2018年8月20日

吸血鬼ファンのかゆいところに手が届かないというか、かゆいところが分かってないだろ…… 『沈黙のエクリプス』


ホラーの古典・ヴァンパイア。彼らの生態を現代科学で説明しつつ、その科学とヴァンパイアとを対決させる。こんな設定がすでに古典的で、他の多くの作品でも用いられており、斬新さはまったくない。あとはストーリーの迫真性やエキサイティングさ、ドラマ性、人間の内面描写などがポイントになるかと思うのだが……、本書は「洋書ラノベ」と割りきって読んでも、イマイチ盛り上がれないものだった。

上巻はわりと良かった。科学的な知識を持つ主人公と仲間だけが真実を知り、それを上層部に警告するのに取り合ってもらえない。このての話の定番ではあるが、現実味があって良い感じ。

ところが、そこから徐々にシラケていく。以下ネタバレ含む。最後の数行でお勧め小説を挙げておくので、ネタバレしたくない人は最後のほうだけチェック。

下巻に入ると、アクションシーンが多めになる。ところが、このアクションがありきたり。手に汗握ることもなく、「あぁ、B級映画で観たことありそうなシーンだなぁ」とアクビしながら読み進める。鏡の破片を素手で握ってヴァンパイアと戦い、相手の首を切断し、終わってみると手には浅い傷がついていたなんてのは、現実味のなさが名作マンガ『彼岸島』レベル。マンガでは許容できても、小説だとハードルは上がる。

それから、これは好みの問題かもしれないが、ヴァンパイアは人間の首に「直接」口をつけて血を吸うからこそ、おぞましく、恐ろしく、どことなく美しくて魅力的なのだ。人の姿をしたものが、人の首に噛みついて血をすする。こんな背徳の姿に惹きつけられる。ところが、本書のヴァンパイアは口から触手が2メートル近くも伸びて吸血する。これはいわば「飛び道具」である。

『戦争における「人殺し」の心理学』によると、人が人を攻撃するときの心理的な抵抗感は、物理的な距離が近くなるのに比例して強まるらしい。つまり、核兵器のボタンを押すよりは、空から爆弾を落とすほうが心理的な抵抗が強く、爆弾よりはライフルが、ライフルよりは拳銃が、拳銃よりは槍が、槍よりはナイフが、というように抵抗感が強まっていくのだ。名画『プライベート・ライアン』を観た人の中には、衝撃的な冒頭の戦闘シーンより、二人の兵士がもみ合ったすえに相手をナイフで刺し殺すシーンが「一番キツい」という感想を述べる人もいる。

だから、ヴァンパイアの口から伸びる飛び道具という設定には、怖さや背徳の点で魅力を半減させるどころか、すべてを台無しにしてしまう負のパワーがあるのだ。

もちろん全部がダメなわけではなく、設定として魅力的な部分もある。その一つが「ヴァンパイアは捕食しながら排泄する」というところ。食事中の排泄。これもやはり「背徳」の一種だろう。さらに「捕食された人の生命が、あっさりと排泄物に変わる」という残酷さに、良くも悪くもゾクゾクしてしまうのは、きっと俺だけじゃないはずだ。

吸血鬼ファンのかゆいところに手が届かないというか、かゆいところが分かってないだろ、というイマイチな小説だった。

小説で吸血鬼やゾンビを愉しみたい人には、以下の4冊がお勧め。
終末世界ものが好きな人や、吸血鬼もののファンにはお勧め! 『アイ・アム・レジェンド』
『屍鬼』
ゾンビファン必読! 『死霊列車』

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