吉村昭の『関東大震災』を読みながら、ふと思い出したエピソードがある。東日本大震災後の4月、宮城県南三陸町に医療派遣された際に、空港でこの島の市長と会って話をした。その時に市長から聞いたものだ。
地震の発生時、市長は出張で東京にいた。ビルの中で会議をしている時に大きな揺れがあり、皆して慌てて外に出たところ、そこかしこに他のビルからも避難してきた人たちが溢れかえっていた。皆、状況が分からず混乱していた。
と、そこでふと大きな音がするので目を向けると、それはパトカーからであった。乗っていた警察官が車を停め、ラジオをつけ、それをスピーカーで流していたのだ。これにより、市長やその場にいた人たちは、震源が東北地方であることを知る。この警察官の機転により、現場の混乱はかなり治まったのであった。
市長はこう述懐する。
「あれで我々は冷静になれた。そうすると、今度は別の怖さが襲ってきた。震源地じゃない東京でこれほどの揺れなのだから、東北の被害はもの凄いことになっているんじゃないだろうか」
皆が知っているように、その不安は的中する。
未だ記憶に生々しい東日本大震災ではあるが、人の記憶は劣化する、風化する、都合よく改変される。あの悲劇を忘れないためにも、『三陸海岸大津波』とともに一読する価値のある本だろう。
関東大震災
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