2012年7月27日

ルイージの逆襲

あぁ嫌だ、もうイヤだ、絶対に嫌だ。僕は道化役に疲れた、いや、もう疲れ果てちまった。主役はいつだってマリオ兄さん。なにがマリオブラザーズだ。僕らの苗字はマリオじゃないってんだ。

このみすぼらしい、マリオ兄さんが履き古した靴。弟の僕は、子どもの時からお下がりしかもらえない。すり減った靴底では、滑って滑ってしょうがない。せっかく鍛えた跳躍力も、こんなボロ靴じゃ危なっかしい。

マリオ兄さんに対する一番の不満は、あのピーチ姫だ。あの小憎たらしい女。兄さんをたらしこんだ女。母さんの葬式にも顔を出さなかったあんな女。あいつなんか、ピーチ姫じゃなくて、ビッチ姫だ。ビッチがクッパにさらわれたからって、どうして僕まで土管に入ったり火の玉から逃げ回ったりしなきゃいけなかったんだ。僕のそんな苛立ちをよそに、兄さんときたらビッチ姫にご執心で、寝ても醒めても彼女のことばかり。あんなビッチのいったいどこが良いってんだ!? ビッチ、ビッチ、ビーッチ!!

だけど僕はもう、兄さんの道化なんかじゃないぞ。少し前から考えていたんだけれど、今日こそ実行に移してやる。あの女、ビッチビッチのビッチ姫を、今度は僕が襲うことに決めたんだ。幸いにも、兄さんは今日は自慢のカートに乗ってゴルフに行っている。夕方からはテニスだと言っていた。その間、ノコノコにエサをあげといてくれだってさ。まったく、どこまで僕を子分扱いするつもりなんだ。僕の決心はますます固くなる。やるなら今日だ、行くなら今日だ。僕はカートに乗り込んだ。いざという時のために、バナナの皮をポケットに入れた。

ビッチの家まではカートで一時間。僕はカートステレオに長渕剛のCDを入れた。お気に入りの『Captain Of The Ship』を聴くと、アクセルを踏み込む足にも力が入る。決めるのは誰だ、やるのは誰だ、行くのは誰だ。そう、僕だ。僕が今日、ビッチをひぃひぃ言わせてやるんだ。できるさ、僕にだって。

ビッチの家に着いたのは、もう日暮れ近くだった。僕の本職は配管工、裏口を外すことくらい造作ない。家に入ると、甘い桃の香りがした。ビッチの奴、お高くとまりやがって。僕は足を忍ばせながら、ビッチのあの高慢ちきな顔が、恐怖と羞恥に染まるところを思い浮かべた。思わず知らず、表情がにやついてしまう。下半身のクリボーが、スーパークリボーになってやがる。

二階から音がする。ビッチはどうやら二階にいるようだ。階段は、得意のジャンプで一気に上った。着地点で若干滑ったけれどノープロブレム。部屋の中からビッチの声が聞こえる。

ん?
二人?
ビッチの他に男の声?
兄さん、ゴルフやテニスなんて嘘ついて、ビッチのところへ……。頭の中がカッと熱くなって、僕はドアを蹴り開けた。裸のビッチが何か叫んで、布団を体に巻きつけた。兄さんはというと……、あれ? 兄さんじゃない……? なんてことだ! マンマ・ミーア!!

僕は逃げた。とにかく逃げた。ビーダッシュで逃げた。カートに乗り込むと、後ろからビッチの叫び声が聞こえる。
「アイツをやっつけて! リンク!!」
ビッチの家の中から、僕と似たような緑色の服を着た男が出てきた。間抜けな帽子をかぶってやがる。そして手に……、剣を持っている!! マジかよ、殺される……。僕はアクセルを思い切り踏み込むと同時に、ポケットに入れたバナナの皮を放り投げた。バックミラーごしに、緑の男が滑って転ぶのが見えた。

カートステレオから、長渕剛のヨーソローが聴こえる。
ヨーソロー、ヨーソロー。
物まねしながら歌っているうちに、僕はなんだかおかしくなって、始めはくすくすと、それから声をあげて笑った。夕暮れの空が、兄さんのテーマカラーに染まっていく。

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