薬で治療できたら、それこそ名医だ。実際には本当に本物の薬が必要な人たちが大多数なので、ここぞという時、伝家の宝刀のごとくプラセボ薬を処方する、というのが良いのかもしれない。


※実はプラセボであることを伝えても効果があり、むしろ伝えておくほうが有効だという話が『モーズレイ処方ガイドライン』に載っていた記憶がある。

3 件のコメント:

  1. 医師の言葉で元気になることって多いです。
    プラセボじゃないでしょうが。
    いつも面白い記事を楽しませていただいてます。
    来年もよろしく。

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  2. >佐平次さん
    医師の言葉は大事ですよね。
    精神科だけでなく、すべての科の医師で。

    今年もよろしくお願いします。

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  3. >みずぐちさん
    ツイッターではいろいろお答えいただき、ありがとうございます。
    こちらからもリンクを貼らせていただきます。

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