2018年8月6日

ちょっと、いや、だいぶ物足りない 『見てしまう人びと 幻覚の脳科学』


サックス先生による「幻視」についての本。サックス先生の本はこれまでもたくさん読んできたが、その中でも本書はハズレのほうに入る。ちなみに、一番のヒットは『音楽嗜好症』『火星の人類学者』で、映画化もされた有名な『レナードの朝』は俺にとってイマイチであった。

『音楽嗜好症』も『火星の人類学者』も、サックス先生と患者のやり取りや、サックス先生の考察がふんだんに記されているのに対し、『レナードの朝』はケースの羅列に近い印象を受けた。ストーリー性、知的好奇心への刺激を求める人は『音楽嗜好症』『火星の人類学者』がお勧めである。

本書はどうだったかというと、他書や論文や手紙からの引用が多すぎた。サックス先生と患者との直接の触れ合いや、先生自身の考察があまりなく、とても物足りなく感じた。

2018年8月4日

沈黙を「耐える」ものから「共有する」ものへ変えてみよう

作業療法の実習生(女性)との会話。

「……」
「……」
「……」
「……」

「いま、沈黙に耐えた?」
「耐えました」
「よく耐えた。俺も耐えた(笑)」
「(笑)」
「これが、仲が深まれば沈黙の『共有』になるんだよ」
「なるほど」
「患者さんとの沈黙も、最初は耐える。そして、共有を目指す」
「はい」
「沈黙を共有できると、無理に話す必要もなくなる」
「わたし、なにか話さなきゃって思っちゃいます」
「分かる。俺もそうだから(笑)」
「(笑)」
「そのときに無理に話そうとせず、ただ同じものを見る、同じ音を聞く。呼吸を合わせる。同じ仕草をしてみる。そんなことをするうち、ふっと共有してつながる瞬間を感じることがあるよ」

ちなみに、冒頭の沈黙は、このことを伝えるために敢えてつくった沈黙である。ただし、意図的につくった沈黙とはいえ、俺が「耐えた」のは事実。それくらい、人は誰かとの間に沈黙ができるのを避けたがるということだろう。そして、実習生が沈黙に耐えてくれたので、話がスムーズだった。

2018年8月3日

精神疾患をもったリーダーたちを通して、精神疾患へのスティグマを見つめ、そして問い直す 『一流の狂気 心の病がリーダーを強くする』


※左が邦訳版、右が原書。
危機の時代の最良のリーダーは、精神的に病気であるか、精神的に異常であるかのどちらかである。危機の時代の最悪のリーダーは、精神的に健康である。
歴史上のリーダーのうち、精神的な病気あるいは精神異常のあった人たちと、対照的に精神的に健康であった人たちについて、精神医学と歴史学を駆使して考察した本である。

精神的に病気であることがリーダーとしてプラスになる場合があること、精神的に健康なことが危機の際にはマイナスになりかねないことを、多くの資料をもとに検証してある。少し強引さを感じる部分もあったが、精神科医の診療においても勉強になり、また一般の人が読んでも分かりやすく、そしてエキサイティングな読書になるだろう。

一ヶ所、思わずプッと吹き出したところがあるので引用。
薬を飲むことによって、精神疾患をもつ指導者から危機的状況における偉大な指導力が奪われてしまわないか、と心配される人がいるかもしれない。だがそんな心配はいらない。率直にいって、私たちが使っている薬は、そこまでは効かないのである。
言っちゃうか! 『気分障害ハンドブック』で見せたガミー節、健在(笑)
もちろん、この後のガミー先生の言葉が大切。
薬を飲んでいる人のほとんどが、気分の浮き沈みのエピソードやさまざまな症状をもち続けている。薬はそれらの症状の頻度と重症度を減らすだけのことである。ただし、もし薬を服用していなかったら生じたかもしれない、自殺や、精神病症状の出現を薬は予防しているのである。
購入を検討する人には、目次を記しておくので参考にして欲しい。


イントロダクション 正気というものの逆説(反転の法則)

[第1部 クリエイティヴィティ]
第1章 あいつらに俺たちのことを怖がらせるんだ──シャーマン
第2章 怒涛のように働き、宣伝することだ──ターナー

[第2部 リアリズム]
第3章 表が出ればそれは私が掴んだ勝利、裏が出ればそれはたまたま
第4章 荒れ野を逃れて──チャーチル
第5章 両方とも同じ聖書を読んでるんだ──リンカン

[第3部 エンパシー]
第6章 壁に飾られたミラー・ニューロン
第7章 偉大なる魂(マハトマ)たちの苦難──ガンディー
第8章 アメリカの魂への癒し(サイカイアトリー)──キング

[第4部 レジリエンス]
第9章 さらに強く
第10章 一級の気性──ローズヴェルト
第11章 宮廷(キャメロット)のなかの病──ケネディ

[第5部 治療]
第12章 薬が彼を成功させた──ケネディ再登場
第13章 ヒトラーの凶暴な発作

[第6部 メンタル・ヘルス]
第14章 平凡人(ホモクリット)のリーダーたち──ブッシュ、ブレア、ニクソンら
第15章 スティグマと政治


余談ではあるが、原書とは表紙が異なっている。この表紙の変更については、出版社の判断が適切だったと思う。原書の表紙のケネディは分かるけれど、あとはちょっと……。いっぽう、邦訳版の4人なら分かる気がする(ケネディ、ガンジー、ヒトラー、チャーチル?)。

これは手放さずに蔵書する。

2018年8月2日

深いため息とともに読了する名著 『終りに見た街』


なんという凄い本だろう。
読了して、深いため息が漏れた。

いわゆるタイムスリップもので、第二次大戦中に子どもだった主人公が、1980年には少し歳の離れた妻と二人の子を持つ中年になっている。そんな彼が昭和19年にタイムスリップするのだが、本書の珍しいのは、スリップするのが彼だけでなく家族も一緒にというところ。さらには幼少時の親友と、その息子である高校生もタイムスリップする。

物語は、物のない時代を生きぬいた主人公とその親友が、飽食に慣れた妻や子どもたちを導いていく形で進む。妻も子どもも、慣れない粗食や物資不足、娯楽のなさにストレスを溜め、そのせいでときに爆発してしまう。それでも季節は過ぎていき、少しずつ、少しずつ、彼らの中では変化が起こっていく。

これ以上はネタバレになるので書きたくない。さすが優れた脚本家で、話の運びが上手く、それぞれの人物の描きかたも巧みで、シンプルな文章なのに状況も感情もよく伝わってくる。それだけにラストの衝撃が大きく、こんな名著を知らずに過ごしてきたことに驚いた。

2018年8月1日

診察室のイスをひだりに回す理由

当院診察室では、患者は机のひだり側のイスに座る。みぎ側には職員用通路があり、診察が終わると、そこにいる看護師にカルテを渡す。

このとき、イスをみぎに回転させるほうが早いし楽だが、敢えてひだり回転にしている。

というのも、患者の反対方向にイスを回すのは、微量ながらも拒絶のサインになりかねないからだ。

イスをみぎに回すか、ひだりに回すかなんてことは、気にしない人にとってはどうでも良いような、非常に些細な仕草である。しかし、この積み重ねによる効果・影響は、少なくとも精神科医療では軽視できない。

※「みぎ」「ひだり」は、左右取り違えを防止するため、個人的に院内で採用している表記方法。注射部位の指示を漢字で「右」「左」と書くのをやめてひらがな表記にして以来、左右の取り違えミスの報告はゼロになった。