2017年8月10日

統合失調症患者が主人公で、しかも描写が巧みという、非常に珍しい小説 『増大派に告ぐ』


主人公はおそらく統合失調症である。実在する患者の内面世界を正確に分かることはとうてい不可能だが、著者の描写は特に前半部において非常に巧みで、患者にはこのように聞こえ感じられるのかもしれないと思えた。中盤から後半にかけては、その描写力が若干息切れしたようだが、全体としては、「著者の身内に統合失調症の人がいるのかもしれない」というくらい真に迫っていた。

物語は、この統合失調症の31歳男性と、酒乱DVの父のもとで生活する14歳の少年を、交互に描いて展開する。男性の狂気と正常。少年の正常と狂気。それらの間を行きつ戻りつ、ときに混じり合って境目が分からなくなりながら、終盤に向けてチンタラと疾走感ゼロで進んでいく。

この疾走感のなさは、文章における比喩の多さが原因である。とはいえ、決して陳腐な表現の羅列というわけではないので、飽き飽きしたりイライラしたりすることはなかった。ただ、それはあくまでも俺の感覚なので、やはりこの比喩の氾濫を好きになれるかどうか、受け容れられるかどうかが、本書の評価の分かれ目になるだろう。

物語のラスト、弱者と弱者が交わった結果として、その着地点は、決してバラ色ではない。精神障害者は一方的にイジメられる存在ではなく、ときには誰かを傷つける。DV被害者もただ殴られるだけでなく、どこかで誰かに牙をむく。

本書を読みながら、THE BLUE HEARTSの『TRAIN-TRAIN』にある、こんな歌詞を思い出した。
弱い者たちが夕暮れ さらに弱い者をたたく
ところで、本作は日本ファンタジーノベル大賞の受賞作ではあるが、実はファンタジー要素はどこにもない。ファンタジーのように感じられる文章表現であっても、それは実在する病気のシビアな症状である。統合失調症の患者や症状について詳しそうな著者が、幻覚妄想を描写した小説を敢えて「ファンタジーノベル」として応募したのだとしたら、そこにこそ著者の主張が込められているのかもしれない。そして、それを審査員が正しくくみとって評価したうえでの受賞であれば、とても素晴らしいことだと思う。

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