2012年4月17日

ナスビを描いた男の話

中学校時代、年老いた美術教師がいた。常勤の美術教師が研修に行っている間の代打だったので、もしかすると定年後の臨時採用だったのかもしれない。

その先生は生徒からあまり好かれてはいなかった。優しい先生だったけれど、お節介な部分があって、今の言葉でいうなら「ウザい」という感じかもしれない。先生は、生徒たちのその空気を察していたのだろうか。中学生の俺には、その先生の気持ちは分からなかったし、今でもやぱり分からない。

クラスの中でも、その先生を毛嫌いしているのがユキオだった。ユキオは先生がいる場所の近くで、わざと先生に聞こえるように、
「口くせぇ」
「口臭きつい」
「息がくさい」
と言うような男だった。それでも、先生は一度も怒らなかった。

そんなある日。
美術の授業で、果物のスケッチがあった。かごに入った果物の模型を鉛筆でスケッチするように言われた。そして、ひねくれ者のユキオは果物ではなくナスビを描いた。かご一杯に盛られたナスビ。ナスビなんて、当然かごには入っていない。

完成したその絵を先生に見せながら、ユキオは勝ち誇ったようにニヤニヤしていた。先生は絵を見ながら、眉間にシワを寄せて唸った。そして、顔を上げてこう言った。

「素晴らしい」

ユキオのニヤけた顔が固まった。状況を見ていた周りの空気も固まった。先生は続けた。

「目の前にはないナスビを、こんなに上手に描けるのは凄い。日ごろから、ユキオ君がいかに身の回りのものを観察しているか、それがよく分かるスケッチですよ、これは。果物を見て、野菜を描く、その独創性も素晴らしい。こんな素晴らしいスケッチには久しぶりに出会いました」

先生は根っからの美術好きだったのかもしれない。今思い返すと、先生の発言からそんな気がする。そしてそれ以来、ユキオは先生の悪口を言わなくなった。

2 件のコメント:


  1. ふふふ、ユキオ君がなすびを描いた男なら、さしずめ私はチューリップを描いた女だわ
    小学校の確か3-4年の時に、美術の授業でチューリップを描いた。でも実際は、チューリップはもう散ってて、茎と葉っぱしか残っていなかったのを、勝手に自分で花をつけたしてた
    そこに当時の教頭先生がやってきて、それを凄く褒めてくれたんですよ
    私が絵を好きになったのは、それからです
    子供のころのちょっとした言葉って、意外に子供の将来に影響与えるんですよね
    ユキオ君も結構いまだに絵が好きな大人になってるなじゃあないでしょうかね 笑

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    1. >junkoさん
      どこにも独創的な人はいるもんなんですねぇ(笑)
      ユキオは確かにその後も絵が好きだったかもしれません。あれは考えてみると、あの褒められ体験が大きかったのかなぁ。

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